【徹底解説】『オデュッセイア』驚異の舞台裏&トリビア 究極の神話世界&クリーチャーが誕生するまで

映画『オッペンハイマー』でアカデミー賞を席巻したクリストファー・ノーラン監督の最新作『オデュッセイア』。歴史や神話をベースにした本作は、チャレンジングな題材に挑んできたノーランらしい壮大なモニュメントとして完成し、世界各国で大ヒットを記録している。ここでは、ノーランら製作陣によってこだわりぬかれた舞台裏や、作品をより深く理解できるトリビアを紹介する。(文:神武団四郎)
ホメロスの叙事詩をチョイスした理由
『オッペンハイマー』に続く本作は、古代ギリシャの詩人ホメロスの叙事詩(※神話や英雄を題材にした物語)を映画化した壮大な物語。トロイア戦争に勝利した英雄オデュッセウスが故郷に帰り着くまでの、10年にわたる苦難の旅が描かれる。原作のチョイスについてノーランは、『インセプション』や『インターステラー』など繰り返し描いてきた帰還(ノストス)の物語であること。物語の構成が、デビュー作『フォロウィング』以来こだわり続けた時間軸を行き来する非線であること。そして子供の頃に夢中になった冒険ファンタジー映画の巨匠、レイ・ハリーハウゼン(『アルゴ探検隊の大冒険』『タイタンの戦い』など)への憧れをおもな理由にあげている。
またノーランは2000年代初頭にトロイア戦争を描いたブラッド・ピット主演作『トロイ』(2004)を監督する予定だったが、スタジオ側の都合で降板した過去がある。その借りを返す、という意味もあっただろう。後ろ足で立ち上がった木馬のデザインなど、当時考案したアイデアは今作に盛り込まれている。
ちなみに『オデュッセイア』のおもな映像作品にはカーク・ダグラス主演の『ユリシーズ』(1954)やフランシス・F ・コッポラ製作総指揮のテレビミニシリーズ「オデュッセイア/魔の海の大航海」(1997)などがあり、ハリー・ハウゼンも1990年代半ばにテレビシリーズとして企画を温めていた。ノーランにとって本作は、必然というべき企画なのだ。
ノーラン作品を彩る常連メンバーの存在
豪華キャストの共演でも注目されるノーラン作品。今作にも主演クラスのキャストがアンサンブルを奏でているが、もうひとつ特長的なのが常連組の存在だ。
『バットマン ビギンズ』から『TENET テネット』まで8作品に出演したマイケル・ケインをはじめ、『オッペンハイマー』でオスカーを手にしたキリアン・マーフィーの6回、クリスチャン・ベールやトム・ハーディの3回など常連俳優が少なくない。今作でもメインを張るのはノーラン組のメンバーだ。
主人公オデュッセウスを演じるのはマット・デイモン。氷の惑星で生き延びていた科学者を演じた『インターステラー』、マンハッタン計画の責任者グローヴス将軍役の『オッペンハイマー』に続く3度目の出演で、キリアンと同じく脇役から主演へと出世していった。オデュッセウスの妻ペネロペを演じるのはアン・ハサウェイ。『ダークナイト ライジング』のキャットウーマン、『インターステラー』の科学者に続きこれが3度目となる。今作では夫の帰還を信じる王女を気品あふれる物腰で演じているが、前回はデイモン演じる科学者と敵対する役柄だった。
『オデュッセイア』の隠れた功労者
近年は個性派俳優として活躍しているロバート・パティンソンは、王座を手に入れるためペネロペに再婚を迫るアンティノオス役。『TENET テネット』に続く2度目のノーラン作品だが、主人公のために命を捨てるエージェントを演じた前作から一転、王子の暗殺を企てる策士を憎々しげに演じている。
ギリシャ軍の総大将アガメムノン王を演じたのは、映画監督サフディ兄弟のベニー・サフディだ。個性派俳優でもある彼は『オッペンハイマー』にはマンハッタン計画の科学者エドワード・テラー役で出演。2度目となる今作では、オデュッセウスが敬意を表する威厳ある王を堂々と演じている。オデュッセウスの部下エウリュロコス役はヒメーシュ・パテル。『TENET テネット』では主人公たちに協力する工作員を演じていたが、今作でもオデュッセウスを支える片腕役で存在感を見せている。
エリオット・ペイジは、トロイア戦争で最初の犠牲になるオデュッセウスの部下シノン役。夢の設計士を演じた『インセプション』に続く出演だが、前作はエレン・ペイジと名乗っていたので、エリオット名義では最初のノーラン作品となる。
最後に紹介したいのは怪物キュクロプス役のビル・アーウィンだ。パペットによるキュクロプスの声を演じたほか、バストショットや一部全身ショットはアーウィン自身が演じ、キュクロプスのデザインのベースにもなっている。パントマイム出身のアーウィンは『インターステラー』ではロボットTARSのパペティア(操作)と声を担当と、いわばノーラン作品の非人間キャラ担当。ギレルモ・デル・トロ作品におけるダグ・ジョーンズ同様、隠れた功労者なのである。
アナログとデジタルによって映像化されたクリーチャーたち
