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ハマる!「時効警察」監督に聞く、日常の中にある不思議の世界

今週のクローズアップ

 大ヒットドラマ「時効警察」(2006・2007・2019)では時効になった事件を趣味で解決する男、『亀は意外と速く泳ぐ』(2005)ではスパイ修行を開始する地味な主婦、『図鑑に載ってない虫』(2007)では死後の世界を体験しようとするフリーライター、『インスタント沼』(2009)では実の父かもしれない男に会いに行き骨董に目覚める編集者……。数々のドラマや映画で一貫してシュールな世界を描いてきた三木聡監督。新作映画『コンビニエンス・ストーリー』(8月5日公開)は、異世界につながるコンビニが舞台。監督へのインタビューを通し、一度味わったらやみつきになる不思議な世界観を紐解く。(編集部・石井百合子)

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死後の世界

死者の魂が集う温泉街を訪れる脚本家の加藤(成田凌)と妖しい人妻・惠子(前田敦子)

 『コンビニエンス・ストーリー』には死者の魂が集う温泉街が登場するなど「死後の世界」が重要なモチーフになっているが、三木監督の過去作にも多く登場。主人公の脚本家・加藤(成田凌)と交流のある映画会社の名前が桃源郷(俗界から離れた世界)からとった「桃源会社」だったり、映画アシスタントプロデューサー(藤間爽子)の名前が黄泉比平坂(現世と死後の世界の境目)からとった平坂だったりする。『図鑑に載ってない虫』では伊勢谷友介演じるフリーライターが、とある雑誌編集長(水野美紀)からの依頼で死後の世界を体験するために謎の“死にモドキ”を探す旅へ。ドラマ「熱海の捜査官」(2010)では、四人の女子生徒を乗せたバスが消えた事件を巡り、あの世とこの世の境界線を示す“ライン”というワードが度々登場する。

三木監督が解説:日本民話やギリシャ神話などから発想

 「関心があったのは、死後の世界そのもの、オカルト的なことではなく、柳田國男などのいわゆる日本の民話、ギリシャ神話とかの死後の世界と現世が地続きになっているみたいな発想。大学は民俗学・考古学専攻だったんですけど、卒論も民話研究、昔話における笑いの構造みたいなものだった(笑)。デヴィッド・リンチ、鈴木清順さんとか自分の好きな監督が作品のモチーフにしていた影響もあって、『図鑑に載ってない虫』とか何作か作りました。プラス、『コンビニエンス・ストーリー』ではフィルムノワール的な側面も意識しています。ファムファタール(前田敦子演じる惠子)とか援助者が異世界に出てきて、主人公がそこでどうなるのかというフィルムノワールの基本文法みたいなことも映画の中では好きな分野ではあったので。古くは『サンセット大通り』(ビリー・ワイルダー監督・1950)や『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(ルキノ・ヴィスコンティ監督・1942)もそうだし、デヴィッド・リンチだと『マルホランド・ドライブ』(2001)、コーエン兄弟だと『バートン・フィンク』(1991)。僕が今やったらどうなるだろうという興味がありました」

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日常の中にある異世界への入口

主人公・加藤(成田凌)がコンビニのリーチインで目が合う怪しげな店員(影山徹)

 三木監督作品では異世界に続く扉が、日常のふとした瞬間に覗くような展開もユニーク。『亀は意外と速く泳ぐ』では主婦のスズメ(上野樹里)が石階段で転んだ拍子にスパイ募集のマイクロポスターを目にし、『インスタント沼』では編集者の沈丁花ハナメ(麻生久美子)が池に沈んでいた古いポストから母の手紙を発見する。『コンビニエンス・ストーリー』では、脚本家の加藤(成田凌)が山奥のコンビニを訪れたことから奇妙な体験をすることになる。

