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名画プレイバック

『パピヨン』(1973年) 監督:フランクリン・J・シャフナー 出演:スティーヴ・マックィーン、ダスティン・ホフマン 第53回【名画プレイバック】

『パピヨン』(1973年) 監督:フランクリン・J・シャフナー 出演:スティーヴ・マックィーン、ダスティン・ホフマン 第53回
スティーヴ・マックィーン主演の脱獄モノの傑作『パピヨン』より - (C)Allied Artists / Photofest / ゲッティイメージズ

 『穴』(1960)や『アルカトラズからの脱出』(1979)、『大脱走』(1963)など、実話を基にした脱獄モノに傑作は多い。世界中でベストセラーを記録したアンリ・シャリエールの伝記小説を映画化した『パピヨン』(1973)もまた、孤島の刑務所から驚くほどのしぶとさで何度も脱出を試みた男の、仰天の実話がベース。タイトルを聞けば、瞬時にジェリー・ゴールドスミスの有名なテーマ曲が脳裏によみがえる映画ファンもいるのではないだろうか。(今祥枝)

 スティーヴ・マックィーンとダスティン・ホフマンの2大スター共演という話題性も抜群の本作。マックィーンといえば、『大脱走』のバイクで疾走する爽快なシーンを思い出す人も多いはず。だが、そうしたイメージを想像すると、少し肩透かしを食らうかもしれない。人間性を剥奪された過酷な状況下で、何度も脱獄に失敗し、何年間も独房に入れられてはまた脱獄を繰り返す物語は、孤独に耐え忍ぶ内省的なパートが少なくない。脱獄の痛快さを強調するアドベンチャーアクション的な要素以上に、13年間にもわたって自由を諦めなかった主人公の不屈の魂を描き出すことに重きを置いたアダプテーションからは、自らも赤狩りに抵抗して投獄され、長年にわたり苦難の人生を強いられた脚本家ダルトン・トランボの思いの強さを見て取ることもできるだろう。

 物語は、重罪の宣告を受けた受刑者たちが、フランス政府により強制労働を科せられるため、南米のフランス領ギアナのデビルズ島に送られるところから始まる。その中のひとりに、ケチな金庫破りで捕まり、仲間の裏切りによって殺人の罪を着せられ、胸に蝶の刺青を入れていることから、通称パピヨン(スティーヴ・マックィーン)と呼ばれている男がいた。祖国を追放された彼は、偽札作りの天才で国債偽造で逮捕された服役囚ドガ(ダスティン・ホフマン)に近づく。脱獄するためには、ドガが持っているであろう金が必要だと考えたのだ。一方のドガも、刑務所では腕っ節の強そうなパピヨンが後ろ盾になると思ったのか、パピヨンの話に乗り交渉成立。だが、二人が考えているよりはるかに脱出計画は困難で、しょっぱなから希望を打ち砕くような現実に直面する。

 そもそも、船で通称・地獄島に近づく過程からして、青くどこまでも抜けるような空に美しく太陽が輝く海の景色の爽やかさとは裏腹に、こんな孤島から逃れることは無理だという絶望を感じずにはいられない。さらに待ち受けていたのは、過酷を極める強制労働の数々。劣悪な衣食住に加えて、ワニやら病気やらあらゆる危険に無防備で臨む強制労働はむごたらしく、就寝時には足を鎖でつながれるなど非人道的だ。ここから一刻も早く逃れなければ、劣悪な環境で死ぬか、強制労働に耐えられず死ぬか、精神が崩壊して死ぬか。おとなしく何年も何年もただただ耐え忍び、刑期を勤め上げるという道もないではないが、パピヨンにはそんな考えは毛頭なく、脱獄を繰り返していく。

 新入りたちは、まず脱獄がいかに恐ろしい結果を招くかの説明を受ける。1回目は独房2年、2度目は独房5年、そしてそのような不届き者の末路がどうなるか、ギロチンで斬首して見せるという念の入れよう。このギロチンのシーンがまた凄惨で、台に首を乗せた顔を真正面からとらえて、真上から刃が落ちてきてスパンと首を切り落とすと、首が観客に向かって転がり落ちてきて血がスクリーンに飛び散る。ここまで脅されて、逃げようとする方がどうかしていると考える方が普通だろう。だが、パピヨンの自由への渇望は、痛めつけられれば痛めつけられるほど、より強く堅固なものとなっていく。その過程には、最初は戸惑いや驚きを感じ、次第に畏敬の念のようなものへと変化していく。

