顔半分が陰の高橋一生が怖い!『スパイの妻』黒沢清監督が明かす撮影術

劇場公開決定!蒼井優×高橋一生×黒沢清監督『スパイの妻』予告編 » 動画の詳細

 第77回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した映画『スパイの妻<劇場版>』(公開中)。太平洋戦争前夜を舞台にした本作は、夫への愛を貫く主人公・聡子と、満州で偶然恐ろしい国家機密を知ってしまった貿易会社の社長・優作の試練を描くストーリー。黒沢清監督いわく、この夫婦は「表面的に見えているものは半分であって、残りは見えていない」。強いきずなで結ばれながらいつしか騙し合いに転じていく夫婦を、どのように見つめ、映し出したのか?

【動画】『スパイの妻<劇場版>』予告編

 物語の始まりは、満州にわたった優作(高橋一生)がその地で「悪魔の所業」を目撃してしまったこと。優作は正義のためにその国家機密を明るみに出そうとするが、妻の聡子(蒼井優)は夫に危険が迫ることに耐えられず、仲睦まじかった夫婦の関係に亀裂が生じていく。

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 聡子には、夫を守るためには手段を選ばない過激さ、したたかさもあるが、黒沢監督にとって聡子はどのような人物に見えていたのか。「キャラクターを考えたのは脚本の濱口(竜介)と野原(位)ですけど、よくこんな人思いついたなと。僕も彼女が本当のところで何を考えていたのかはわかりません。蒼井さんに迷いがなければうまくいくんだろうと思っていたら、実際に蒼井さんに何一つ迷いがなかったのでどのシーンも非常にスムーズに進んだんですけど、よくよく考えると、聡子にはギョっとさせられるところがありますよね。理屈を通すことなど顧みず、平気で踏みにじられる強さ。だからどのような状況にも屈することはない。その強靭さは優作には欠けているわけですよね。彼は対照的であくまで理詰めで物事を考え、行動するので」

スパイの妻
『スパイの妻<劇場版>』より蒼井優&高橋一生 (C) 2020 NHK, NEP, Incline, C&I

 「表面的に見えているものは半分であって、残りは見えていない」という言葉を端的に示すのが、聡子と優作の食卓でのシーン。憲兵・津森(東出昌大)に、優作がある女性の死に関わっていることをほのめかされた聡子は優作を問い詰め、優作は「君は僕を信じるのか、信じないのか」と言い放つ。その際の優作の顔半分が影で覆われているというものだ。

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 本シーンの意図について黒沢監督は、以下のように話す。「サスペンス映画なので、緊張感を出すために非常にオーソドックスな照明にしてあります。1930年代、40年代のモノクロのアメリカのスリラーみたいな映画で必ずとる手法。言ってみればモノクロ映画の発想ですよね。色が白と黒しかない中でどうやって表現していくかということで、ここは陰にしてしまおうというのはごくスタンダードにやられていました。この映画の時代が1940年前後の設定ですから、少し古い映画の手法でやってみようと」

 本作はもともとNHKで8Kドラマの放送用に製作されたため、撮影、照明をNHKのスタッフが担当。撮影は「龍馬伝」「いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~」などを手掛けてきた佐々木達之介、照明は「軍師官兵衛」「おんな城主 直虎」などの木村中哉と、大河ドラマなどで活躍してきた顔ぶれ。いずれも黒沢監督とは初仕事だったため、佐々木、木村には「夜の表現にブルーではなく暖色を使いたいということ。極端な広角レンズは使いたくないということ。どの画面にも必ず黒い部分があるような画にしたい」という3つの基本オーダーを伝えていたという。そこにはどんな狙いがあるのか?

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 「意図というよりは好みです。簡単に言ってしまうと、1980年代ぐらいのヨーロッパ映画の色調ですね。例えば、ベルナルド・ベルトルッチが組んでいるヴィットリオ・ストラーロというカメラマン。僕が8mmフィルムから映画を撮り始めていたころだったんですが、どうしてあれが日本ではできないんだろうと。実際に散々苦労して、なかなかできない。ということで一つの理想形になっていったんですね。しかし、アジアで、台湾で可能にした人が出てきたんです。ホウ・シャオシェン、エドワード・ヤンのことですけど。驚いたのと同時に、じゃあ日本でもできるのではないかと強い励みになりましたね」

スパイの妻
市電に乗るシーン(C) 2020 NHK, NEP, Incline, C&I

 なお、これまでにも夫婦の物語を多く手掛けてきた黒沢監督だが、劇中で夫婦の変化を示すシーンとしてよく用いるのが「乗り物」。出世作の『CURE キュア』では主人公の刑事(役所広司)とその妻(中川安奈)がバスに乗るシーンがある。窓の外に雲が映っており、まるで空に浮かんでいるような不思議な雰囲気を醸していたが、『スパイの妻』では聡子と優作がトラム(路面電車)に乗るシーンが見られる。ここでは、窓の外は白だ。

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 「保存されている当時の市電、トラムを使わせてもらったんですけど、当然動かないわけです。一般的によくやるのは外に街の様子を合成して入れるというものですが、今回は合成して入れようにもその素材がないわけですよね。1940年代の街並みなんてどこにもない。なので初めから窓の外は見せないと決めていました。ドラマ的にものすごく大きな転換点には見えないでしょうが、しかし二人の関係がこの場面の後では決定的に違ってくるんですよね。『CURE』ではもっと異様な光景で、あれは合成でしたけど、夫婦関係が振り返るとあそこで変わっていたんだという重要なシーンで、そういうさり気ない転換点で僕はよく乗り物を使うんです」

 黒沢監督にとって初の歴史モノとあって、衣装や小道具、美術など当時を忠実に再現することへのこだわりにも舌を巻くが、繰り返し観ることでシーンごとにハッとするような新たな発見ができるのも黒沢ワールドの魅力だ。(編集部・石井百合子)

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