三木監督が解説:コンビニのリーチインを境界線にしたのは実体験から

 「海外の映画祭で僕の作品を上映すると大抵、『君の映画はなんですぐ冷蔵庫が出てくるの?』と聞かれたりする。確かに冷蔵庫とバスはよく使っているんだけど、異世界に紛れ込んでいくというのは物語の構造として興味があるんだと思う。いわゆる仮の家に行って帰ってきたときに成長しているという民話の構造がありますよね。『スター・ウォーズ』もそうだし、『千と千尋の神隠し』(2001)も。僕の『インスタント沼』は、主人公がまだ見ぬ父親に会いに行って戻ってきたときにある種の成長、発見をしているという話。物語といえばそういうことなんじゃないかと思っている節がある。『コンビニエンス・ストーリー』でコンビニのリーチインを“境界線”にしたのは実体験から。初めの方に出てくるコンビニの店員(影山徹)がリーチインで主人公に『こっちにはこっちの世界があるんですよ』ってつぶやくシーンがあるけど、あれって日常的に皆さんが体験していることだと思うんですよね。ドリンクをとろうと思ったら向こう側に商品を補充する人がいて、『あーびっくりした』みたいな。ほかにも、近所の肉屋さんでお釣りをもらうときに『●円でした』と言われて戸惑ったことがあって。普通は『●円です』だと思うんだけど、『でした』と言われると『えっ、なんか時空がずれているのかな』って(笑)。ふとしたところに隙があって、そこから別の世界が広がる感覚というのが好きなんですよね」

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非現実感のあるロケーション

加藤がさまよいこむ山奥は、静岡県・朝霧高原で撮影

 『コンビニエンス・ストーリー』の山奥のコンビニは、静岡県富士宮市にある朝霧高原で撮影された。空き物件だったモトクロス場の受付を改築して異世界感のあるコンビニに改造し、霧に包まれたすすき野が幻想的な雰囲気を醸し出している。なお、ドラマ「熱海の捜査官」では三木監督が2000年代に熱海の街で「取り残されているような不可解な感覚」を覚えたことが企画の始まりとなった。

三木監督が解説:異世界を描くにあたって代えられないものがあった

 「この映画はロケーションありきと言っても過言ではないです。都心から離れているし、モトクロス場を改造する手間、スケジュール的な問題もあってかなり無理をして撮ったんだけど、今回の話の世界観を作っていくうえであの場所は代えられないものがあった。それに朝霧高原というだけあって霧がすごいんです。スモークをたこうとしたらハリウッド級のスモークをたかないとムリ。あの場所が見つかったときにここで異世界の話が作れると思ったし、全体の画、雰囲気、音楽とかが一つの方向に整列し始めた感覚があります。内観に関しては、美術の林チナさんといわゆる普通の日本のコンビニじゃない感じでいこうと話をしました。音楽や効果音含めノスタルジックな方向にふっています。壁紙も1970年代の柄を想定して貼ってもらったり。ウィリアム・エグルストンとかニュー・カラーの写真に出てくるような、アメリカ中西部のモハーヴェ砂漠とかに立っているような雑貨店のイメージに近いかな。作曲家の肖像がかけられているのは六角精児さん演じる南雲(コンビニの店主)のキャラクター設定をふまえたものです。『熱海の捜査官』も場所ありきでした。今はだいぶ変わっているけど、当時はまだ外国の観光客も来る前のドン底の時代で。観光地として栄えていた昭和から時が止まっている感じがして。ヤシの木に緑色の装飾ライトがついていて、それが昭和っぽくて。それでこの街を中心に『ツイン・ピークス』(1990~1991)的な不思議な探偵もの、刑事ものみたいなものを作ったら面白いんじゃないかというのがスタートでした」

