災害が頻発するいま、復興過程の映像記録の重要性訴える

シンポジウムに参加した(写真左から)メディア論・表象文化論研究者の門林岳史、社会学・同時代史研究者の相川陽一、ホアン・シューメイ監督、台湾国際ドキュメンタリー映画祭プログラム・ディレクターのウッド・リン、小森はるか監督。
シンポジウムに参加した(写真左から)メディア論・表象文化論研究者の門林岳史、社会学・同時代史研究者の相川陽一、ホアン・シューメイ監督、台湾国際ドキュメンタリー映画祭プログラム・ディレクターのウッド・リン、小森はるか監督。 - (撮影:中山治美)

 先ごろ開催された第16回山形国際ドキュメンタリー映画祭の震災プログラム「ともにある Cinema with Us」内で、「災害とともに生きる ~ 台湾と日本、継続する映像記録運動」と題したシンポジウムが開催された。会期中には台風19号が各地で猛威を震って甚大な被害をもたらし、登壇者の一人である長野大学環境ツーリズム学部の相川陽一准教授が避難所から山形入り。災害が頻発する現代において、同プログラムを継続して行うことの重要性を印象付けた。

 同映画祭では東日本大震災が起こった2011年(第12回)にスタート。今回は日本同様に自然災害の多い台湾との共同企画で、台湾からは『台湾マンボ』(2007)などのホアン・シューメイ監督と、台湾国際ドキュメンタリー映画祭プログラム・ディレクターのウッド・リンが、陸前高田や仙台を拠点に映像制作を行っている『二重のまち/交代地のうたを編む』(2019)の小森はるか監督らが登壇した。

相川陽一准教授
台風19号で大きな被害を受けた長野から参加した長野大学環境ツーリズム学部の相川陽一准教授。(撮影:中山治美)

 上映作品は計12作品。1999年の921大地震後の4年半、被災地の復興の進捗を記録した『台湾マンボ』のように、いずれも長期にわたり被災地や人々の心の有り様に迫っている。特に台湾映画『帰郷』(2018)は、2009年のモーラコット台風で、移転を余儀なくされた台湾原住民たちに密着。コミュニティーと伝統文化が崩壊されつつあったことに危機感を抱いた彼らが、部族の魂を子どもたちに伝える新たな取り組みを描いている。

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小森はるか監督
現在は仙台を拠点に活動している小森はるか監督。(撮影:中山治美)

 リンは「モーラコット台風では台湾原住民が多く住む山岳地域が被害を受け、土石流で一瞬にして村が消えてしまった地域もありました。彼らは漢人である政府が作った新しい建物に移らざるを得ず、元の地域へ戻れなくなってしまった。新たな地で、どのように生きるか。そこで改めて自分たちのルーツや祖先について考えることになる。原住民にとどまらず、それが今回、アイデンティティーに関するテーマが多かった理由でもあると思う」と語った。

ホアン・シューメイ監督とウッド・リン
台湾から参加した(写真左から)ホアン・シューメイ監督とウッド・リン。(撮影:中山治美)

 未来へ向けての復興が、戸惑いや軋轢を産むこともある。小森監督が、ユニットで活動しているアーティストの瀬尾夏美と共同監督を務めた『二重のまち/交代地のうたを編む』は、津波被害の大きかった中心地を、山を切り崩した残土でかさ上げした。そこで陸前高田を元の大地と、新たな宅地からなる“二重のまち”と表現し、街の人々の変わりゆく故郷への思いを映像と言葉で表現した。

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台湾マンボ
ホアン・シューメイ監督『台湾マンボ』(2007)は、台湾921地震の被害を受けて移転を余儀なくされた南投県中寮郷の被災者に密着した。

 小森監督は「元々の地面はただの被災地ではなく、亡くなられた方たちとの思い出の場所で、地元の皆さんにとって記憶のよりどころだった。そこが塗りつぶされていくのは心情的につらかった。でも工事に対する反対運動はほとんど聞こえてこなかった。復興というポジティブなことに対して声を上げづらかったのかも。でも一人一人に聞くと、やはり“しんどい”と言うんです。ならば自分が撮ってきたものを(作品という形で)人に渡さないと」と、復興工事が創作意欲をかき立てたと言う。

 こうして彼女たちが人生を賭けて撮った貴重な記録は、災害が起きる要因から復旧・復興の過程をつぶさに記録しており、今後の参考となることは間違いない。特に台湾で被災した地域は、日本統治下時代の開発が大きな要因として考えられており、まさに日本人にとっては対岸の火事では済まされない問題である。しかし、なかなか教訓は生かされず、同じような過ちは繰り返されるばかりだ。

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二重のまち/交代地のうたを編む
ワークショップで4人の出演者を募って、変わりゆく陸前高田の街を見つめた小森はるか・瀬尾夏美監督『二重のまち/交代地のうたを編む』 photo by Tomomi Morita

 リンは「台湾の人はバカだなと思う。もっとこうしたドキュメンタリーを、特に公共事業に携わる人たちは観なければいけません。過去の事例から全く学んでいないのです」と語気を強めた。その発言に呼応するかのように、会場にいた震災をテーマにした作品を数多く手掛けている安岡卓治プロデューサーも「日本人はもっとバカだと痛切に感じます」と声を上げた。

 安岡プロデューサーは今回、編集で携わった映画『未来につなぐために~赤浜 震災から7年』(2018)も出品されており、それは国と県が津波対策として提唱した高さ14.5mの巨大防潮堤建設を反対した、岩手県大槌町の赤浜地区の住民たちの戦いを記録している。

空に聞く
小森はるか監督は、被災者の記憶や思いを伝える陸前高田災害FMのパーソナリティーにカメラを向けた『空に聞く』(2018)も製作。日本プログラムで上映された。

 ホアン監督の場合は単なる撮影者だけにとどまらない。復興工事の中で起きた建設会社の手抜き工事を指摘し、自分が撮った映像を“証拠”として携えて、地元住民と共に行政に掛け合って工事のやり直しをさせた過程が『台湾マンボ』の中で描かれている。

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 安岡プロデューサーは「震災を記録していると全く意味のない工事に、巨額の国家予算が費やされる構造をよく目にします。そういう状況が日本ではずっと続いている。小川紳介監督が“三里塚”の問題に立ち上がった背景には、戦後の日本のあり方にくさびを打たなければいけないというアクションだったと思います。そういう精神性を大事にしつつ、この活動を若い人たちに引き継いでもらいたい」と語り、会場にいる若き映像作家たちに訴えた。(取材・文:中山治美)

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