シネマトゥデイ

アメリカ人の夢をデザインするラルフ・ローレン

映画に見る憧れのブランド

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ラルフ・ローレン
Giuseppe Cacace / Getty Images / ゲッティ イメージズ

 王道のプレッピースタイルからストリート系を好む人達まで、誰もが一度は袖を通したことがあるラルフ・ローレン。そのまま着ても、カジュアルダウンしても、どことなく品格が漂う服は、実は、ファッションも縫製も学んだことがなかった、労働者階級の若者が立ち上げたブランドだとご存知だったでしょうか?

 創業以来40年以上経った今も大企業に飲み込まれず、アメリカン・トラッドのアイコンとして君臨し続けるラルフ・ローレン。アメリカンドリームを自ら体現した彼の人生を、映画と共にたどってみましょう。

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ブロンクス出身のロシア移民2世

 今年79歳を迎えるラルフ・ローレンはニューヨークのブロンクスに生まれました。ラルフが育った地区には、移民1世目や2世目のユダヤ人、イタリア人、アイルランド人が住み、いつか子供たちを弁護士か医者にすることを夢見て懸命に働く家族が住んでいました。ラルフも、そんな労働者階級のロシア移民2世のユダヤ人

 ユダヤ人学校に通いながらバスケの選手になることを夢見てはいましたが、現実的な目標は億万長者になること。バスケは上手でしたが、背の低いラルフはプロにはなれそうにもありませんでした。ただし、彼が突出していたのが、その服装。ティーンになった頃には、同世代の友達が『理由なき反抗』(1955)に登場するジェームズ・ディーンのような格好をしている中、ラルフだけが白シャツにブレザーというプレッピースタイルを貫いていたのだとか。

理由なき反抗
映画『理由なき反抗』のポスターより。みんな憧れのジェームズ・ディーンに! - Warner Brothers / Getty Images / ゲッティ イメージズ

 アイビー・リーグの学生のような服を着ながらも、名門私大に通えるほど裕福ではなく、奨学金をもらえるほど優秀でもなかったラルフは、地元のニューヨーク市立大学へ通います。ほどなく、大学で勉強するよりも働いたほうがビジネスを学べると思い立ち、紳士服のブルックス・ブラザーズの販売員として働くことに。顧客は、ラルフが憧れたニューヨークの上流階級や上層中流階級の人々。ここで、ラルフは彼らのファッションやライフスタイルを学びました。

 『君の名前で僕を呼んで』(2017)に登場するアメリカ人家族が、まさにブルックス・ブラザーズで買い物をするような上層中流階級の人々。夏のバカンスを北イタリアで過ごす大学教授の下に大学院生のオリヴァー(アーミー・ハマー)がインターンとして訪れます。教授の17歳の息子エリオ(ティモシー・シャラメ)と24歳のオリヴァーのひと夏の恋。作中、オリヴァーはラルフ・ローレンのシャツを着ていますが、単なるシャツとショートパンツというシンプルなコーデなのに、不思議と上品に見えるのは、ラルフ・ローレンがこだわる高品質の素材とイギリス流の縫製がその理由でしょう。

君の名前で僕を呼んで
映画『君の名前で僕を呼んで』より - (C) Frenesy, La Cinefacture
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ポロに秘められたビジョン

 ブルックス・ブラザーズを辞め、徴兵を終えたラルフは、手袋、香水、ネクタイの営業マンになります。1940年代の英国紳士のような服装にアメリカ流の味付けをしたラルフの着こなしは評判になり、ファッションの業界紙にインタビューされるほど。ちょうど、時は1960年代前半。当時はモッズルックが大流行中で、ロンドン・ソーホー地区にあるカーナビー・ストリートに集まるモッズと呼ばれる若者の、細身のネクタイやテーラードスーツ、ミリタリーパーカ(モッズコート)が大流行していました。

 1967年、28歳のラルフは、細身でデザイン性のないネクタイに革命を起こそうと、ネクタイブランドのポロを打ち出しました。

 ヨーロッパと違い、移民で成り立つ国のアメリカ人は上昇志向。アメリカンドリームを夢見る人々に、“ポロ”という英国貴族のスポーツの名前をつけることによって、ポロを身につければ上流階級に見えるというイメージを一般人に与えようとしたのです。その結果、幅が広く、カラフルで斬新なデザインのラルフのネクタイは高額でしたが、大人気に。

