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東出昌大、山暮らしから学び 34歳の今

東出昌大
東出昌大 - 写真:上野裕二

 豪雨災害で妻子を失った漁師の癒しと再生を描く映画『とべない風船』(2023年1月6日公開)で主演を務めた東出昌大。本作での役へのアプローチから、彼自身が実践中の山暮らしでの学び、そして主演作が立て続けに公開される現在の心境までを語った。

【動画】東出昌大、山暮らしを語る

被災者への取材を経たアプローチ

 『とべない風船』は、広島を拠点とする宮川博至監督が平成30年の西日本豪雨をきっかけに、自ら脚本も手がけた人間ドラマ。主演を託された東出は「クランクイン数日前に広島入りして監督と時間を共に過ごし、被災された方のお話を伺いました。漁師さんの船にも乗せて頂き、沖合に出てお話を聞いて。海難事故でお仲間を亡くされた方も多く、彼らの死生観というのは都会で働く人とはどこか違うだろうなと」と、地元の方の協力があってこその役づくりを振り返る。また、映画には友人を亡くした監督自身の経験も投影されたそうで、深い喪失感を抱える主人公を背負うのはかなりの覚悟が必要だったはずだが、「でも……僕は感化されやすい人間で。作品に向かうとき、自分の中身は空っぽです。こう映りたい、こういう芝居をしてやろうというのではなく、誰かの気持ちや監督の創作意欲を僕という器に入れる。それが推進力になります」という。

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『とべない風船』では妻子を亡くした漁師に (C) buzzCrow Inc.

 彼が演じる憲二は映画の冒頭、豪雨による土砂崩れで愛する家族を失う。「被災は、あまりに突然だといいます。ただ雨が長く降っているなと思うくらいで、まさか日常が完全に失われてしまうとは思わないと。それを心理学用語で“正常性バイアス”といい、自身に深刻な影響をもたらす被害が予想される事態も日常の延長上と捉えてしまうとか。なるほどと役づくりの参考にしました」

 妻子を失って以来、周囲に心を閉ざして生きる憲二は、教師になる夢に挫折し疎遠だった父と会うために島へ来た凛子と出会う。その三浦透子演じる凛子を軸に、島の人々との交流によってゆっくりと不器用に、顔つきや佇まいまで変化するのを体現する必要があった。しかし、スケジュールの都合上、撮影はシーンの順番通りではなかった。「そこは最善を尽くすのみ! で。例えば、撮影初日はプロジェクターに投影された、息子コウタの誕生日を家族で祝う映像を観て泣くシーンでした。だけど、プロジェクターに投影する映像がまだない状態で、それを演じるのはつらい。そこで(妻の)幸とコウタとの時間をイン前につくり、みんなで海に行って貝殻を拾ったりしました。その様子を写真に撮り、プロジェクターに投影することができた。そうしたことがなかったら出来ないお芝居が多かったと思います」

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 映画を観る中で浮かんでくるのが、なぜ憲二は悲しい記憶が残る島を離れないのかという疑問。タイトルの『とべない風船』は、憲二が自宅の庭に上げ続ける風船のことで、東出は「自分にだけは奇跡が起きるかもしれない、あの家で風船を上げていたら帰ってきてくれるかも、そう思って子どものおもちゃも片付けられなかったのかなと」と、愛する人を失った憲二の心に寄り添った。そうして「一言で表すなら、あったかい映画、見終えたあと軽い気持ちになれる映画」は完成した。

山での暮らしは本当の意味で情報量が多い

 そんな東出は今、関東近郊の山里で暮らしている。一度離れて改めて東京に触れると驚くそうで、「渋谷駅ってずっと改修工事をしていてルートに慣れない人も多く、人とぶつかり合いながらもみなが歩きスマホをしています。そんなにほしい情報って何なのだろう? 忙しそうで、情報の海に溺れるよう。山の中では歩きスマホはできないけど、とても自由です。発見が多く、発見は血肉になりますから、本当の意味で情報量が多い」と価値観の変化を感じている。

 山菜を採るにも薪を割るにも、山での生活は自分で体を動かさなければ成り立たない。そこには生きる実感があり、体を動かす間、思索にふける時間も増える。そうした経験は確実に芝居に活きると感じているという東出。「お芝居ってアウトプットなんです。キレイな景色を見たことがなかったら、グリーンバックに映し出されるはずの景色に、“キレイ!”と言える芝居にはなりません。最近“冷暖自知(れいだんじち)”という言葉を知りました。水が冷たいか温かいかは自分で飲んでみないとわからないという意味で、それって役者の仕事には大事で。山の生活は危険もありますが、それも含めて冷暖自知の機会が多くて」

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 すっかり山暮らしになじみ、将来住むための小屋まで建築中というのには驚かされるが、「役者って、何でもやれ! といわれる仕事ですから。山の生活はもともとそうしたことが好きだったし、教えてくれる人が周りにいるので本当に楽しい。銀杏を拾って炒ったり、梅干しがうまく干せたり、干し柿にしようとつるした柿が日々しぼんでいくのを見るとああ……と幸せな気持ちになります」と、地域に溶け込みながら生活そのものに喜びを見いだしている。

フリーとしての現在

 一方、俳優としてはフリーで活動中。責任を伴う自由さは感じるが、例えば未確定要素の多い作品への出演を依頼されてゴーサインを出すかどうか、悩むことも新鮮であるらしい。『とべない風船』の前後に『天上の花』(公開中)、『Winny』(2023年3月10日公開)、『福田村事件(仮)』(2023年公開)と映画出演が続く。昭和の国民的詩人・三好達治とその妻の愛憎劇『天上の花』ではどのシーンにもみっちりと色濃い感情を込めた演技を見せている。「そういう役者になりたいと思っていましたが……どうなんでしょう? 例えばお酒の飲み過ぎをとがめられ、“うまいと思って飲んでるわけじゃない、寝れないんだよ”というシーンがあります。そんなセリフは20代ではなかなか言えない。お酒を飲んで寝るしかない、そんな夜を過ごしたことがあるから、年齢を重ねて人生経験のようなものを経たから言えるセリフというのはあるのかなと」

 実話を元にした『Winny』では、天才プログラマーの金子勇さんを演じるために18キロ増量し、本人のメガネと腕時計とネクタイをつけて撮影に挑んだ。『福田村事件(仮)』は関東大震災の直後、実際に起きた惨劇をもとにしている。「映画に出演させていただけるだけでありがたい。それがかなうなら、きれいごとを言うようですが、全力でやる。以前、ある作品でご一緒した俳優さんが、ある先輩に“役者は10年に1本、これはやり切ったと思える作品に巡り合えばいい”と言われたと。僕もこれらの作品を、やり切ったと言い切れます。映画が面白いか面白くないか? それは観てくださるみなさんにお任せします!」。そう言って、心から楽しそうに笑う東出。彼から放たれる生命力あふれる気配そのものが、仕事と日々の生活の充実を物語っていた。(取材・文/浅見祥子)

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