マシュー・バーニー、福山雅治、高橋一生…人物デザイン監修・柘植伊佐夫、幸運な出会いを振り返る

荒木飛呂彦の人気コミック「ジョジョの奇妙な冒険」のスピンオフ「岸辺露伴は動かない」を高橋一生主演で実写化するドラマ・映画シリーズに、足掛け5年にわたって人物デザイン監修として参加してきた柘植伊佐夫。シリーズの映画第2弾となる『岸辺露伴は動かない 懺悔室』が公開中だ。同作のキーワードとなる「幸運」にちなみ、柘植がこれまでの“幸運な出会い”を振り返った。
【動画】柘植伊佐夫、『岸辺露伴は動かない 懺悔室』衣装を語る
2023年5月に公開された映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』に続く本作は、漫画「岸辺露伴は動かない」の1話目「懺悔室」が原作。相手を本にして生い立ちや秘密を読み、指示を書き込むこともできる特殊能力“ヘブンズ・ドアー”を備えた人気漫画家・岸辺露伴(高橋) が、取材旅行に訪れたベネチアで遭遇する奇妙な事件の顛末が描かれる。物語は、露伴がベネチアの教会で仮面を被った男の恐ろしい懺悔を聞く場面から幕を開ける。その男は、過去に誤ってホームレスを殺してしまい、「幸せの絶頂の時絶望を味わう」呪いをかけられたのだという。それ以来、彼は恐ろしいまでの幸運に恵まれるが、決して絶頂を迎えないように幸福を少しずつ手放しながら生きるという宿命を背負うことになる。
「人物デザイン監修」として参加する柘植の仕事は、衣装のデザインのみならずヘアメイク、アクセサリーなど身に着けるものすべてをトータルでコーディネートすること。露伴を演じ る高橋とは、2020年のドラマ放送から始まった本シリーズのほか、単発ドラマ「雪国 -SNOW COUNTRY-」(2022・NHK)、単発ドラマ「ブラック・ジャック」(2024・テレビ朝日系)でも組んでおり、高橋からの信頼の厚さが窺えるが柘植自身はどう感じているのか。
「とてもありがたいですね。一生さんがどのように思われているかわかりませんけれど、僕はすごく創りやすいです。僕と一生さんは、いわば表裏一体。僕はキャラクターの外側を担当する立場で、一生さんは中側を受け持ち、作品を憑依させ、動的に表す立場。そうした関係においては、理屈抜きで何かが一致していないとうまくいかないと思います。その意味で、僕と一生さんの表したいことが、とても近いんじゃないかという風に感じます」
そうしたタレントとの付き合いの長さは、デザインに影響するのかと問うと柘植は「あくまで作品ありき」と答える。
「僕自身、どちらかというと水臭いタイプなので、なあなあになるようなことがあまりないんですね。おそらく一生さんもそういうタイプなんじゃないかなという気がします。僕らは作品に献身する立場にあって、自分自身がサクリファイス(犠牲)ともいえると思うんです。そのような作品への距離感 が、一生さんと僕はすごく似ているような気がして。もちろん、付き合いの長さから話しやすいし、とても響き合っています。初めて会う方よりもコミュニケーションをとりやすいということはあるかもしれませんが、一方ではクオリティーに付き合いの長さは関係ないとも思います。初めてお会いする方であっても作品に対する礼儀正しさがある方はリスペクトできますし、良い結果を残せるものですから」
『岸辺露伴は動かない 懺悔室』では劇中、露伴が男の懺悔を聞いたことから自身も幸運 に“襲われる”こととなるが、柘植にとって「幸運を感じたエピソードは?」と問うとこんな答えが返ってきた。
「“出会い”がその一つだと言えると思います。ただ、それは僕が招いたというよりは引き寄せられていった感覚です。この『岸辺露伴』シリーズでも、一生さんには(渡辺)一貴さんとの出会いがあって。僕と一貴さんは大河ドラマ『龍馬伝』(2010)、『平清盛』(2012)でご一緒して、一貴さんと出会ったのは『龍馬伝』のチーフ演出を務められた大友啓史監督とのご縁があり、その『龍馬伝』の前には福山雅治さんとの出会いがあり……。そんなことはそうそうないはずで、本当に幸運だったと思います。ご縁が、すべて人によってリレーされているんだと思うんですよね」
もとはヘアメイクアーティストから出発した柘植の経歴を遡ると、そうそうたる顔ぶれとのつながりがみられる。ヘア・スタイリストのヴィダル・サッスーン、現代美術家のマシュー・バーニー、 ミュージシャンのビョーク、映画監督のレオス・カラックス。国内でも映画監督の庵野秀明、滝田洋二郎、塚本晋也、三池崇史、武内英樹、デザイナー・プロデューサーの山本寛斎、写真家の篠山紀信……。それらもごく一部だ。
「人生観が一変するようなたくさんの出会いがありました。例えば、マシュー・バーニー。モノづくりにおいて、クリエイターであれば誰だって真面目にコツコツ積み重ねていくことが必要だと考えるでしょうし、実際にそうしていると思うんですけど、彼の場合はその究極という感じで。今では時間外労働などに対して問題視されると思いますが、芸術ってコンプライアンスに当てはめきれない領域ってあると思うんです。バーニーは、コンセプチュアル(概念的)なリーダーシップというものがすごく強くて。アメリカでのことでしたが、(2008年頃)当時はコンプライアンスの意識もまだ低かったせいもあるかもしれませんが、どれだけの労力がかかるとしてもみな彼についていったんですよね。精神の純度、実際の行動としての頑張り、そういうものが集まって初めて作品として昇華するんだと。そうした経験も僕の血肉になっています。 山本寛斎さん、篠山紀信さんもすごく好きでした。亡くなってからなおさらその巨大さを痛感して、薫陶を受けていたんだなと感じることがあります」
数々の幸運な出会いを経た柘植だが、「そこに打算があってはならない」という持論がある。
「幸運というものは、自分が作品に真摯に向き合っている中で出会う人が連れてきてくれるものだと思うし、思惑はない方がいいと思うんですよね。例えば、この人と付き合えば得になるみたいな打算が働くことって、なきにしもあらずじゃないですか。でもそんな思い通りになるのは稀というか、ほとんどないと思っていて。僕の場合、作品やプロジェクトに向き合う時にはいつも“今回はこの人とこういうことをやっていこう”“思ったような成果は出ないかもしれないけれど、一生懸命やっていれば、いつか必ず大きな形になって現れるはず”だと考えるようにしています。成果を求めるのではなく、その時々の縁を楽しむというスタンスですね」
そんな柘植の著書「美人」が発売されたばかり。柘植が「美しさ」の基準を追求した同書には映像・演劇人50名のインタビューも収録されており、彼が築き上げてきた人脈を一望できる。 (取材・文:編集部 石井百合子)


