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名画プレイバック

第25回:『欲望という名の電車』(1951年)監督:エリア・カザン 出演:ヴィヴィアン・リー、マーロン・ブランド【名画プレイバック】

第25回:『欲望という名の電車』(1951年)監督:エリア・カザン 出演:ヴィヴィアン・リー、マーロン・ブランド
ヴィヴィアン・リーとマーロン・ブランド - (c) Warner Bros./ Photofest / ゲッティイメージズ

 例えば『ダークナイト』(2008)のヒース・レジャーのように、文字通り“魂を削るような演技”に生涯忘れられない衝撃を受けることがある。アメリカを代表する劇作家、テネシー・ウィリアムズの傑作戯曲と、その舞台を映画化した『欲望という名の電車』(1951)のヴィヴィアン・リーは、まさに鬼気迫る演技で主人公ブランチの狂気を体現。まるでリー自身の魂が血を流し、悲鳴をあげ、助けを求めているかのような悲痛さは、あまりにも生々しく、ある意味でトラウマに成り得る激しさである。(今祥枝)

 舞台はニューオーリンズ。南部の落ちぶれた名家出身で、孤独な未亡人ブランチ・デュボア(ヴィヴィアン・リー)。家族を次々と亡くし、看護や葬儀などで財産を使い果たし、家屋敷を失って身一つで、早くに家を出た妹ステラ(キム・ハンター)のもとへ身を寄せる。だが、退役軍人で工場労働者のステラの夫スタンリー・コワルスキー(マーロン・ブランド)は、粗野で荒々しい男。お高くとまったブランチに対して反感を抱き、ブランチもまたスタンリーを嫌う。やがて、ブランチはスタンリーの親友で礼儀正しいミッチ(カール・マルデン)との結婚に望みをかけるが、スタンリーはブランチのスキャンダラスな過去を調べて暴き出す。追い詰められたブランチは、なんとか保っていた精神の均衡を崩壊させてしまう……。
 
 アメリカの中でも独特のカルチャーをはぐくんだ場所ニューオーリンズは、“ジャズの発祥地”としても知られている。冒頭から全体のムードを支配するブルージーなジャズは、気だるく甘美でありながらも不穏な調べ。間もなく大勢の人が行き交う路面電車の乗り場が映り、むせかえるような人いきれと蒸気でベタつくような雑踏の中で、明らかにこの地に異質な女性ブランチが困ったようにたたずんでいる。華奢というよりはやせすぎで、落ち着かなげにあたりを見回す。げっそりと頬がこけ、落ち窪んだ目にぎらりとした異様な光を放つ女性が、『風と共に去りぬ』(1939)のスカーレット・オハラと同一人物とはにわかに信じがたい。

 何か困っているのかと聞かれて、ブランチは言う。

「欲望という名の電車に乗って、墓地に乗り換え、エリジアン・フィールド(極楽)という場所で降りるのだけれど」

 なんという意味深な始まりのセリフだろうか。当時、彼の地には「欲望(Desire)」や「極楽(Elysian Fields)」といった名前の通りがあり、原題の「A Streetcar Named Desire」とは欲望通りを走っていた電車の呼び名。ブランチは「欲望 922号」に乗って、妹が住むフレンチ・クオーターのうらぶれた下町へと降り立つ。もちろんそこは極楽などではない。猥雑で騒々しく、二間しかないステラの狭苦しい家で、何もかもが相いれないスタンリーと出会った瞬間、ブランチの破滅へのカウントダウンが始まるのだった。

欲望という名の電車
『欲望という名の電車』ポスタービジュアル(c) Warner Bros./ Photofest / ゲッティイメージズ

 筋骨隆々、男くささむんむんのポーランド系労働者スタンリーが、汗をにじませた顔に薄い笑いを浮かべながらブランチに対面するシーンからして、直感的に危険を察知して身を硬くする女性もいるのでは。セックスアピールにあふれているが、厄介な男スタンリー。一方、プライドだけは高いが、こうした人種相手に渡り合う術を持たないブランチは、あまりにも無防備で非力な存在だ。いわば捕食者と格好の獲物が同居するといった状況は、悲劇としか言いようがない。

 このブランチの言動は、登場シーンからして神経症のそれを思わせる。ステラに出会うと息つく暇もなく早口でまくしたて、妙にテンションが高く、電球の明かりをひどく嫌がり、神経を鎮めるためと言いながらアルコールに依存している。自身の見栄えを異常なほど気にしており、これも神経を休めるためと、1日に何度も熱い湯船につかる。そもそも暑くてじめっとした土地柄なのに、狭い家で風呂の湯気が立ち込める映像からは、スタンリーの苛立ちが沸点に達していく過程が手に取るように伝わって来る。

