シネマトゥデイ

映画に見る報道~する側される側それぞれの立場とは~

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 昨年、そして今年に入ってからも多くの政治家や芸能人など有名人がメディアを賑わした。不倫騒動やら暴言事件、総選挙での新党騒ぎがあったが、さて、いまになってどれだけの有名人や団体、政党の名を覚えているだろう。どんな事件も出来事も、メディアは一つの枠内で、同じ色合いで報じる。視聴者や読者はインパクトの大きい事柄に強く反応するが、次なるスキャンダルが現れると、もう前のことは忘れ去ってしまうのである。事件はただ消費されるだけなのだ。そうはいっても、メディアに取り上げられた人物や組織のほうは、その「こと」を簡単に忘れ去るわけにはいかない。ときに癒されることのない傷を負い、その後も生きていかねばならないこともある。(山村基毅)

偶像破壊は快感か

醜聞〈スキャンダル〉
黒澤明監督『醜聞〈スキャンダル〉』<あの頃映画 松竹DVDコレクション>醜聞(スキャンダル)価格:2,800円(税別)発売・販売元:松竹 (C) 1950 松竹株式会社

 古くは、1950年の映画『醜聞〈スキャンダル〉』(黒澤明監督)にも、そうした報道する側、される側の確執が描かれている。当時、大きな影響力を持っていた「メディア」は雑誌であり、現代の写真週刊誌を彷彿させる存在である。あと、作品中にはニュース映画も出てくるが、インパクトの大きさでは雑誌に負けていたようだ。

 伊豆の山中で写生していた画家、青江(三船敏郎)は、通りかかった人気声楽家西條(山口淑子)を宿泊先の旅館までオートバイに乗せていくことになる。旅館の一室で、楽しげに話している二人を、偶然に居合わせた雑誌「アムール」のカメラマンが撮影して、熱愛記事として掲載。一大センセーショナルが巻き起こる。青江は「アムール」に抗議に行くものの相手にされないため、ついには裁判に訴えることになる。このとき、弁護を引き受けようと売り込みにきたのが蛭田(志村喬)という弁護士である。しかし、この弁護士、正義のためだけに動いているわけではなさそうだった……。

 青江の台詞に、「(人々は)幸福な人を不幸にするのは面白いらしい」というものがある。スキャンダルというのは、人や組織を上から下へ落とす、いわば偶像破壊である。私たちは、ついついそのことに快感を抱き、「自分はマシである」と安心したいのだろう。そのことは否定できないが、ただ、そこに砂を噛むような味気なさがあるのも確かなのである。

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報道される側は忘れない

日本の黒い夏 冤罪
熊井啓監督『日本の黒い夏 冤罪』DVD発売中 4,700円(税別)発売・販売:日活 (C) 2000 日活株式会社

 松本サリン事件をモデルにした『日本の黒い夏 冤罪』(熊井啓監督・中井貴一主演 日活・2001年)には、より深刻な報道被害が見られる。事件の第一通報者、河野義行氏(映画では「神部俊夫」になっている)は自身もサリンの被害に遭い、妻は寝たきりになっているにもかかわらず、連日の厳しい取り調べを強いられる。同時に、新聞やテレビなどのメディアは警察発表に「忠実に」従い、ほぼ河野氏を「容疑者」と断定、そのような報道が連日行われていったのである。

 映画は、この事件を検証するために取材して歩いた高校生たちを軸に、マスコミ報道の実態を描いていく(松本市の高校生が、そうした内容のドキュメンタリーを制作したのも実話である)。高校放送部の取材申し込みに対して、唯一、地元のローカルテレビ局のみが取材に応じてくれた。応対してくれたのは、報道部長の笹野(中井貴一)、記者の浅川(北村有起哉)、花沢(細川直美)らである。

