「地獄に堕ちるわよ」ヒットの理由を考察

占い師・細木数子の人生を事実に基づくフィクションとして描いた戸田恵梨香主演のNetflixオリジナルドラマ「地獄に堕ちるわよ」が大ヒットを記録している。4月27日に配信がスタートして以来、5月6日に発表された日本におけるNetflix週間TOP10(シリーズ)で1位を獲得。非常に暴力的な題材にもかかわらず、週間グローバルTOP10の非英語シリーズでも4位にランクインした。なぜ本作が多くの人を魅了するのか、その理由を考えてみたい。(文:大山くまお)
【画像】戸田恵梨香が細木数子の10代から60代までを演じ分け!
ストーリー
昭和から平成にかけて「六星占術」ブームを巻き起こし、バラエティ番組での「地獄に堕ちるわよ!」という決めフレーズで一世を風靡した占い師・細木数子(戸田恵梨香)。細木をテーマにした小説を書くことになった作家・魚澄美乃里(伊藤沙莉)は、密着取材で彼女の生い立ちを聞くことになる。
貧困と飢餓に苦しんだ少女時代、夜の世界で成功を収めて「銀座の女王」と呼ばれた時代、すぐに破綻した結婚生活を経て、不動産会社を営む須藤豊(中島歩)とともに赤坂に巨大クラブをオープンするが、ヤクザの組長・滝口(杉本哲太)の罠によって窮地に陥ってしまう。そこに現れたのが、細木が唯一愛した男である侠客・堀田雅也(生田斗真)だったーー。
近過去×地上波では描けないタブーという黄金律
「地獄に堕ちるわよ」は、日本発でヒットしたNetflixオリジナルコンテンツに共通する“黄金律”に則って作られている。すなわち、「昭和・平成という近過去」×「地上波ドラマでは描けないタブー」の掛け算である。「全裸監督」(2019年)に始まって、「サンクチュアリ -聖域-」(2023年)、「極悪女王」(2024年)、「地面師たち」(2024年)と連なるラインだ。
むろんSFアクションの「今際の国のアリス」シリーズやマンガ原作の映画『シティーハンター』(2024年)、時代劇アクションの「イクサガミ」(2025年)など多彩な作品があるNetflixだが、「地獄に堕ちるわよ」のような「日本の裏面史」パターンは強い。
そこで主に描かれるのは、胡散臭くてエネルギッシュな暴力と金と肉欲にまみれた欲望の世界である。地上波ドラマどころか、映画でもなかなか取り扱われないようなテーマと物語に多くの視聴者が惹かれるのだ。
俳優陣の熱演と昭和の再現度の高さ
全9話のドラマを引っ張ったのは俳優陣の熱演だろう。10代から60代までの細木を演じた戸田恵梨香は、誰が見ても顔立ちも体型も細木とはまるで違う。あまりにも違うので一度オファーを断ったという戸田だが、「モノマネでなくていい」というプロデューサーの声に背中を押されて細木役に取り組んだという。撮影の約半年の間、細木数子という人物の人生を生き続けたと振り返る戸田の熱演が作品を支えていたのは間違いない。
圧巻だったのは劇中、細木に食い物にされた国民的歌手・島倉千代子を演じた三浦透子だ。すべて吹替なしで本人が歌ったという歌声もさることながら、島倉の人の良さ、純粋さ、幼さ、怒り、諦念を見事に演じてみせていた。島倉が登場してからドラマの密度とスピードがグッと上がっていく感覚すら覚える。
予算と時間をたっぷりかけたセットとVFXによって再現された近過去の風景も大きな見どころだ。戦後の焼け跡、復興を遂げていく新橋・銀座・赤坂の盛り場、豪奢なナイトクラブ、高度経済成長期の東京の様子などが綿密かつ巨大なスケールで作り上げられ、作品への没入感をもたらしている。蛇使いのように男たちや世の中を意のままに操りたいという細木の心を象徴しているような、蛇笛が効果的に使われた稲本響によるメインテーマも印象的だ。
虚々実々の展開の妙
ドラマの前半から中盤にかけて細木の口から語られるのは、戦争ですべてを失って男たちに搾取され続けてきた女が、泥水をすすりながら上り詰めていくサクセスストーリーである。詳しいことを知らない視聴者は、まるで“ちょっとダークな朝ドラ”を見ているような感覚に陥るかもしれない。
しかし、物語が後半にさしかかると、細木の虚飾が一気に剥がされていく。これまでの物語は、自己演出に長けた細木による自画像であり、どこまでが本当のことかまったくわからない。ミステリーなどでも使われる「信頼できない語り手」という手法である。
本作の参考文献として細木による自伝「女の履歴書 愛・富・美への飛翔」と、細木の実像に迫った溝口敦のノンフィクション「細木数子 魔女の履歴書」の2冊が挙げられているが、ドラマの後半ではまさに後者の内容が描かれていく。だから「地獄に堕ちるわよ」という作品の真価は前半だけではわからないのだ。
こうした展開の妙によって、刺さる部分が人それぞれ異なる作品が生まれたのが面白い。男性社会に復讐を果たしていく細木の姿に胸躍らせる人もいれば、欲しいものは必ず手に入れるエネルギッシュな部分に魅了される人もいる。細木数子という人物の邪悪さにあらためて震撼する人も多いだろう。人間と同じく多面的な魅力を持つ作品なのだ。
細木数子とは何だったのか
作品を見終わったとき、胸に去来するのは「細木数子とは何だったのか」という思いである。
細木について、戸田恵梨香は「孤独を感じていた人」だったと語る。瀧本智行監督は「細木数子というキャラクターを演じていたのではないか」(朝日新聞WEB版より)と考える。もちろん、そういう部分もあるだろう。ドラマで描かれる細木は暴力団との密接なつながりや1000万円を超える墓石を多くの客に売りつける霊感商法を行うなど、黒いうわさがあったとされているが、自分が詐欺に遭ったからといって、同じことをやっていいわけがない。
また、細木のキャラクターは邪悪なまでに強欲で、目的のためには手段を選ばず、女の弱さも武器として使い、自分を美化することに躊躇がなく、メディアの力を知り尽くしていた人物として描かれているが、占いという形で年功序列や男尊女卑の思想を発信することで人気を得ていた描写も見逃せない。
「騙すより騙されるほうが悪い」「弱いヤツは食い物にされる」という価値観や、そうした論理で突き進む主人公の生きざまが、現代社会の空気感とどこか重なって見えてしまう点は興味深い。
あのほっそりとして美しい戸田恵梨香の姿は、細木数子が脳内で描いた「虚飾の自画像」なのではないか。見終わった後、そんなことまで妄想してしまう作品だった。


