文字を持たない民族、文字では触れえない世界の深度

田村隆一は言った。「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」と。その詩『帰途』の中で。さまよえる魂、ポーランドの現代史に翻弄されたヒロインの気持ちもおそらくそうだったのではないか。つまり猛烈な反語。言葉を憎み、しかしどこまでもそれを愛している。
純粋無垢な才能に打たれて、彼女の言葉をポーランド語に翻訳した詩人フィツォフスキは、詩をつぎのように定義する。「詩とは、昨日感じたことを明日思い出させてくれるもの」。だがジプシーであるパプーシャの姿勢はこうだ。「詩を書いたことなど一度もない」。なぜか? 両者のあいだの、埋めがたい距離、それを明らかにするのがこの映画の存在意義(のひとつ)なのであった。