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不条理な世界

加藤が訪れる山奥のコンビニは、現代とはガラリと異なる雰囲気

 「ソーセージはくもりの日に食べた方がおいしい」「嘘をつくと体温が上がってメガネが曇る」……。謎解きの中で唐突にそんなもっともらしいセリフやギャグが差し込まれるドラマ「時効警察」をはじめ、「不条理」のワードは三木監督の全作を貫くものだが、『コンビニエンス・ストーリー』で多くが感じるであろうことが「一体どこから現実でどこから非現実なのか?」という疑問。視聴者をけむに巻く衝撃的なラストが反響を呼んだ「熱海の捜査官」と同様、ネット上で考察が展開されること必至だ。

三木監督が解説:ギャグがホラーになることもあれば逆もありうる

 「意味が消失していく感じというのをやってみたかったというのがあって。以前、シティボーイズ(1979年に結成された大竹まこと、きたろう、斉木しげるによるコントユニット)のコント演出をやらせてもらっていたときに、大きいだるまを切ると中ぐらいのだるまが出てきて、それを切るともっと小さいだるまが出てきて……というのが続いて最後に梅干しの種が出てくるというネタをやったことがあった。さらに小さなだるまが出てくると思ったのに、梅干しの種が出てくることで意味が瓦解するじゃないですか。常々、そういう意味の連環を絶つ作業をやっていて、『コンビニエンス・ストーリー』でも現実と異世界との整合性みたいなものをあえて崩しているところはある。考察的なことも含めて、そういうことを楽しめるのか、あるいはつじつまが合わないと抵抗を感じるのかというのはお客さんにゆだねるしかないんですけど、僕としてはその迷走する感じも含めて、加藤を通して見る“何がどうなっているのかわからない”世界を疑似体験できる感じになればと。『熱海の捜査官』の時もそうだったんだけど、人って意味がないものを提示されたときに自分なりの意味を見いだそうとするもの。意味がないものって不安になるし、怖いですからね。それが、ホラーとコメディーにおいてベーシックな部分で共通するところで、ギャグがホラーになることもあれば逆もありうる。ルイス・キャロルなんかもそういう世界を描いていますよね。ナンセンスみたいなことをどう解釈するかということだと思うんだけど、僕は仮想した結論みたいなことを断ち切っていくような脚本の作り方をしている。あえてここは物語を分断しておこうとか、変なモノを入れ込むことで意味がわからなくなるようにしようと。偶然ではなく、意図的に確信をもってやっています」

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他作品にリンクするキャラ&アイテム

加藤と、恋人ジグザグ(片山友希)の愛犬ケルベロス

 別々の作品に同じキャラクターやアイテムが登場するのも三木作品の楽しみの一つ。「時効警察」の警察官・三日月しずか(麻生久美子)が『転々』(2007)へ。『図鑑に載ってない虫』(2007)のエンドー(松尾スズキ)が「帰ってきた時効警察」(2007)へ。『図鑑に載ってない虫』のチュッパチャップスさん(新屋英子演じる電動キャンディーをなめる老女)が「熱海の捜査官」(2010)へ。『図鑑に載ってない虫』に登場した“イエス・ノーランプ”(思っていることの正誤を判断してくれる不思議な装置)が「熱海の捜査官」へ。『コンビニエンス・ストーリー』で主人公の恋人が飼っている犬のケルベロス(※ギリシャ神話に登場する冥府の入口の番犬)という名は、『亀は意外と速く泳ぐ』の公園のおばあさん(のコードネーム)にも使われていたりする。

