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名画プレイバック

『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』(1971年)監督:ハル・アシュビー 出演:バッド・コート 第35回【名画プレイバック】

『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』(1971年)監督:ハル・アシュビー 出演:バッド・コート 第35回
『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』当時のポスタービジュアル - (C)Paramount Pictures / Photofest / ゲッティイメージズ

 死に取り憑かれた陰気な19歳の青年と、快活で生命力あふれる79歳の老女。一見、あり得ない組み合わせの2人が主人公の『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』(1971)。製作当時の社会背景を強く感じさせる一方で、人生を変える出会いの物語には時代を超越する求心力がある。(冨永由紀)

 19歳になるハロルド(バッド・コート)は母親と2人暮らしの豪邸で、毎日のように狂言自殺を繰り返している。端から死ぬつもりなどなく、首つりやリストカット、溺死からハラキリまで、どれも見せかけだけで、母親はその場に出くわしてももはや驚きもしない。彼のもう一つの趣味は、愛車の霊柩車を乗り回して赤の他人の葬儀に参列すること。ある日、彼は自分と同じように、死者とも遺族とも無関係な老女・モード(ルース・ゴードン)と知り合う。心が老けてしまっている若者は、肉体は老いてもはつらつとした老女に触発され、一緒に無茶をするようになる。

 他人の車を失敬してドライブし、排気ガスを浴び続ける街路樹がかわいそうだからと引き抜いて、自然の中へ植え替えようとしたり、ハロルドを軍に入隊させようとする軍人の伯父をからかったり。分別なしのいたずらっ子のような2人の振る舞いは、現代人の目にはどう映るだろう。彼らに一杯食わされる人々と同じように呆気にとられ、腹を立てるだろうか。作中に充満する無邪気な自由さに、映画が作られてからの44年の間、私たちは世間を何と窮屈な場所にしてしまったことかと思わずにいられない。

 自分の世界に閉じこもりがちな金持ちの甘えん坊のハロルドが、狭いトレイラー暮らしで、好きなものに囲まれて好きなことをして生きているモードにどんどん惹かれていく。2人のデート・シーンはどれも愛らしく、美しい。ビルの解体現場、同じような墓石が整然と無数に並ぶ墓地、遊園地。祖母と孫ほどの年齢差はグロテスクな印象を与えかねないが、ハロルドとモードのカップルはただただチャーミングで、ハロルドが本気で彼女に恋をしていると信じられる。これはひとえに、演じた俳優たちの功績であり、この2人以外では不可能と言い切れる白眉のキャスティングだ。

 モードの台詞は一つ一つが心に残る名言だ。死んだように生きる人たちがいることを指摘し、「人生から逃げ腰になっているだけ。飛び上がって、チャンスをつかむの。傷ついたっていい。思いきりやるのよ。生きるのよ!」とハロルドに発破をかける言葉は、観客をも勇気づける。

 出会ったばかりの頃、モードはハロルドに「75じゃ早すぎるし、85は遅すぎる。80ならちょうどいい」と話していた。そんな彼女の80歳の誕生日が近づくなか、ハロルドはモードに贈り物をする。その時の彼女の反応が素晴らしい。本当に大切なこととは何か、それをどう扱うのか、深く考えさせられる。モードの手首の内側にある入れ墨がほんの一瞬映る。オーストリア出身の彼女がホロコーストから生き延びた印だ。だが、それ以上は見せないし、台詞もない。それを見たハロルドの瞬間的な表情が全てを語り、モードという女性の隠された一面を観客は知ることができる。正反対に見えた2人だが、彼らを結びつけているものは“死”だ。とはいえ、おびただしい数の死を目の当たりにしたであろうモードと、母親の愛に餓え、生きる意味を見出せずにいたハロルドの死生観は異なっていたはず。しかし、死と孤独と共に生きてきたモードならではの前向きな人生哲学がハロルドの心に響いたのだ。

 2人は正真正銘の恋人となり、ハロルドは結婚しようとする。この決断に、息子を一人前の男にしようと結婚相手探しに奔走していた母親や軍人の伯父、かかりつけの精神分析医や教会の聖職者は慌てふためく。そんな中で、モードは80歳の誕生日を迎え、ハロルドと2人きりの宴が始まる。モードもまた、彼女の人生の選択をしていた。

 この映画が描くのは、生きるということについてであり、他者との関わりについてであり、自由というものの尊さと底知れない深さだ。そして、自分を大切にしなければ何も始まらないということ。それが殻に閉じこもるという意味でないことは、この作品を見ればわかるはず。全編を彩るキャット・スティーヴンスの歌が素晴らしく、特に「If You Want To Sing Out, Sing Out」は作品のスピリットを歌う名曲だ。陳腐な言い回しだが、“人生を変える出会い”とはこういうものなのだと思う。人と人が出会い知り合うことは、それだけで一つの奇跡なのだ。

 監督のハル・アシュビーは、『さらば冬のかもめ』(1973)、『シャンプー』(1975)、『帰郷』(1978)で知られる名匠。アメリカン・ニューシネマの旗手であり、『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』(1976)やローリング・ストーンズのドキュメンタリー『ザ・ローリング・ストーンズ/レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』(1983)など音楽にまつわる作品でも手腕が光る。脚本は後に『9時から5時まで』(1980)などで監督としても活躍したコリン・ヒギンズ。自身の修士論文を基に本作を執筆したという。アシュビーもヒギンズも共に1988年に亡くなった。アシュビーは59歳、ヒギンズは47歳という早逝が悔やまれる。


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