岩井俊二監督、ミニシアターで「映画のすべてを学んだ」

がんばれ!ミニシアター

岩井俊二監督
岩井俊二監督

 新型コロナウィルスの感染拡大に伴い発令された緊急事態宣言が解除され、現在全国の映画館が営業を再開している一方で、長期の休業が続いた経営規模の小さなミニシアターでは閉館せざるを得ない可能性もある危機が続いている。今だからこそ、ミニシアターの存在意義について、今の日本映画界を担う映画人たちに聞いてみた。

 『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016)、『リリイ・シュシュのすべて』(2001)などで知られる岩井俊二監督は、宮城県出身。地元にあった名画座は当時、学生が300円で映画を観られたそう。その映画館は、監督が「映画の作り方を勉強した場所」と振り返る場所だ。

 「おこづかいも微々たるものだったので、ロードショーは見送って、名画座に来たら観るという感じでした。中学時代は『砂の器』(1974)とか『八甲田山』(1977)とか。篠田正浩監督の『はなれ瞽女おりん』(1977)にかなりハマりまして。何度も通いました」

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 授業をサボって映画館に入り浸り、物理の先生に怒られたこともあった高校時代。「お前、先週何やっていたんだって言われて、僕も生意気だったから映画を観に行ってましたって。映画館に行くことは僕の中で勉強だったので(笑)」と当時を述懐する。

 ちょっと生意気な映画少年は映画を観ることによって、映画作りを学んでいった。

 「ヨーロッパ映画や邦画をかなり見ました。『青春の蹉跌』(1974) はカルチャーショックだった。桃井かおりさんの怪演といい、萩原健一さんのかっこよさといい、奇抜な演出といい、かなり影響を受けました。ルキノ・ヴィスコンティの『ベニスに死す』(1971)とか、ベルイマンの『処女の泉』(1960)とか。それまで観ていなかったジャンルの映画に傾倒して行きました。そういう映画たちからスポンジのように何かを吸収してたんでしょうね、きっと」と振り返る。そんな高校時代、映画作りへの衝動を駆り立てたのは、2本立てで観た『もう頬づえはつかない』(1979)と『Keiko』(1979)だった。「特に『Keiko』は凄い衝撃で。あの映画を観てしまったのが運の尽き(笑)、自分でも映画を撮れると思い始めて矢も盾もたまらずに映画を撮り始めたんです」

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 その後、横浜国立大学に入学した岩井監督は、文芸坐を始め都内のミニシアターに通い、ここでも大量の映画を観まくっていたそう。「寺山修司、大島渚、ルイ・マル、アントニオーニ、ゴダール、トリュフォー、ワイダ、ブニュエル、フェリーニ、パゾリーニと片っ端から見まくりました。僕は映画を誰かに習ったことがないので、映画を観ることでしか学びがない。映画を観て、感動しながら分析して、解読していく。映画を観ながら、カメラの勉強をして、次に照明、最後に録音を勉強していました」

 学校のように映画の作り方を学んだ場所は、映画監督としてデビューしてからは、さらに密接な関係となった。「『undo』(1994)、『Love Letter』(1995)、『PiCNiC』(1996)、『四月物語』(1998)、『リリイ・シュシュのすべて』、『市川崑物語』(2006)、『friends after 3.11』(2012)、『リップヴァンウィンクルの花嫁』と。僕の作品のほとんどがミニシアター映画です。僕自身がミニシアター映画監督ですね」

 今回、全編ほぼリモートで撮影した映画『8日で死んだ怪獣の12日の物語 -劇場版-』も全国のミニシアターで順次公開中だ。「コロナ禍でも最新のエンターテインメントを届けたい」という思いから作られた本作は、樋口真嗣監督がリレー動画「カプセル怪獣けいかく」を岩井監督に依頼してから始まった。

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 「4月に連絡をもらって、樋口さんの企画に。デッサンの時に使う練りゴムという消しゴムがあるんですが、それを使って、卵から育てたら可愛いよねっていう話になった。そのうち、アイデアがどんどん膨らんできて、リモート映画にしようと思った」と話す。主演は、「何度かお会いする機会はあって、ずっと仕事をしたいと思っていた」という斎藤工。12日分の怪獣を作って、その写真をプロットに貼って斎藤に送ったという。

 撮影はほとんどのシーンがリモート。普段の現場とは全く違う撮影は、新しい挑戦でもあった。リモート撮影ではカメラがほぼ固定のため、役者が真正面のカメラに向かって話すことが多く、ともするとみんなが同じ方向を向いた単調な絵になってしまう。

 「しかも現場には役者しかおらず、カメラのセッティングや照明までやってもらわないといけない。なのでほんのちょっとで効果が出る事を考えました。わざと視線をズラしたり、カメラから近過ぎる位置取りをしたり、人とカメラとの距離感を大切にして撮っていました」と監督ならではの工夫もあった。

 「Zoomの絵のリアルな感じをあまりフィクションで見たくなかったけれど、モノクロにしてみたら距離感があって映画にあっさり入っていける気がしました」

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 監督の意図を汲みながら、斎藤自身が撮影もこなした1人芝居のシーンは、「すごく自然で。申し分なさ過ぎて、ほとんどそのまま使いました」と絶賛する。「撮影現場といっても一対一のリモート撮影。しかも一日ひとつずつエピソードを撮ってゆくというスタイルだったので、こちらは斎藤さんから送られてくる動画を一日一回チェックするだけでいい。斎藤さんが監督として撮りなれていたということもあったのでとても助かりました。時間に余裕があったので他のエピソードをついつい思いついては書き足してゆくうち他の出演者のシーンが出来上がっていきました」

 公開予定作が続々と延期が決まる中、本作を日本中のミニシアターで公開し、上映料も普段よりも劇場に多く配分がいくようにした監督はまさにヒーローそのものだ。だが、そうした行動の根底にはミニシアターへの熱い想いがあった。「コロナ禍を迎えた日本で、改めて街の中のミニシアターの存在を実感しています。自分の中でも熱心に通っていた頃、多感だった時期を思い出しているんです」とコロナ禍、苦境に立たされているミニシアターへの思いを語った岩井監督。「上映できる喜びや作る喜びを今、新鮮な気持ちで再発見しています。自分ができることは微々たることだと思いますが、少しでも救済に繋がったらいいなと思います」(取材・文:森田真帆)

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