三木監督が解説:電動キャンディーをなめる女性は、かなり昔から登場している

 「ケルベロスに関しては、犬とおばあさんのどちらも“地獄の入口”にいるからですね。押井守さんの作品にも『ケルベロス 地獄の番犬』(1991)というのがありますよね。手塚治虫さんの作品(ハム・エッグ、アセチレン・ランプ、ヒゲオヤジなど)にもよく見られますが、作品同士のリンクみたいなことは割とよくやっているかも。あと、今回も電動キャンディーをなめる女性が出てくるけど、キャラクター自体は、実はかなり昔から登場していて。『留萌交番日記』(1995・北海道テレビ放送)というローカルドラマで脚本を書いたときに、電動キャンディーをもったおばあちゃんを登場させたんです。確か電動キャンディーがそのころ流行っていたと思うんだけど、初めは失礼な感じ、異様な雰囲気を示すのが目的でした。それが『熱海の捜査官』では、おばあちゃんがなめていた飴がマーブルだったことから、星崎広域捜査官(オダギリジョー)が事件の要因が“混じり合わないこと”だと気づく、という風にした。意味を持たせることで単なるギャグではなく、ホラー、不条理へと移行させた、ということだったと思います。“イエス・ノーランプ”に関しては、昔テレビ番組でダウジングで水道管を探すというのを見て興味が残っていて、いわゆるコックリさん的な装置として作りました(ダウジングは『熱海の捜査官』で星崎広域捜査官が犯人のアジトで使用し、地下室への入口を探り当てていた)」

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スタジオと女優

加藤の恋人ジグザグは女優の設定

 『コンビニエンス・ストーリー』は映画評論家マーク・シリングのプロットがもとになっているが、三木監督が脚本を執筆する段階で大幅に変更されており、その一つが主人公の脚本家・加藤の恋人である女優のジグザグ(片山友希)を登場させていること。かなりエキセントリックなキャラクターで、キーパーソンでもある。女優と言えば2020年にAmazon Prime Videoで配信されたオムニバス「緊急事態宣言」では、夏帆演じる主人公も女優。謎のボトルメールを受け取りオーディションに臨んだ彼女の奇妙な体験が描かれた。「帰ってきた時効警察」5話では鶴田真由演じる「平成のホラークイーン」の異名をとる女優が登場した。

三木監督が解説:『サンセット大通り』『マルホランド・ドライブ』などの名作から影響

 「ジグザグの指が一本ないのは、江戸時代の吉原(遊郭)の風習がヒントですね。昔の江戸では、あなたしか愛さないという証として指を切る習慣があったんですよね。しかもいろんな男の人に渡すんです。でも自分の指を全部切るわけにはいかないから、模造品を作る業者がいたらしい。そういう、ある種エキセントリックな愛の表現みたいなことをジグザグにもたせようと。自分の体を欠損させているキャラクターが映画の最初に出てきたら面白いなあと。あと、彼女は薬物を使用していることから、この話が彼女の幻覚なのかもしれないと示唆する。あるいは、加藤、惠子(前田敦子演じる山のコンビニの人妻)が見た幻覚なのかもしれない。そんな中で現実とつなぎとめる存在として、ジグザグというキャラクターが必要だった。加藤とジグザグが同棲する部屋は、本来一番現実的にすべきところを、あえて昔の16mmのレンズとかで撮影していて異様な感じにすることで、“あれ、こっちが現実じゃないの?”と迷うように撮っています。女優と言えば、『緊急事態宣言』の短編の夏帆さんは全く違うキャラクターだけど、スタジオに行く女優というのは『サンセット大通り』『マルホランド・ドライブ』『8 1/2』(1963・フェデリコ・フェリーニ監督)……その辺りがごった煮みたいに入ってきているんだと思う。ちなみに、ウエディングドレス姿のジグザグが大量のいくらを食べる最中に背後から撃たれるという劇中劇では、いくらの代わりにタピオカを使いました(笑)」

三木聡監督

 『コンビニエンス・ストーリー』で主人公・加藤が体験した異世界の正体は何だったのか……? 「人生の重要なきっかけはとっさにやってくる」「映画の脚本って自分の理想を書くの? 現実を書くの?」「いまわたしたちが見ているのは8分前の太陽なんだって」など意味深なセリフも多く登場するが、何気ない言葉やシーンにもこの世界を“解く”カギが隠されているかもしれない。

(C) 2022「コンビニエンス・ストーリー」製作委員会

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