 彼らの口から、事件発生からどのような報道がなされ、そして神部(寺尾聰)が容疑者となっていったかが語られる。「青酸カリによる毒ガスの可能性」がクローズアップされたあたりで、事故から事件へと扱いが変わっていき、神部宅に青酸カリがあったことから、警察は一気に「神部犯人説」へと傾いていくのだった。新聞も放送も警察発表をそのまま報道していく。神部宅には脅迫電話がひっきりなしにかかってくる。唯一、笹野だけは「青酸カリ」に疑いを抱き、神部を容疑者とはしなかった。そのことが後々、神部とのつながりになっていく。

 やがて「サリン」が原因と判明するのだが、ここでも誤った報道により神部への疑惑はさらに深まっていくのだった……。警察が冤罪を作り出す構図というのは、これまでさまざまな形で指摘がなされている。取り調べの最中「いまは認めておいて、裁判で否定すればいい」と言われ認めてしまった例が数多く報告されている(取り調べで「認めた」という事実を覆すのは容易ではないのだ)。

 こうした警察の取り調べはもちろん問題だが、その警察発表をそのまま垂れ流すマスコミにも問題がある。というより、神部の弁護士が「冤罪のイメージを作ったのはマスコミである」という意見は傾聴に値するだろう。

悪意にさらされることの痛み

バッシング
小林政広監督『バッシング』発売:モンキータウンプロダクション 販売:GPミュージアムソフト (C) 2005 Monkey Town Productions

 かつて、私は太平洋戦争時に徴兵を忌避した人たちの話を聞いて歩いたことがある。あの時代、逮捕、拘留された牧師さんはこんなことを語ってくれた。「憲兵より隣近所のほうが怖かった」と。実際に恐怖を覚えたのは、権力という漠然としたものではなく、身の回りの特定の個人の抱く「悪意」だったというのだ。

 そうした世間の悪意に飲み込まれていく様は、『バッシング』(小林政広監督 2005年)で克明に描かれる。これはイラクで起きた日本人人質事件を題材にしている。人質は解放されて帰国するのだが、日本では「自己責任」の名の下で激しいバッシングを受けることになる。雑誌やテレビでも「危ない国に勝手に出かけていったのだから(自分で始末をしろ)」と主張する人たちが少なくはなかった。この映画の主人公、高井有子(占部房子)はそんな人質となり解放された一人だった。帰国後、アルバイトで生計を立てているが、その仕事も事件のことを理由に馘首されてしまう。

バッシング
小林政広監督『バッシング』発売:モンキータウンプロダクション 販売:GPミュージアムソフト (C) 2005 Monkey Town Productions

 本人への誹謗中傷の電話、また、工場勤務の父親も退職勧告を受けることに。多くはテレビ報道を見ての反応だが、時代的には、そろそろインターネット上にも書き込みもなされている。有子はかつてのボーイフレンドからも非難され、いつも行くコンビニエンスストアでは買い物を拒まれるようになり、さらには飲酒に逃げた父親は飛び降り自殺をしてしまう。八方塞がりの中、それでも有子は自分なりの生き方を貫こうとするところで映画は終わる。

誰も守ってくれない
君塚良一監督『誰も守ってくれない』発売元:フジテレビジョン販売元:ポニーキャニオン 価格:DVD3,800円(本体)+(税別)(C) 2009 フジテレビジョン/日本映画衛星放送/東宝

 世間の冷たい視線は、加害者や当事者にだけに注がれるわけではない。『誰も守ってくれない』(君塚良一監督 2009年)では、加害者の家族への過熱する報道ぶりが扱われる。幼女刺殺事件の犯人として18歳の少年が逮捕される。その妹(志田未来)を取材陣から離し、保護することを命じられた刑事の勝浦(佐藤浩市)。ホテル、勝浦の自宅と移動していくが、その都度、報道陣やインターネット上での書き込みが追いかけてくる。そして、容疑者宅に残っていた母親は自殺してしまう。勝浦は、容疑者の妹を西伊豆でペンションを経営する本庄(柳葉敏郎)のもとに避難させることに。実は、本庄はかつて自身の子どもを殺害された被害者家族でもあった……。

