細田佳央太&菅田将暉、役者同士で特訓 ボクシング指導・松浦慎一郎が見た思いがけない瞬間

綾瀬はるか主演の映画『人はなぜラブレターを書くのか』(公開中)で、2000年3月に起きた地下鉄脱線事故で17歳の若さで亡くなった富久信介さんを演じた細田佳央太。そのボクシング指導に当たったのは、ボクシングトレーナー・俳優の松浦慎一郎。2024年にボクシング映画への貢献が評価され第45回ヨコハマ映画祭の審査員特別賞を受賞した功績もある松浦が、思いがけない瞬間が生まれたという撮影の裏側を語った。
本作は、2000年3月8日に発生した営団地下鉄(現:東京メトロ)日比谷線脱線衝突事故で亡くなった富久信介さんに、20年以上の時を経て届いたラブレターを巡る実話に基づく物語。監督は『舟を編む』や『月』などの石井裕也。石井監督と2019年公開の映画『町田くんの世界』以来、約6年ぶり・2度目のタッグとなる細田佳央太が富久信介さんを演じている。
劇中の信介は、進学校に通いながらボクシングに夢中な、不器用ながらも正義感の強い高校生。主人公ナズナ(現代:綾瀬はるか/学生時代:當真あみ)の初恋の相手でもある。信介は毎朝同じ電車に乗るナズナに思いを寄せる一方で、同じボクシングジムに通い後に元WBC世界スーパーフライ級チャンピオンとなる川嶋勝重(菅田将暉)と絆を育んでいく。細田自身、初のボクサー役でボクシング経験もなかったことから松浦はボクシングの楽しさや苦しさを教えることからスタートした。
「菅田君は二度目のボクサー役で基礎がありましたが、細田君は0から。石井監督から相当プレッシャーかけられていたと思います。ボクシングの技術云々じゃなくて、ボクシングに対する気持ちがのっていないと意味がない、と。信介は“東大に行くのは簡単。ボクシングの方が難しい”という人。そうしたキャラクターであることを表現するためには普通にトレーニングをしてもダメだなと思ったので、まずは“ボクシングって怖く見えるかもしれないけど楽しいものなんだ”“殴り合いじゃないんだよ”ということを伝えました」
細田が実在の人物を演じるとあって、松浦は富久さんの通っていたボクシングジムの大橋会長に取材を行った。
「大橋会長がおっしゃるには“あまりうまくはないけど気持ちでガンガンいくタイプでパンチ力はあった”と。だから気負うことなく、“気持ちでやる”という風に作っていきました」
松浦が細田を特訓中に「印象的だったこと」として挙げたのは、細田がトイレに吐きに行ったときのこと。
「僕が追い込みすぎてしまって。細田君がトイレに行った後に助監督が“大丈夫ですかね?”と聞きに来たので、僕は“菅田君は『あゝ、荒野』の時に「大丈夫です、続けます」と言いましたが「今日は帰ります」とおっしゃる方もいるので分かれます”という話をして。細田君はどうなのかと心配していたら、出てくるなり“いや~、やっと始まったって感じです”とキラキラした笑顔で話していて。“菅田さんや妻夫木(聡)さんから初めは体力が追い付かなくて吐いたりすると聞いていたので、これかぁと思って嬉しくなりました”と。予想外すぎる反応で驚きました」
「ボクサーを演じる俳優は皆そういった状態になるのか?」と問うと、松浦は「映画は短期間で仕上げなければならないので、どうしても俳優の負担は大きくなる」という。
「ボクシングは楽しいけれどそこに至るまでは厳しい道のりがあるので、それをわかってもらうためには追い込みが必要になります。今回、細田君は4か月を費やし、菅田君は8か月で世界チャンピオンの体を作りました。肉体改造をしながらボクシングの練習を重ねる。それを他の仕事をしながらこなさなければならないので、体に負荷がかかってしまう。しかも試合シーンの撮影はずっと裸で動きっぱなしで体力勝負になるので、それに耐えられるようになるためにもある程度練習で追い込まないといけない。一度そういった状態を経験することで“こういう状態になったら危ないんだ”と自分の中でライン引きができる、ということもあります」
そうして細田がボクシング練習を重ねていくなかで、松浦にとって嬉しい展開となった。
「普段は僕が俳優さんのミットを持って練習しているんですけど、ある時菅田君が“細田君、ミットやろうか?”と自らミットを持ち始めて。こんなふうに演者同士で動き出すのって理想形なんです。ジムの端からその様子を眺めながら“うわあ、いい環境ができたな”“絶対いいシーンになる”と感慨深かったですね。なぜかそこに妻夫木(聡)さん(主人公ナズナの夫役で出演)もいらっしゃって(笑)。妻夫木さんは劇中、信介と絡む役柄ではないにもかかわらず、日頃ボクシングをされているからかじっとしていられなかったようで、“細田君、もっと腰を入れた方がいいよ”とアドバイスしていて。兄貴肌で素晴らしいですよね」
細田と菅田は役柄の関係と地続きになっていき、「“次、菅田さんは何時から練習ですか”“細田君は何時から?”みたいなやりとりもあって、時間を合わせて練習しにきたりして、とても素敵な関係でしたね」としみじみ振り返る松浦。本作に至るまで『百円の恋』『アンダードッグ』『BLUE/ブルー』『ケイコ 目を澄ませて』『春に散る』など数々の作品でボクシング指導にあたっているが、そこには自身のボクサーとしての挫折が生きていると話す。
「ボクシングを始めたのは大学からでしたが全然レギュラーになれなくて、監督からはセンスがないとも言われていました。4年間で1回もコーチからも監督からもミットをもってもらえなかったほどで。だから今の僕がある、というのはあるかもしれないですね。僕にはボクシングの才能がなかったけれど、いろいろな役者さんを見るたびにいいところが見えるというか。この人にはこんな武器があるんだ、といったことを思いながら教えています」
完成した作品を観て「細田君が出てくるたびに胸が苦しかった」という松浦。「プロボクサーをやりながら、ビジネスもやって、どっちも一番になる」と闘志を燃やす信介の姿は生命力にあふれ、その眼差しが輝けば輝くほど、やがて訪れる悲劇は涙なしに見られない。(編集部・石井百合子)