華麗なるギャツビー
映画『華麗なるギャツビー』より - Paramount Pictures / Photofest / ゲッティ イメージズ

  ロバート・レッドフォード主演の『華麗なるギャツビー』(1974)は、まさにそんな上昇志向の若者ギャツビーを描いています。ロバートが着こなすラルフのピンクの麻のスーツや白のスーツは、“東海岸の上流階級のファッション”というラルフ・ローレンの普遍的な世界観を表現しています。

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デザインや縫製の教育を受けていなかったラルフ・ローレン

 同年、ラルフはメンズウェアを発表。最高級生地から作ったスーツ、ジャケットやスラックスは、『華麗なるギャツビー』の原作者であるF・スコット・フィッツジェラルドが着るような1920年代の服装に、アイビー・リーグのテイストを加えたもの。ヒッピームーブメントの中、ジョン・レノンがヨーコと歌っていた時代に、アメリカン・トラッドを打ち出したのです。

 実はラルフにはスーツ作りの知識がありませんでした。最初は仕立て職人と口論が絶えなかったそうですが、やがてラルフのコンセプトを製品化できる技術者を見つけて、会社は成長していきました。20年後のブランドのビジョンまで考えていたラルフは、1970年、ファッション界のアカデミー賞とも言われるコティ賞を受賞し、トップデザイナーとして世界に認められました

働く女性から支持を集めたテイラードスーツ

 1971年、ラルフの会社は動く見込みのない生地の在庫を抱えていました。そんなとき、あるデパートの重役の女性がレディースのシャツを作るように提案します。ラルフは、袖とカフスに白地を使ったフォールデッド・シャツ・カットを発売。贅沢な布地を使い、身体にフィットしたセクシーなこのシャツは大成功。レディースブランドのものよりもずっと高品質だったそうです。このときにブランドのアイコンとなったPOLOのポニーロゴを考案し、カフスに登場させました。

 その後、メンズ同様にきっちりと仕立てながらもパワーを誇示せず、フェミニンなウィメンズコレクションをラルフは発表します。紳士服を婦人服に応用したマニッシュでフェミニンなテイラードスーツは働く女性に支持されました。

アニー・ホール
映画『アニー・ホール』より - Bettmann / ゲッティ イメージズ

 ウディ・アレンの名作『アニー・ホール』(1977)で、アレン演じるアルビーと恋に落ちるアニー役のダイアン・キートンも、メンズライクな新しいフェミニンさを提案。好きな服を着てよいとアレン監督に言われたことから、衣装の半分は自分の持ち服で、全て自分でコーデしたそう。

 “アニー・ホール・ルック”と呼ばれ世界中で流行った彼女の格好は、紳士物のオーバーサイズのジャケットとワークパンツ、ネクタイ、ベスト、帽子を白シャツに合わせたスタイル。ダイアンが着たハイウエストのワークパンツ、ネクタイ、襟のついたシャツ、ジャケットはラルフ・ローレンのものでした。

 ちなみに、ラルフはアレン監督とも仲がよく、監督は自作『マンハッタン』(1979)で自分が着るスーツをラルフ本人のクローゼットから引っ張り出してきたそう。2人の服のサイズは同じなのだとか。

マンハッタン
これもラルフの!? 映画『マンハッタン』より - United Artists / Photofest / ゲッティ イメージズ
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オードリー・ヘプバーンと故ダイアナ妃への想い

 ウィメンズウェアやポロシャツの成功の後、ウェスタンファッションを打ち出したセカンドライン、チャップスも大ヒットさせたラルフ。

 1986年にはアメリカ人デザイナーとして初めてパリにブティックをオープン。アイビー・リーグ、大西部のカウボーイなど、アメリカの古きよきファッションをベーシックに、その後も派生ラインやブランドを次々と打ち出し、ファッション帝国を築き上げました。(キャリー・ブラックマン著『メンズウェア100年史』)

