「ばけばけ」なぜヘブンはスランプに陥ったのか…制作陣が熊本編で描きたかったこと

高石あかり(高=はしごだか)主演の連続テレビ小説「ばけばけ」(NHK総合・月~土、午前8時~ほか ※土曜は1週間の振り返り)第20週・第100回が、20日に放送された。今週から、舞台が松江から熊本へと移り、ヒロイン・トキ(高石)と夫・ヘブン(トミー・バストウ)を取り巻く環境が大きく変化した。制作統括の橋爪國臣が、第20週で描かれたヘブンのスランプなどを踏まえ、熊本編で描きかったテーマについて語った。
連続テレビ小説の第113作「ばけばけ」は、松江の没落士族の娘・小泉セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)をモデルに、西洋化で急速に時代が移り変わっていく明治日本の中で埋もれていった人々をフィクションとして描く。「怪談」を愛し、外国人の夫と共に、何気ない日常の日々を歩んでいく夫婦の物語。
「ばけばけ」で熊本を描くことについて、橋爪は「熊本は当時、西南戦争で焼け野原になっていました。熊本城も焼け、焼け野原となった街には新しい建物が建っていた。熊本のシンボルがなかった時代でもあり、熊本をわかりやすく表現するのが我々も難しかった」と感想を述べる。
当時の熊本は、“軍都”と言われていたという。「熊本城の敷地も軍の敷地になっていた。街のシーンでは、軍人役のエキストラを増やしたりしています。ちなみに、ハーンが当時勤めていた学校は、今も建物が残っていて、熊本大学の一部になっています。今回、熊本大学の学生たちの協力も仰いで、外観を撮影させてもらったりしました」
新居のセットには、庭のシャチホコなど、松江から持ち込んだものもさりげなく置かれている。橋爪は「本来はそんなものは持っていきませんが、江藤知事にもらったという設定だったのでそうしたんです。シャチホコ以外にも、松江のものがたくさん飾ってあります。都会っぽくするためにガラスを使ったりもしました。松江の家は障子ばかりでしたが、熊本からガラスが目立つようになっています。松江編との違いを色々探してもらうと楽しいと思います」とアピールした。
橋爪は、熊本編は「ばけばけ」の“エアポケット週”であるとも指摘。「大きな出来事が起こらない週でもあります。高石さんは以前、『ばけばけ』のスキップの週などを指して、途中から何も起こらなくなるとおっしゃっていたことがありますが、この週もそうです。根底には、ヘブンのスランプがあるようにも思います」とヘブンのスランプの描写についても意図を紹介する。
「第20週は、トキが何をするかにスポットを当てました。史実には、ハーンが熊本に何もないことに絶望していたという話が残っています。ハーンは日本らしいものがなくなってしまった熊本に絶望したことで、日本人の内面を描くようになっていく。人と人との間で起こるさまざまなことに気づく週にもなっているんです。松江時代には夢がある。その夢から覚めた感覚が熊本編です。なんでも素晴らしく思えた松江から、現実に突き落とされる。ヘブンが自分のことに気づく週でもあります」
ヘブンの突然のスランプについて、橋爪は「劇的なスランプではなく、冴えないスランプというかたちで描いています。真綿で首を絞められていく感じ。文章は、迷い始めるとドツボにはまっていく。そういうクリエイティブの苦しさがあり、それが彼にも訪れています。彼自身が生まれ持ったコンプレックスが力になって書けていた事が、松江で幸せになり、状況が変わって『あれっ?』となる。錦織がいなくなったことも大きいです。」と語る。
また橋爪曰く、ヘブンのスランプは「この先も描いていきます」とのこと。「熊本編は、やることがない退屈さを出したいと思いました。人間は、満たされて全てがうまくいき始めると逆に『あれっ』と思う事がある。それがうまく描けたらいいなと思いました。満たされているからこその退屈さみたいなものを、人間の性として描けたらいいなと。その展開は、我々から提案したのではなく、ふじき(みつ彦/脚本)さんが書いてきてくれました。ふじきさんが書いたものを、岡部(たかし/松野司之介役)さんと夙川(アトム/荒金九州男役)さんが演じています。夙川さんは、ふじきさんの演劇仲間の一人でもあった人で、彼の出演シーンはすごく面白いシーンになっていたと思います」(取材・文:名鹿祥史)


