家康はなぜ毒を持っていた? 「豊臣兄弟!」饗応の場&本能寺の変、オリジナル展開の裏側を脚本家が明かす

第27回より毒を隠し持っていた家康(松下洸平)
第27回より毒を隠し持っていた家康(松下洸平) - (C)NHK

 史実に残る歴史的事件を、いかに現代の視聴者を惹きつけるエンターテインメントへと昇華させるか。大河ドラマ「豊臣兄弟!」(NHK総合・毎週日曜午後8:00ほかで放送中)でこうしたテーマに挑む脚本家の八津弘幸。そんななか、本作で大きな話題を呼んだ7月12日放送・第27回「本能寺の変」で描かれた「饗応(きょうおう)の場」。そこには、八津ならではの緻密なキャラクター構築と伏線が息づいている。家康が懐にしのばせていた毒、そして織田信長が最期に見せた人間味。さらに、物語を彩る脇役たちの切実な背景まで、ストーリーテリングの裏側を読み解く。

【画像】信長がブチ切れ!地獄の饗応の場

「家康の接待」に潜む毒と、悲しき復讐者・信澄の真実

 戦国時代を舞台に、後に天下一の補佐役と称された豊臣秀長(小一郎/仲野太賀)を主人公に描く大河ドラマ「豊臣兄弟!」。乱世のなか、天下人となる兄・秀吉(池松壮亮)と秀長の兄弟が、持ち前の知恵と愛嬌で成り上がっていく。二人の前に立ちはだかるのが、松下洸平演じる徳川家康だ。史実と大胆な新解釈を交えながら、彼らが織りなす熱き人間ドラマから目が離せない。

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 本作で描かれている家康は、藤吉郎(のちの秀吉)へのアドバイスで「熱意が人を動かし、勝敗を決する」と心にも思っていないことを伝えたり、そのアドバイスのお陰で織田家の重臣になれたことを、熱を持って感謝する藤吉郎に「あれ、誰……?」とつぶやいたりと、かなりアクの強い人物。一方で、織田・徳川連合軍と、朝倉・浅井連合軍が激突した「姉川の戦い」で、信長の命に不満たらたらの家康はわざと遅れて戦場に赴くが、それを信長に見透かされ、驚くほど狼狽する小心な部分を見せるなど、非常に多面的に描かれている。

毒を隠し持っていた家康に仰天する石川数正(迫田孝也)

 そんななか、迎えた第27回「本能寺の変」。「麒麟がくる」(2020)、「どうする家康」(2023)など、数々の大河ドラマでも印象的なエピソードである「饗応の場」のシーン。本作では、信長の膳に毒が盛られており、信長が激怒して犯人を捜すなか、接待役を務めた明智光秀(要潤)が、激しく叱責される。騒動後、家臣の石川数正(迫田孝也)から、家康が正妻の築山殿と嫡男の松平信康が謀反の疑いをかけられ命を絶たれたことがあったため「てっきり殿の仕業かと」と告げられると、家康は懐から毒を取り出す。数正とや本多忠勝(夏生大湖)が驚くなか、家康は「わしは何もしとらん。もとより使うつもりもなかった。ただその気になれば、いつでも殺れると思いたかったのじゃ。そうでなければ自分を抑えられぬ気がしてな」と発言するシーンは放送後、大きな話題となった。

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 八津は「家康のキャラクターはこれまで面白く書けているなという思いはあります」と満足そうな表情を浮かべると「あのシーンは、そんな家康ならではの人物像の辻褄をしっかり合わせることに苦労しました。素直に物事を受け止める人ではないので、使うつもりはなくても自分を抑えるために毒を持っていたとすれば深みが出るかなと」

「本能寺の変」のカギを握る人物として描かれた織田信澄(緒形敦)

 この騒動の黒幕は、(織田信長の弟・信勝(中沢元紀)の息子である)織田信澄(緒形敦)という解釈を施し、この歴史的局面を全く新しいサスペンスへと生まれ変わらせた。そこには、複雑な人間心理を巧みに描く緻密な計算がある。「母親から血を吐くような思いで復讐を命じられ続けてきた信澄。他の人と触れ合ってもその思いは消せないのではないか。不幸の連鎖で出来上がってしまった信澄を通して、現代社会でも生い立ちや洗脳で事件を起こしてしまう人たちの被害者的な側面を見せていきたいという思いがありました」

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小栗旬と作り上げた「本能寺の変」と、信長の最期

本能寺で追い詰められた信長(小栗旬)

 絶対的なカリスマであるはずの信長(小栗旬)が、信澄の裏切りを受け「わしは、どこかで道を間違えたのやもしれぬ」とつぶやく。最期に見せたのは意外にも後悔や弱音といった感情だった。小栗が全身全霊で体現したその姿は、英雄の孤独な内面を浮き彫りにする。本能寺が炎に包まれる直前、信長を精神的に救済したのは、事変の前に「手前にはよう分かるのです。到底かなわぬ兄を持った弟の気持ちが。信勝様は、上様を恨んではおりませぬ」という小一郎の言葉であり、それが信勝の幻影を呼び起こした。

 「これまで多くの物語で登場してきた信長。今回はどんな信長にしようかと、かなりいろいろなことを考えたのですが、小栗さんが信長をやると決まった時点で、ストレートに描こうと思いました。自然に掘り下げた結果があの人間味です。本能寺の直前で小一郎に兄弟のわだかまりを語らせたからこそ、本能寺で信勝の幻影が自分を助けてくれたように見えた。そこで放つ『是非もなし』は、光秀(要潤)ではなく信長自身に向けた言葉として、人生に悔いはなかったことを表したかったんです」

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 こうした人物像は、小栗からの提案も大きく起因しているという。八津は「小栗さんからも“疲れ果てた信長をやりたい”“死なばもろとも、一緒に背負って死ぬから思い切りやろう”と言っていただき、僕も自分の思う『本能寺を描こう』とすべてを出し切って書きました」

光秀の切実な動機と、脇役たちが放つ圧倒的な輝き

謀反を決意する光秀(要潤)

 謀反を起こす光秀が、実は本能寺にいなかったという近年の有力な説。この史実を前に、いかにして光秀を立たせ有名なセリフを言わせるのか。そこにも見事な作劇の妙が光る。「光秀が本能寺にいない中で、どう気持ちを昂らせて『敵は本能寺にあり』と言わせるか悩みました。偽物だと分かっていても足利義昭(尾上右近)からの書状を信じたかった光秀の思いを込め、『これは上意である』と付け足したんです」

 「本能寺の変」により、信長や光秀をはじめ、これまでキラリと光るキャラクターたちが退場する。八津は「周りのキャラクターが濃いですが、小一郎がいるから秀吉が自由に動け、彼らの影響を受けるからこそ周囲も輝くのだと思います。漫画の人気投票でも主人公より脇役が上位になる作品は名作が多いですよね。いろんな積み重ねで脇役が魅力的になるのは悪いことではない。でも最後は必ず、この二人の物語に帰結していくと確信しています」と後半戦への展望を述べていた。(取材・文:磯部正和)

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