『タクシードライバー』は自己療法のために執筆していた、意外なきっかけを脚本家が明かす

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映画『タクシードライバー』などの脚本家としても知られるポール・シュレイダー監督

 映画『タクシードライバー』『レイジング・ブル』の脚本家としても知られる、『アメリカン・ジゴロ』『キャット・ピープル』などのポール・シュレイダー監督が、5月24日(現地時間)、ニューヨークのリンカーン・センターにあるエリノア・ブーニン・フィルム・センターで、自身のキャリアについて語った。

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 シュレイダー監督は、コロンビア大学やUCLAで映画を専攻後、映画の批評家をしてきた。だが「批評家でありながら、同時にフィルムメイカーであることはなかなか難しい」という。「映画業界はあらゆる意味で、多くの人とつながりがありすぎるんだ。例えば映画批評家として、ある俳優を『この5年間では一番の演技だ』と批評したとする。すると、その俳優から『一体、どういうつもりだい。僕はこの5年間ろくな仕事をしてこなかったということか?』と言われてしまう……。批評したところで、同業者(フィルムメイカー、俳優)である以上は、満足のいくレベルの批評をできないということなんだ」。今は批評はせず、シンク・ピースと言われる映画界の分析や背景の情報を含めた記事を時々書いているのだとか。また、50年前に執筆した本を、現代の読者に合わせて改稿した『Transcendental Style in Film』を出版した。

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 脚本家としての代表作といえば『タクシードライバー』だが、その執筆のきっかけは意外なものだった。「精神的に良くない時期があって、自己療法するために26歳(1972年)のときに執筆したのが『タクシードライバー』だったんだよ。当時の僕は自殺願望がありながらも、できる限り精神的に立ち直ろうともしていたんだ」とシュレイダー監督。また、『ザ・ヤクザ』については、ある日、京都に住んでいた兄(同志社大学で教えていたのだとか)から手紙が来たという。「当時、彼は多くの東映ヤクザ映画を鑑賞していたようで、ヤクザ映画に関して記した10ページ以上の手紙を送って来たんだ。ちょうどブルース・リーが亡くなったばかりの頃で、人々は彼のような新たな存在を探していた時期だったよ。僕は、新たなブルース・リーは中国人ではなく、日本人ではないかと思ったんだ」と当時を振り返った。

 近年、誰もが映画を作れる時代にはなったことについては、「そのほとんどは、(映画で)お金を稼いではいないだろうね。自由な製作の裏側には、厳しい事実もある。現在、僕らが観ることさえできなかったり、映画評論家が消化できないほどの量の映画が毎年製作されている中で、おそらく年間に10本くらいが(他の作品群よりも)抜きんでて、人々に認識されているんだ。何千本~何万本の映画がある中で、いかにその10本に入るかが問題なんだよ」と語る。続けて、「僕がこれまでで学んだのは、その10本に入るために最初は“門番”を通過しなければいけないということ。その“門番”とは、映画界では映画祭のことだ。つまり、ベネチア国際映画祭、トロント国際映画祭、テルライド映画祭、ニューヨーク映画祭などで評価されなければいけない。でも今は、それだけでも足りないんだよ……」とシュレイダー監督。なんでも、最近手掛けた映画『ファースト・リフォームド(原題) / First Reformed』は、配給会社A24がトロント国際映画祭で配給権を獲得したものの、さまざまな場所でテストスクリーンが行われ、公開するまでに手厳しい批評を(多く)受けなければならなかったそうだ。「配給会社は、テストスクリーンで(映画館を)拡大するか減少するかを決めているんだ。だから、トロント国際映画祭からSWSX(サウス・バイ・サウスウエスト)まで、およそ半年待って、ようやく本格的に公開に向けてプッシュすることが決められたんだよ」と困難な状況にあったことを明かした。(取材・文・細木信宏/Nobuhiro Hosoki)

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