オダギリジョー、俳優が映画を撮る葛藤

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オダギリジョー監督 - 写真:上野裕二

 俳優のオダギリジョーが、映画監督としてのスタートを切った。その記念すべき長編デビュー作『ある船頭の話』(9月13日公開)は、第76回ベネチア国際映画祭ベニス・デイズ部門に日本映画として初の出品。さらに中国の名女優コン・リーと共演した『サタデー・フィクション』(2020年公開、ロウ・イエ監督)も同映画祭のコンペティション部門に選出され、まさに俳優と監督の二刀流だ。俳優が監督するからこその強みとは何なのか。またその難しさとは? オダギリ監督がその胸中を明かした。

『ある船頭の話』予告編

 今回オダギリ監督が主役の船頭役に迎えたのは柄本明である。同業者として柄本の実力を知っているだけに、演技には絶大な信頼を寄せていたが、その関係性は一筋縄ではいかないものだったようだ。

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 「ある程度経験を積んだ俳優同士として、当然ながらお互いに自分なりの哲学のようなものがあるわけです。例えば、監督はどこまで演出をつけるべきで、どこからが俳優の考えるべきことか、という線引きは、すごく繊細な部分でもありますよね。同じ表現者だけど、監督と俳優は表現することが全く違いますから。そもそも、俳優にその役の説明をするのは野暮な話だと思うから、僕は撮影現場で柄本さんにあまり説明しないようにしていましたし、逆に柄本さんから質問されることもありませんでした。ただ、監督の表現としては別のベクトルが同時に発生してしまう中で、柄本さんから『人間ってそういうものじゃないだろ?』と言われてしまえば、俳優としての自分が監督の自分を止めたくなるんです(苦笑)。自分の中の俳優と監督が常にせめぎ合う。そんな毎日でした」

『ある船頭の話』(C)2019「ある船頭の話」製作委員会

 柄本も演出家の顔を持つだけに、二人の緊張感たるや相当なものがあったであろうことは、想像に難くない。一方でオーディションで抜擢したヒロイン・川島鈴遥(かわしま・りりか)には全く別のアプローチを試みていた。

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 「川島さんはまだ演技経験がそこまで多くはなかったので、わかりやすいように丁寧に的確に伝えることを心がけていました。僕が俳優だからこそ、こういう言い方をすれば気づくだろう、こういう引き出し方をすればこの部分が出るだろうという塩梅がわかることもある。一口に演出と言っても、相手によってやり方を細かく調整できるのは、俳優が監督する上での大きな利点だと思います」

 『ある船頭の話』には著名な俳優やミュージシャンも少なからず出演しているが、中には一見その人だとわからないような顔をして登場する人たちもいて驚く。これはあの人っぽいけれどもしかしたら似ているだけかな、この人はよく見ればそうだけど最初は気づかなかった、というような映り方なのだ。そこにはオダギリ監督が俳優をどのように見ているのかという視点が表れている気がする。

 「普段、俳優としては、基本的に役の大きさやギャランティーでは仕事を選ばない主義なんです。面白い脚本であればエキストラでも出たいと思いますし。だから監督としてもビジネス的なキャスティングが苦手なんですよね。だからこそ、僕と同じような考え方で仕事をしている人が集まってくれたのだとも思っています。そういう人たちだからこそ、この作品を面白がって出演してくれたと思うので」

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 監督となった今、俳優とは「人間のことを考えて、そのキャラクターを深める職人であるべき」だと語る。今後オダギリが俳優を続けていくためにも監督業は必要なことなのかと問うと、「どうでしょうね?」と微笑みながら答えをこちらの想像に託した。「すべての監督には作りたいものがあるはずで、そこに僕が呼ばれたら俳優として捧げられるものは捧げたいし、作品のためになることには全力を尽くしたい。それを求めていただける限りは俳優を続けようと思っています」

 かつて俳優として『蟲師』(2006)、『サッド ヴァケイション』(2007)で参加したベネチアに、今度は脚本から手がけたオリジナルの監督作で凱旋。「自分みたいな未熟者の作品が選んでもらえるのは畏れ多くて、今でもあり得ない話のように感じますし、こんなことは二度とないというぐらいに思っています」と謙遜するオダギリ監督だが、この大型“新人”の可能性を、世界が放ってはおかないだろう。(取材・文:那須千里)

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