略歴: 茨城県出身。スポーツ紙記者を経てフリーの映画ジャーナリストに。日本映画navi、全国商工新聞、スカイパーフェクトTV(ぴあ)、BANGER!、朝日新聞webサイトおしごとはくぶつかん情報館内で「おしごと映画」を執筆中。いつの間にやら映画祭を回るのがライフワークとなっている。お気に入りはオランダ・ロッテルダム国際映画祭とスペインのサンセバスチャン国際映画祭。
近況: 本サイトで「映画で何ができるのか?」と「ぐるっと!世界の映画祭」を連載中。また、編集に携わった塚本晋也監督・著「『野火』全記録」(洋泉社)、DVDマガジン「石原裕次郎シアター」(朝日新聞社)が発売中デス。ライフワークの旅の記録をまとめたブログはこちら。https://tabisutekaisyu.amebaownd.com
日記初出版から75年に合わせ、アンネ・フランク基金の依頼を受けて制作された。”現在と過去をつなぐ”という要望に、見事に応えた脚本が秀逸だ。主軸は空想の友キティー。彼女は”創造のキャラ”から飛躍して、時空を飛び越えながらアンネのその後を旅し、現代のアムステルダムで難民と共鳴する。彼女の躍動と今日的な問題が、もはや遠い過去となっていたアンネと日記の存在をも鮮やかに甦らせることに成功している。だからこそ、考えずにはいられない。アンネは今の世界をどのように見ているのだろうかーーと。ホロコーストの生存者の息子である監督の想いも込めて制作された本作が、この時期に世に放たれた意義を噛み締めたい。
自民党公認候補のどぶ板選挙を内側から描いた想田和弘監督『選挙』、泡沫候補が出馬する理由に目を向けた藤岡利充監督『立候補』に続き、我々の選挙リテラシーを高めてくれる選挙映画の傑作だ。衆議院選挙の激戦区だった香川一区の立候補者の選挙活動を追っているが、注目すべきは有権者の心理。結果はすでに分かっている。しかしその票はどのように動いたのか。前作『なぜ君は総理大臣になれないのか』の影響、不祥事、地方ならではのしがらみetc…粘り強い取材で地元の方々の本音を聞き出す。候補者は、その一票のために右往左往しているワケで。”一票の重味が分からない”という人は、本作を見るべし。
物事をジェンダーで判断するのは憚れるが、しかし哲学者の「ホンマかいな?」の理論を実践するあたり、集団になると途端に学生に戻ってしまう男子ならでは。まして酒飲みなら尚更、酒は何も解決してくれないことを知っているはず。そうとは分かっていてもやめられないのが酒の魔力であり、ミッドクライシスを抱えた彼らの切実さを推し量らずにはいられない。図らずしもコロナ禍において飲酒は社会の敵となってしまった。本作は決して酒を肯定も否定もしていないだけに、余計に人間の営みにおいて酒の存在意義とは?と考える良い機会。自戒を込めて。
アカデミー賞国際長編映画賞ノミネートを筆頭に、アジアの映画賞を総ナメにした力作だ。世界的な問題になっているイジメの実態を容赦なく描きつつ、どん底の世界で芽生えた2人の愛を言葉や直接的な描写に頼ることなく表現。岩井俊二監督を敬愛し、前作『七月と安生』ですでに才能を見せつけたD・ツァン監督の演出もさることながら、要望に応えた主演2人の素晴らしさよ。特にアラサーながら高校生役を難なくこなしたチョウ・ドンユイのコケティッシュな魅力と腹の座り具合は、安藤サクラを彷彿。ただし本作、エンディングに不自然な注釈が入る。行政からのお達しか。検閲が芸術をいかに損なわせるか。参考例としても見るべし。
'19年末にNHK BS版が放映されているが、映画版はさらに深くサントス強制退去事件の真実に迫り、さらに日系移民社会にある分断や偏見を露にしていく。それは同様の移民問題をテーマにしたドラマなどでは触れられてこなかった、今も根強く残る遺恨。この暗部を、相手の懐に飛び込み、しれっと聞き出してしまうところは、”人たらし”たる松林要樹監督の成せる技。それもまた監督の才能だ。何より本作は、強制退去者名簿の発見という偉業も成し遂げている。その強運を引き寄せたのも、国内外でその土地に根付いた人と街の歴史を丹念に追い続けてきた活動あってこそ。松林監督の功績を讃えたい。