見どころ:『トラフィック』などのスティーヴン・ソダーバーグ監督が放つサスペンス。新薬の副作用によって夢遊病となり、夫を殺害してしまった女性と、その悲劇の裏側に隠された真実を、彼女の治療にあたった精神科医が暴こうと奔走するさまを活写。精神科医にジュード・ロウ、事件を引き起こす謎めいたヒロインに『ドラゴン・タトゥーの女』のルーニー・マーラ、そしてキャサリン・ゼタ・ジョーンズ、チャニング・テイタムが結集した。アルフレッド・ヒッチコック監督作品のテイストを感じられる演出にも目を見張る。
あらすじ:金融マンであった夫マーティン(チャニング・テイタム)が違法株取引で逮捕されたのを機に、以前に患ったうつ病を再発させてしまったエミリー(ルーニー・マーラ)は、交通事故や自殺未遂を引き起こすように。診察にあたる精神科医バンクス(ジュード・ロウ)は、かつて彼女を診ていたシーバート博士(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)に相談。エミリーが抱える症状の詳細を聞き出し、彼女の了承も得て抗鬱剤の新薬アブリクサを投与する。症状が快方に向かっていたある日、マーティンがナイフで刺されるという事件が起き……。
いわゆるヒッチコック的な巻き込まれ型のサスペンスではあるが、あくまでも心理描写やトリックの解明を軸にしているだけあって、トータルの印象としては地味である。だが、些細なディテールの積み重ねで煽っていく不安感、じわじわと追い詰められていく主人公の緊張感、やっぱりねと思いつつも明かされる真相の怖さなどは格別。やり尽くされた感のあるジャンルで、これだけ観客の興味を惹きつける事ができるのはソダーバーグ監督の力量あってのことだろう。
だが、それにも増して舌を巻くのはファム・ファタール、ルーニー・マーラの演技と存在感だ。情緒不安定で何を考えているのかわからない、繊細でナイーブで壊れやすいガラス細工のような女の得体の知れなさを演じて驚くほど巧い。姉ちゃんのケイト・マーラもサイコ気味な女を演じさせたら天下一品だが、こちらは可憐でいたいけな雰囲気を漂わせているだけに、白なのか黒なのか観る側は最後まで翻弄され惑わされる。ジュード・ロウやキャサリン・ゼタ・ジョーンズには申し訳ないが、本作は彼女の独壇場と言って差し支えないだろう。
パッと一舐めした時の印象は「塩味」くらいあっさり。でも作品の精度は完璧に近い!
N.Y.を舞台に裏で動く資本の流れに向けた「風刺映画」であり、抗鬱剤をマクガフィン(物語を転がす道具)にしたヒッチコック風サスペンスという「ジャンル映画」でもある。対象に分析的なアプローチで当たり、現代社会に生きる人間の不安(=副作用)を反映させるスティーヴン・ソダーバーグ監督の腕は、ついにさりげなく極まったと言っていい。
周知の通り、本作は彼が自身最後の劇場用映画と公言している“引退作”である(とはいえ以降に撮ったTV作品『恋するリベラーチェ』は11月に日本で劇場公開)。節操のないほどに多様な題材の映画を手掛けた彼だが、『オーシャンズ11』 のような娯楽大作を手掛けても、淡々と人物を切り取っていくミニマムな撮影スタイルを崩すことはなかった。ありていに言うなら、エンタテインメントの皮をかぶったアート監督、ハリウッド職人を偽装したインディペンデント作家、みたいな個性。
この『サイド・エフェクト』は、そんな彼一流のバランス感覚が最大限に発揮された。クールな監督の幕引きにふさわしいスーパークールな傑作だ。
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