森田望智、米と肉で7キロ増量 格闘家役で初のゾーン体験「命燃やす感覚」

Netflixシリーズ「全裸監督」(2019・2021)やNetflix映画『シティーハンター』(2024)など作品ごとに圧倒的な存在感で観る者を惹きつける俳優・森田望智。先ごろ2027年度前期連続テレビ小説「巡るスワン」のヒロインに抜擢されたことも話題の森田が、新作映画『ナイトフラワー』(公開中)で挑んだのは、心に傷を負った総合格闘家・芳井多摩恵だ。過酷な肉体改造を経て手に入れた、研ぎ澄まされた肉体と魂は、「演じる」という言葉を超えた説得力を放つ。内田英治監督と4度目のタッグを組み、俳優としての新たな扉を開いた森田の「覚悟」に迫る。
自身とかけ離れた役柄で肉体改造からスタート
映画『ナイトフラワー』は、『ミッドナイトスワン』(2020)で日本映画界に衝撃を与えた内田監督がオリジナル脚本を手掛けたサスペンス。二人の子供を抱えながら困窮した生活を送る主人公・永島夏希(北川景子)が、ドラッグの売人になることを決意するなか、森田演じる孤独な格闘家・多摩恵と出会い、苦しいなかにも希望を見出していくストーリーだ。
森田にとって内田監督とのタッグは「全裸監督」シリーズやドラマ「湘南純愛組!」(2020・Prime Video)などに続いて4度目。これまで多様な役柄に挑んできた森田にとっても、多摩恵は想像の埒外(らちがい)にあった。脚本を読んでも、自分がリングに立つ姿をどうしても思い描けなかったという。あまりに自分とかけ離れた役に、正直戸惑いがあった。
「普段は脚本を読むと“わたしが演じたらこうなるかな”と考えるのですが、今回は全くイメージが浮かびませんでした。それほど自分からは遠い役でした。でも、だからこそ内田監督がまだ見ぬわたしを期待してくれていると感じたんです。もし演じ切れたなら、知らない自分に出会える期待がありました。でもきっとすごく大変な道のりだろうな、というのが率直な思いでした」
内田監督からの具体的な指示はほとんどなかった。「そんなに頑張らなくてもいい」「出来具合に合わせて脚本は変える」。そんな言葉に戸惑いながらも、森田は孤独な闘いを始める。監督の言葉とは裏腹に、日に日にレベルアップする脚本が無言の檄となって彼女を追い込んだ。
「自分次第というのは難しかったです。やれる範囲で頑張るしかないのですが、リミッターを決めるのも自分なので。孤独な闘いでした。ひたすらステーキと米を食べました。寝る前が一番体重を増やすのに良いと聞き、深夜2時にステーキを焼いてご飯を食べ、朝起きてもまたご飯とステーキ……という生活を続けていました」
肉体という「外側」を徹底的に作り上げる日々。食事とトレーニングにより7キロ増量することとなったが、それは彼女が大切にしてきたアプローチとは真逆だった。だが、その先に、俳優としての新たな発見が待っていた。
「いつもは気持ちが先行し、後から見た目がついてくるタイプですが、今回は外側から作りました。格闘家である以上、説得力がなければダメですから。本物の格闘家の方と比べればたいしたことはありませんが、自分なりに最大限やれば、多摩恵という役を自分自身が信じやすくなります。外側から来る心の影響、心と体の繋がりをすごく感じました。見た目から心が作られることもあるというのは新たな発見でした」
「全裸監督」の時から芝居に嘘が見えた瞬間に強制終了
内田英治監督との関係は、「信頼」という言葉だけでは片付けられない緊張感をはらむ。オファーのきっかけは、監督からの「君って運動神経良い?」というLINEのみ。多くを語らず、ただ俳優の覚悟を静かに見つめる。
監督が求めるのは、俳優が「その役を生きる」こと。森田いわく、嘘や取り繕いは一瞬で見抜かれる。だから俳優は生半可な気持ちではカメラの前に立てない。全身全霊で役にならなければOKは出ないという。
「『全裸監督』で初めて監督の現場に入った時、嘘が見えた瞬間に撮影が止まるんです。本物を大切にされる方で、演技として“演じる”のではなく、その人物としてそこに存在できているかを見られているようでした。だからこそ、その役にならなければOKをもらえません」
その厳しさの根底にあるのは、俳優への深い信頼だ。当時、内田監督に言われた言葉が、今も森田の指針となっている。
「“君は上手じゃないから、気持ちでやれ”と。“今から技術を磨いてもベテランには敵わない。限られた時間では気持ちで勝つしかない”と言われました。だから深く考えず、その役として生きることだけを考えればいいと、最初に教えてくれたのが内田監督です。今回も難しかったですが、やはり覚悟が問われているのだと思いました」
戦いとは無縁だった自身を鼓舞した格闘家の言葉
もともと「戦いとは無縁」で、なぜ人が痛い思いをしてまで争うのか理解できなかったという森田。だが、多摩恵として生きる中で答えに近づいていく。きっかけは、ある伝説的な格闘家のドキュメンタリーだった。
「格闘家のコナー・マクレガーさんのドキュメンタリーで、“死ぬ覚悟で挑み、殺す気でいる”と語られていました。わたしも撮影佳境では、生死をかける覚悟で臨むと、勝ち負けより“生きている感覚”を求めているのでは、という気持ちになりました」
勝ちたい、負けたくない。そんな思いを超えた先にある、剥き出しの生命の感覚。死と隣り合わせのリングの上だからこそ感じられる、圧倒的な「生」の実感。その片鱗に、森田は確かに触れた。
「普段“生きている”と実感することは少ないですが、試合の撮影中に限界まで追い込まれたとき、あとワンカット、死ぬ覚悟でワンパンチだ”と思うと、本当に命を燃やしている感覚がありました。“このために皆やっているんだ”と強く感じました。自分のすべてを懸けて挑むことで、 “死にたくない、生きたい”と感じるからこそ、生きる喜びが感じられる。わたしはその一瞬、その片鱗に触れられたのだと思います」
それは、普段の芝居で感じる「役を生きる」感覚ともまた違う、特別な体験だったという。思考や感情、役の背景といったすべてが削ぎ落とされ、最後に残るもの。
「“今、わたしには魂しかない”という感覚は、普段のお芝居ではあまりありません。お芝居は景色や気持ちなど全てを含んで生きる感じですが、それが削ぎ落とされゾーンのような境地になったのは初めてかもしれません。不思議な体験でした」
やり遂げたかと問うと、「まだまだです。もっとできたはず」とストイックに自身を見つめる森田。だがその言葉とは裏腹に、彼女がスクリーンに刻んだ魂の燃焼は、観る者の心を激しく揺さぶるだろう。(取材・文:磯部正和)