可能な限り実写主義を貫いてきたノーランが、神話世界のクリーチャーをどう料理するのか注目された本作。クリーチャーたちは、ノーランらしいアプローチで映像化されている。
最初に登場するのが一つ目の人喰い巨人キュクロプス(サイクロプス)。棲み処の洞窟に立ち入ったオデュッセウスらを閉じ込めて、腹が減ると兵士をつかまえむさぼり食う。10メートルを超える巨人は、パペットで撮影された。関節が稼働する実物大のパペットをロケ地の洞窟に運び入れ、マリオネットのように上からロープで吊り操ったのだ。時にはノーラン自身がロープを握っていたという。
むき出しの関節や皮膚の質感は、CGで修正された。人間をつかむ手は機械仕掛けのアニマトロニクス、顔の表情などアップや洞窟の外で歩き回る姿は特殊メイクをしたビル・アーウィンで撮影した。すべてアーウィンを合成すれば簡単だが、動きに制限のあるパペットを投入した理由は空気感。薄暗い洞窟の中、同じ松明に照らされたオデュッセウスらと10メートル超のキュクロプスのせめぎあいは、怖いくらいの臨場感が味わえる。
海の怪物カリュブディスは、生き物ではなく渦潮の化身。海に出現した巨大な渦巻きが、アリジゴクのように近づく船を飲み込んでいく。当初は水面に巨大な渦を作る方法が模索されたが、ノーランが求めるサイズ感が出せないため視覚効果に変更。海面に円を描くように3隻のボートを走らせて、できた渦の映像をもとにCGが作製された。
カリュブディスの域近くの岩場にはスキュラも生息している。こちらは鋭い歯を持つヘビに似た6本の首のクリーチャーで、長い首を伸ばして船上の人々に食らいつく。スキュラはCGだが、撮影用にフルスケールの頭部を制作。兵士をくわえて宙に持ち上げる様を撮影し、CGの頭部が合成された。巨人に渦潮、ウミヘビとスタイルに合わせ手法を使い分ける、ノーランらしいプロセスで描かれている。
クラシカルな撮影手法のこだわり
実写第一主義を掲げているノーランは、ポストプロダクションに頼らない、ある意味効率的な手法を好んで使う。その代表格が、近くのものは大きく遠くのものは小さく見える原理を利用した遠近法だ。崩壊するトロイアの街のオープンセットには6メートルと設定された塔があるが、実際の高さは2メートルほど。カメラが近づかない遠くの建物は、すべて小さな縮尺でスケール感を出している。
オデュッセウスらの船は実際に航行できる35メートルものバイキング船が使われたが、部下たちの船は2/3スケールの縮尺の小型船が使われた。小型船しか用意できなかったのが理由だが、並走しても遠くにあるように見えるため、逆にスケール感ある画に仕上がった。
本作にはキュプロクスのほか、3メートルほどの巨人族ライストリュゴン人も登場する。こちらは鎧に身を包んだ人間で、身長195センチ以上のスタントマンとオデュッセウスらのスタンドインとして150センチ未満の俳優で撮影。カットによってはマット・デイモンたち俳優を遠近法で小さく見せて撮影された。ほかにも砂浜で暴れるキュクロプスのシーンで、遠近法を使ったように見えるカットもあった。レンズの特性を生かした遠近法は映画の黎明期から使われてきたテクニックだが、そんな手法を積極的に使うところに映画マニアであるノーランらしさが垣間見える。
より防音性を高めたIMAXカメラ
『ダークナイト』以降ノーラン作品の“スペクタクル担当”として、スケール感ある見せ場を提供してきたIMAX。本作でノーランは、はじめて全編IMAX撮影を慣行した。IMAXのおもなアスペクト比には、フィルム時代から続く正方形に近い1.43:1のフルサイズとワイド寄りのデジタル規格1.90:1があるが、フィルム撮影にこだわるノーランはフルサイズ一択。しかしIMAXフィルムカメラは駆動音が大きいため、セリフの同録が困難という欠点がある。会話劇が多い『オッペンハイマー』では専用のブリンプ(防音ケース)を導入したが、俳優を近くから撮影するカットのセリフは別録りせざるをえなかった。
その後もノーランとIMAXは新たなブリンプ作成に取り組み続け、本作ではより防音性を高めることに成功した。密閉による放熱性を含め実際に撮影しながら実用性を確認したノーランは、製作途中で全編IMAXで撮ることを決定した。
そんな本作の撮影監督はホイテ・ヴァン・ホイテマ。『インターステラー』以降ノーランと組んできた相棒で、巨大なIMAXカメラを軽々と持った写真を見たことのある人もいるだろう。すっかりIMAX撮影のエキスパートになったホイテマは、野外でのロケ主体の今作でより過酷な撮影に挑戦。キュクロプスから逃げるシーンではカメラを担いで林を走り、荒れ狂う嵐のシーンでは船体にカメラと体を固定して横殴りの雨に打たれながら撮影を行った。そうしてラージフォーマットのフィルムに刻まれた映像は、かつてない映像体験を実現。『オデュッセイア』はIMAXの威力が満喫できる作品として完成した。
映画『オデュッセイア』は全国公開中
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