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連載第5回 『理由なき反抗』(1955年)【名画プレイバック】

連載第5回 『理由なき反抗』(1955年)
『理由なき反抗』(1955)公開当時のポスター - Warner Bros./ Photofest / ゲッティ イメージズ

 昭和の中高生の多くが最初に憧れた海外スターはこの人だったのではないだろうか。まぶしそうな上目遣いと陰のあるたたずまい、ドラマチックな表現力で一世を風靡し、わずか3本の主演作を遺して24歳でこの世を去ったジェームズ・ディーン。ちょうど60年前に作られた主演第2作『理由なき反抗』(1955)には、おなじみの白のTシャツにブルーのデニム、赤のジャンパー姿の彼が登場する。大人でも子供でもない思春期独特の焦燥感や理解のない大人への反発、愛の渇望をテーマに、怒れる若者を鮮やかなカラーで描く青春映画だ。(冨永由紀)

 とにかくディーンの放つエネルギーが凄まじい。男に慕われ、女に愛され、黙っていても相手は引き寄せられるのに、さらに自ら距離を詰めてくるような迫力がある。路上に寝転がってゼンマイ仕掛けの猿の玩具と戯れる冒頭から、俯瞰ショットで終わるラストまで、ただでさえ威力のあるスター・オーラが全編を通して最高潮を保ち続けている。

 主人公は50年代ロサンゼルスの中流家庭の高校生たち。家族と引っ越してきたばかりの17歳のジム(ジェームズ・ディーン)は、路上で泥酔して警察署に連行され、そこで夜間外出で保護された同じ歳頃の少女・ジュディ(ナタリー・ウッド)、子犬を銃で撃った少年・プラトー(サル・ミネオ)と知り合う。午前3時に始まり、翌日同時刻に終わる24時間の物語だ。

 ジュディがつるんでいる不良グループのリーダーに挑発され、校外学習で出かけたプラネタリウム館でのナイフ沙汰、夜の断崖でのチキン・ゲーム、とジムは無鉄砲な暴走を繰り広げる。その合間に挟み込まれるのが、3人それぞれの家族との関係だ。

 優柔不断な父と勝ち気で人前でも平気で夫を怒鳴りつける母にいら立ち、父の不甲斐なさに荒れ狂うジム。ジュディは、自分が成長するにつれて以前のように愛情を示さなくなった父に不満を募らせていた。といっても、きれいな家に両親と暮らし、関心を持ってもらえるその状態の何が不満なのか? と思ってしまう。現代人にとって説得力があるのは、生まれて間もなく父親が出奔し、母親もほとんど家に寄りつかず、メイドと暮らすプラトーだけだろう。両親不在の寂しさを募らせ、あっという間にジムやジュディに依存していく姿は痛々しくもリアル。演じた当時15歳のミネオは、本作でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされた。

 ギリシャの哲学者・プラトンから名をとったプラトー(Plato)には同性愛者という裏設定があった。初期の脚本には彼がジムにキスしようとする場面があったが、当時の風潮がそれを許さずカットされた。だが、監督のニコラス・レイはもちろん、ディーンとミネオもこの裏設定を心得ていた。ディーンはミネオに「俺がナタリーを見るような視線で、俺を見ろ」と演技指導したという逸話もある。

理由なき反抗
『理由なき反抗』より-写真:AFLO

 ディーンは撮影時23歳。10代だった共演者たちは彼を慕い、不良グループの一員を演じた18歳のデニス・ホッパーもその一人だった。ホッパーはディーンから「見せびらかそうとするな、ただやってみろ」とアドバイスを受けたという。ディーンはニューヨークのアクターズ・スタジオでメソッド演技を学び、『理由なき反抗』でも台本上にない即興の演技も数多く披露した。その一つが先述のオープニング・シーンだ。動かなくなった玩具に毛布代わりの新聞紙をかける仕草や酔っぱらってとろんとした目つきで、ジムの優しさや苦悩を表現している。ちなみにディーンより少し先に脚光を浴びたマーロン・ブランドもアクターズ・スタジオ出身であり、当時の彼らはアメリカ映画に新風を巻き起こしていた。格闘シーンでは本物のナイフを振りかざす。机をたたく場面では拳を痛めるまでたたき続ける。ふりではなく、演じるために本物の感覚を追求するアプローチは既存の演技に慣れていた俳優たちにとって新鮮だっただろう。映画の終盤、空き家に逃げ込んだジムたち3人が束の間じゃれ合うシーンの心から楽しげな様子は演技に見えない自然さで、はしゃぐほどに彼らに共通する寂しさが透けてみえる秀逸な一場面だ。

 ニコラス・レイの演出も素晴らしい。余計な説明は省いて強烈なイメージ(たとえば猿の玩具やジムの父親のエプロン姿など)だけで本質を伝える。フランク・ロイド・ライトのもとで建築を学んだレイの映像には独特の美がある。ジムが自宅で父親に詰め寄るシーンでは、激情ほとばしる熱演を階段の高低差を活用した映像で切り取り、緊迫感を生み出している。感情ではなく行動を描く作劇と、内面の表現にこだわるメソッド演技。異なるスタイルの拮抗が奇跡の化学反応を起こした。ジムの父親役に人気コメディアンのジム・バッカス、不良少年役に本物のストリートギャングを起用するキャスティングも斬新だった。

 ディーンは映画の公開約1か月前の1955年9月30日に交通事故死した。当時17歳にして、ディーンやレイ監督、そしてホッパーまでも手玉に取っていた小悪魔なナタリー・ウッドは1981年に水死、60年代の時点で同性愛者だとカミングアウトしたサル・ミネオは1976年に強盗に襲われ刺殺された。現実世界における3人の非業の死が、本作をより伝説的なものにさせているのかもしれない。


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