 果たして、スタンリーが調べ上げ暴露するブランチの過去とは、どんなものなのか? レイプ、同性愛、色情狂、DVなど、当時としてはあまりに刺激的な、しかし現代社会が抱える多くの問題に通じるテーマがベースにある本作は、映画化に際して戯曲における重要ないくつかの部分をカットし、セリフの変更も余儀なくされた。なんという愚かしい検閲。監督で舞台版の演出も手がけたエリア・カザン、映画の脚本に自ら携わっているウィリアムズらは必死の抵抗を試みるも、アメリカ映画倫理規定委員会を説得することはできなかった。そのため戯曲及び舞台劇にはあるが、映画では割愛された描写が複数あるので、映画と併せて、ぜひ戯曲を読み比べて欲しいと思う。

 だからといって、映画の魅力や価値が半減するものではない。なぜなら、ブランチというキャラクターを通して伝えられるメッセージは、戯曲のそれと本質的には変わらないものだから。

 当時の社会背景を考えるに、本作からは没落していく南部の特権階級と、戦後のアメリカを担う働き手の労働者階級との対比が読み取れる。ブランチとスタンリーは相いれない存在であり、中間に位置するステラは心から姉を愛し、同情もしているが、一方で圧倒的にエネルギッシュなスタンリーの生命力に抗うことはできない。ステラを含む、当時の一般の観客を魅了する力がスタンリーという人物像にあったことは、それこそが時代の空気というものなのだろう。もちろん、本作のブロードウェイの舞台版で才能を見出され、映画版で一躍国際的なスターとなったマーロン・ブランドの確かな演技力と、セックスアピールにあふれたマチズモ(男性優位主義)的なキャラクターに負うところが大きいのは言わずもがなである。ちなみに、劇中、スタンリーが当時下着扱いだったTシャツを普段着として着こなしていたことが若者層を中心にウケて、Tシャツがトップスとして定着するきっかけとなったという通説がある。

 一方で、社会の変化に付いて行けず、古い世界の価値観にとらわれたままのブランチは、時代に取り残され、見捨てられた多くの声なき人々を代弁した存在ともいえる。ブランチがいつから精神に支障をきたしていたのかはわからないが、弱き心は男たちに付け入るすきを与え、利用され、容易に踏みつけられる。いみじくもステラがスタンリーに言い放ったように、「あんたのような人間たちにひどい目にあわされて変わった」結果が、本作の痛ましいラストシーンなのだ。もちろん、スタンリーにしても、いわれもなくブランチから侮蔑的な態度を取られる筋合いはないのだが……。

 救いの手が差し伸べられることはなく、精神を崩壊させていったブランチは、ウィリアムズの戯曲が往々にして自伝的であるように、精神障害で人生の多くを精神病院で過ごしたウィリアムズの姉ローズを想起させる。不仲だった両親のもと、不遇な環境で育ったウィリアムズは姉を慕っていたが、両親が非人道的なロボトミー手術を許可したことを生涯許さなかったという。また、ゲイだったウィリアムズは、恋人を亡くしてからの晩年は、死や孤独に対する恐怖から酒とドラッグを手放せなかった。ブランチに恐らくは決定的なダメージを与えた事件の要因が同性愛者であることは(映画では明確な言及はない)、ウィリアムズが姉を救えなかったことへの激しい後悔と自らを罰しているようにも受け取れる。同時に、ブランチはウィリアムズが語っているように彼自身でもあるのだった。

 原作者自身の分身であり、当代随一の戯曲家が産み出した世界的に有名なキャラクターを演じる。それだけでもプレッシャーがどれほどのものかは計り知れないが、リー自身が1940年代半ばから躁鬱病の症状が顕著になり、また不眠症にも悩まされていた。そんな彼女がブランチを演じることは、自殺行為であると危惧する声は後を絶たなかったという。だが、リーはロンドンの舞台で演じることを切望し、映画でも同役を演じ切った。文字通り、魂を削るようにして。当初はリーの才能を認めていなかったカザンも、撮影が進むにつれ「もし演技に必要であれば、砕けたガラスの上に這いつくばる覚悟だった」と感嘆と惜しみない賞賛を贈ったことからも、リーの演技に対する真摯な姿勢と覚悟のほどがうかがえる。

 後年、当時のことを振り返り「気も狂わんばかりだった」と語ったリー。心身ともに疲弊し切ったことは明白で、再び精神状態を悪化させていった。本作のせいだけではないにせよ、ブランチの狂気がリー自身を焼き尽くしてしまったかのように思えて仕方がないのだ。

 『欲望という名の電車』は、アカデミー賞でリーが主演女優賞、マルデンが助演男優賞、ハンターが助演女優賞、美術・装置(白黒)賞の4部門で受賞した。舞台の初演は、戯曲が発表されピューリッツアー賞を受賞した前年の1947年。ブランチ役はジェシカ・タンディで、スタンリー、ステラ、ミッチは映画版と同じキャストでブロードウェイで上演された。映画化に際しては、タンディが年齢的に問題があるとされ、ロンドンの舞台でブランチを演じたリーが抜擢された。


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