吸血鬼とのおぞましいシーンも…リリー=ローズ・デップ『ノスフェラトゥ』で見せる新たなヒロイン像

第97回アカデミー賞において、撮影賞、美術賞、衣装デザイン賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞の4部門でノミネートされたロバート・エガース監督の『ノスフェラトゥ』(全国公開中)は、有名なドラキュラのストーリーを独自に脚色したゴシックホラーだ。主人公を演じたリリー=ローズ・デップとその夫役を務めたニコラス・ホルトが、全米公開前に行われた合同取材で、今作への思いを語った。
舞台は1838年のドイツ。不動産業者のトーマス(ホルト)は、上司の命令で、ドイツにある古い邸宅をオルロック伯爵(ビル・スカルスガルド)に売るために、彼が住むトランシルヴァニアの城に向かう。トーマスの留守の間、悪夢に苛まれる妻のエレン(デップ)は、友人のアナ(エマ・コリン)と彼女の夫フリードリヒ(アーロン・テイラー・ジョンソン)に預けられるが、夢遊病やひきつけが悪化。彼女の主治医は、恩師のフォン・フランツ医師(ウィレム・デフォー)に助けを求める。一方のトーマスは、オルロック伯爵と売買契約を結ぶのだが……。
ブラム・ストーカーの小説「吸血鬼ドラキュラ」と、それを非公式に映画化したドイツ表現主義の名作、F・W・ムルナウ監督の『吸血鬼ノスフェラトウ』(1922)にインスパイアされたという今作。これまで映画やテレビで何度も描かれてきた題材だが、今作ならではの面白さはどこにあるのだろうか。
デップは「ロブが書いた脚本は、この“ノスフェラトゥ”という象徴的な物語を、本当に彼自身のものだと感じられるように変えていました。重要な違いは、この映画がエレンの視点を通して描かれていることだと思います。それは、これまでの作品では見たことがないものです」と振り返る。そして、「もちろん、私はその点に興奮しました。私の役柄にとても複雑な要素が加わり、深く掘り下げられるようになったからです。より多くのレイヤー(層)が重なり、ストーリーに美しい要素が加わりました。この女性もまた、単なる吸血鬼への憧れだけではなく、とても多くのことを経験し、闇へと引き込まれているんです。それが映画をより複雑かつ恐ろしいものにしていると思います」と続けた。
ひきつけを起こすエレンのカットや、おぞましい吸血鬼とのシーンなど、肉体を駆使する異様な場面もあり、デップの入魂の演技が賞賛されている本作。デップは、エレンという女性をどのように解釈して演じたのか。
「この映画には、(物語の)外部で起きている多くの闇があり、すべてのキャラクターがその闇と戦っています。でもエレンは、内面で同じ戦いをしているんです。彼女の中で戦争が起きているようなもので、自分の中に抱える闇や羞恥心と戦っています。当時の社会に、彼女が抱えている葛藤を受け入れる余地はほとんどありません。そこから多くのさまざまなメッセージを受け取れると思います。この映画は、たとえ完璧でなくても、また、誇らしく思えないことや、人に理解されないことがあったとしても、自分自身をどれだけ受け入れられるか、ということについて語っているんです」とデップは説明する。
一方のホルトは、ニコラス・ケイジと共演した吸血鬼コメディー『レンフィールド』(2023年)に出演したことはあったが、あまりにかけ離れた作品なので、まったく参考にならなかったと言う。しかし、吸血鬼映画を観たり、原作を読んでリサーチした経験は役立ったそうだ。
「トーマスというキャラクターには、見当違いで世間知らずなヒーローという要素があって、それがとても気に入っています。彼には、妻のエレンを理解し、彼女が必要とするサポートを与える能力が欠けているんです。また、彼らにふさわしい生活を与えてくれるのが何なのかを考える感覚も未熟です。彼はこれまで闇を経験したことがない人なんだと思います。決して楽な人生を送ってきたわけではないですが、本当の闇というのは、自分自身や世界の中で探ってこなかった。だからある意味、これは青春物語でもあるんです」とホルトは語る。
また、非常に不気味で恐ろしい吸血鬼を『IT/イット』シリーズのペニーワイズ役で知られるスカルスガルドが演じているのも大きな見どころ。『シャドウ・オブ・ヴァンパイア』の吸血鬼役でアカデミー賞助演男優賞候補になったデフォーが、吸血鬼を退治する役で出ているのも興味深い。全編おどろおどろしい雰囲気で、映像美が圧倒的な今作は、可能な限り、大きなスクリーンで観る価値のある作品といえる。(Yuko Yoshikawa/吉川優子)