 この作品では、雑誌、テレビといったメディアが、さらにインターネットへと拡大している。そのとき「報道する側」は、メディアを所有する新聞社やテレビ局だけでなく、一般の人々、つまりは私たち自身となっている。撒き散らされた情報は修復することが困難であると同時に、『日本の黒い夏』で高校生が行なったような「後追い」による検証もできないのである。

報道する者の矜持を描く

誘拐報道
伊藤俊也監督『誘拐報道』(C) 日本テレビ・東映

 もちろん、報道による被害ばかりでなく、報道の役割や意味も必要である。そのあたりを描いた映画として『誘拐報道』(伊藤俊也監督 1982年)、『クライマーズ・ハイ』(原田眞人監督 2008年)などがある。いずれも実話がモデルとなっている。『誘拐報道』は1980年に兵庫県宝塚市で起きた男子小学生誘拐事件をモデルとして、その犯人側と新聞社(読売新聞大阪本社社会部)の取材ぶりを対比して描いていく。

誘拐報道
伊藤俊也監督『誘拐報道』(C) 日本テレビ・東映

 報道規制の中で、特ダネを狙うためにどこにでも潜り込み、捜査状況を把握しようとする新聞。最後の段階ではフライングしてしまうのだが、原作が読売新聞社会部のドキュメントだけに、そのことは問われない。また、ラストで夜逃げする容疑者の妻子を、若い新聞記者が追いかけて取材しようとする場面などに、どうしても報道のもつある種の傲慢さが見え隠れしてしまうのだ。

クライマーズ・ハイ
原田眞人監督『クライマーズ・ハイ』Blu-ray 4,743円(税抜) DVD 1,219円(税抜)発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(C) 2008「クライマーズ・ハイ」フィルム・パートナーズ

 『クライマーズ・ハイ』で描かれるのは1985年の日航機事故である。この大惨事に対して、群馬県の地元紙が、全国紙に抗してどのように取材を行なったか。少ない人員でスクープを獲得しようと奮闘する記者たち、新聞社内における編集と販売との確執などが扱われる。ただ、ここではほとんど被害者家族などに触れられることはない。

クライマーズ・ハイ
原田眞人監督『クライマーズ・ハイ』Blu-ray 4,743円(税抜)/DVD 1,219円(税抜)発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(C) 2008「クライマーズ・ハイ」フィルム・パートナーズ

 報道する側の不毛な思い、そして、やるせなさを描いた作品としては『コミック雑誌なんかいらない!』(滝田洋二郎監督 1986年)が秀逸である。ワイドショーのレポーター、キナメリ(内田裕也)が、ひたすら同時代に起きた事件(たいていは芸能ニュース)に突撃取材を試みる。ロス疑惑の三浦和義本人が登場するし、山口組と一和会の抗争現場、大物芸能人の結婚式などにもマイク片手に突入していく。ドラマの作りは荒っぽいが、レポーターにとってスクープを得たいという思いは、決して正義感から湧いてくるわけではないということが、よく分かる。

コミック雑誌なんかいらない!
滝田洋二郎監督『コミック雑誌なんかいらない!』DVD発売中 2,267円(税別)発売:日活 販売:ハピネット (C) 1986 コミック雑誌なんかいらない製作委員会

 最後に豊田商事の会長刺殺事件の現場で、キナメリは殺害現場であるマンションの一室に突入するのだが、それまではレポートする「目」としての存在だった自分が「当事者」に転換してしまう。逆にマイクを向けられたキナメリは、言葉を発することができない。

 「何を報道するのか」にばかり気をとられていて、「どうして報道するのか」を考えられなくなっていったのかもしれない。

 明日には忘れ去られてしまう事柄を、敢えて伝えるには、きっと自身を納得させる「理由」が必要になってくるのである。

山村基毅(やまむらもとき):プロフィール 1960年、北海道出身。ルポライター。インタビューを基軸としたルポルタージュを発表。著書に『ルポ介護独身』(新潮新書)、『戦争拒否』(晶文社)、『民謡酒場という青春』(ヤマハミュージックメディア)とさまざまなテーマにチャレンジしている。映画が好きで、かつて月刊誌にて映画評を連載したことも。

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