 そんなアメリカン・トラッドの担い手になったラルフには、憧れの女性が2人いました。それは、オードリー・ヘプバーンと故ダイアナ妃。ラルフは婦人服をデザインするときは、オードリーを頭に描いているというぐらいの大ファンでした。2人は1980年代後半に出会い、オードリーがラルフの別荘に滞在するほどの親しい仲になっていましたが、オードリーがラルフのファッションショーに現れたり、ラルフのイヴニングドレスをまとったりすることはありませんでした。なぜなら、オードリーは『麗しのサブリナ』(1954)の衣装を担当したジヴァンシィと絆が深く、彼に遠慮していたからだそう。

ラルフ&オードリー
CFDAファッションアワードにて。ラルフとオードリー - Ron Galella / WireImage / ゲッティ イメージズ

 1992年、ついにラルフの恋心が叶います。アメリカファッションデザイナー協議会(CFDA)が主催するCFDAファッションアワードに、オードリーがプレゼンターとしてラルフに功労賞を表彰したのです。壇上でラルフはオードリーを自分の隣にグッと引き寄せ、観客にいる幼馴染のスティーブのほうを見てこう言ったそう。「スティーブ、30年前、ブロンクスの映画館に一緒に通ったことを覚えているかい? あのときのプリンセスを覚えているだろう? 彼女を手に入れたんだ!」。(Michael Gross著『Genuine Authentic』)

 もう1人の憧れの女性は故ダイアナ妃でした。1995年、CFDAセレモニーの前にハーパーズ バザー誌のオーナーであるハースト氏のランチ会でダイアナ妃に出会ったラルフ。欠席する予定だったCFDAセレモニーにダイアナ妃と同じテーブルならという条件つきで、出席します。ところが、ダイアナ妃の両隣はカルバン・クラインとハースト氏。がっかりしたラルフは、翌月の慈善事業のイベントでダイアナ妃に出会ったときに、ダイアナ妃が自分のドレスを着ていないことを愚痴ってしまい、彼女をイラ立たせたのだとか。ディナーでは、ダイアナ妃にダンスを申し込みましたが、なんと断られてしまったそうです。ダイアナ妃はハーパーズ バザー誌のエディターに「彼は私の胸のあたりまでしか背がないから」とその理由を明かしました。(Michael Gross著『Genuine Authentic』)

ラルフ&ダイアナ
恋心が実らなかったダイアナ妃と…… - Julian Parker / UK Press via Getty Images

 イヴニングドレスやスーツからポロシャツやソックスまで、ラルフ・ローレンには幅広い価格帯の製品がそろっています。高価なスーツは買えなくても、POLOのロゴがついたポロシャツをまとえば上流階級の一員になった気にさせてくれるのが、ラルフ・ローレンの魔力。ラルフの店舗が、古きよきライフスタイルを連想させる紳士クラブや、西部劇に出てくるバンガローそのものに作られているのは、ラルフ・ローレンがデザインするのが服というよりは、アメリカ人の”夢“だから

 「私が手がけているのは、ライフスタイルそのもの。私が生み出しているのは単に洋服ではなく、それを着る人々をどのように変身させるかということです」byラルフ・ローレン(ラルフ・ローレン公式サイト)。

【参考】
RALPH LAUREN公式サイト
OUTAKE
COMPLEX
集英社『ラルフ・ローレン物語』ジェフリー・A・トラクテンバーグ著 片岡みい子訳
東京堂出版『アメリカ服飾社会史』濱田雅子著
P ヴァインブックス『メンズウェア100年史』キャリー・ブラックマン著 桜井真砂美訳
Harper Collins 『Genuine Authentic The Real Life of Ralph Lauren』Michael Gross著

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此花さくやプロフィール

此花

 「映画で美活する」映画美容ライター/MAMEW骨筋メイク(R)公認アドバイザー。洋画好きが高じて高3のときに渡米。1999年NYファッション工科大学(F.I.T)でファッションと関連業界の国際貿易とマーケティング学科を卒業。卒業後はシャネルや資生堂アメリカなどでメイク製品のマーケティングに携わる。2007年の出産を機にビジネス翻訳家・美容ライターとして活動開始。執筆実績に扶桑社「女子SPA!」「メディアジーン」「cafeglobe」、小学館「美レンジャー」、コンデナスト・ジャパン「VOGUE GIRL」など。海外セレブのファッション・メイク分析が生きがいで、映画のファッションやメイクHow Toを発信中!

 
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