 最初の脱獄が失敗し、独房に初めて入ったパピヨン。刑務所の陰湿さとは対照的な、どこまでも広がる青空を振り返って見上げ、名残惜しげにというよりこの世の別れといった風情で、少し震えながら見つめるパピヨンの表情が印象的だ。独房は狭く不潔で、ほとんど暗闇の中、小さな天窓から微かに入る一筋の陽の光だけが外界との唯一の接点。何より、食べ物がほとんどないも同然で、これでサバイブできると考える方が異常だ。実際に独房の隣の男は、しばらくすると遺体となって運び出されていく。最初は腕立て伏せをしたり、独房の中を歩き回り、くたばるもんか、なんでも食ってやる! と心に誓い、虫を捕まえてはつぶして食べるパピヨンだが、徐々に暗闇に薄ぼんやりと浮かび上がるその表情は、何らかの感情を読み取ることも難しくなっていく。マックィーンの物言わぬ演技は凄みがあり、その佇まいだけで観客を圧倒するような、真に迫るものがある。

 原作によれば、シャリエールが脱獄を試みたのは二桁を数えるが、映画ではさすがに全ては描かれておらず、脇の登場人物も何人かの実在の人物の複合体となっている。重要なのは、冒頭で出会ったドガだ。ドガはパピヨンとは対照的に、丸メガネをかけ気弱そうな印象を与えるが頭は切れる。過酷な状況でもなんとかサバイブすべく、金を使ってなるべく楽な仕事に就いてうまく立ち回っているのだが、危険をおかして独房のパピヨンにこっそりとココナッツを差し入れるくだりがある。個人的に好きなエピソードであると同時に、私が真にパピヨンという人間に魅せられたのは、この秘密の差し入れがバレたときの彼の行動によるところが大きいと思う。

 実際に、パピヨンはごろつきで不遇な生い立ちだったにせよ、ロクでもない人生を送ってきたことには変わりはない。殺人罪は冤罪にせよ、犯罪者ではある。マックィーン自身、そうしたアウトローの魅力がよく似合う俳優だが、良い人間か悪い人間かと言われると、なんとも判別しがたいのがパピヨンである。だが、そのパピヨンはどんなにひどい目にあっても、ココナッツを差し入れたのが誰かを口にすることはなかった。このシーンは、パピヨンという人間の複雑さを非常によく表していると思う。小悪党である一方、義理や人情に厚く、ドガとの友情、絆は、本作の重要な要素であり、マックィーンとホフマンが作り上げた対照的なキャラクターのコンビネーションの妙は非常に魅力的だ。

 もう一つ、パピヨンがほとんど錯乱状態の中で見る夢に、本作が単なる娯楽としての脱獄ものとは一線を画すメッセージが見て取れる。砂漠の上を歩いていくパピヨンが、裁判官や判事に出会う。パピヨンは、「人を殺していない」と主張するが、「その通り、だがお前の本当の罪は殺人ではない。人間として最悪の罪を犯している。人生を無駄にしたことだ」と返される。パピヨンは、その罪は死刑に値することを認め、“有罪(ギルティ)”という言葉がリピートされてブラックアウト。目の覚めるような砂漠の渇いた明るさと、じめっとした真っ暗な独房の対比がここでもよく効いているのだが、パピヨンは自分の人生を無駄使いしてきたことを自覚し、明らかに後悔しているのである。このくだりは、年齢が上の人であればあるほど、ずしりと重さを帯びてくるのではないだろうか。多かれ少なかれ、人生を無駄にしたかもしれないという後悔は、マックィーンやトランボも然りで、誰しもがどこかで抱く感情かもしれないから。

 一度目の地獄のような独房生活を勤め上げた後、パピヨンは弱った体で青く波打つ海を見た瞬間、再び脱獄の作戦を思いつく。いやはや、一体何度やるつもりなんだと、既に2度目にして、次こそは成功してくれ……と手に力が入ってしまうのだが、何度踏みつけられようともパピヨンは諦めない。その姿は、終いには正気を失っているのか、頭がおかしくなったのかと思ってしまうほど。だが、13年後に彼はついに脱獄を成し遂げるのだ。思いもよらない、大胆な方法によって。深読みをすれば、パピヨンの闘いは、マックィーン自身の不遇な生い立ちに重なるものがあるかもしれない。たとえ取るに足らないちっぽけな存在であっても、不当な理由で黙して殺されるいわれはないとでも言わんばかりの、マックィーンの鬼気迫る渾身の演技は、自身の生き方、成功をつかむまでの苦難の道を生き抜いてきた自負と、鋼のような意志の強さを感じさせるものだ。

 同時に、今年のアカデミー賞で主演男優賞候補になった『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(2015)でも描かれているように、ハリウッドを襲った赤狩りの脅威の中で、一貫して異を唱え、仲間を売ることは決してよしとせず、それがゆえに実刑をくらい、仕事も干されてしまった脚本家トランボの闘いもまた、パピヨンのそれに投影することができる。どれほどの迫害を受けても、赤狩りに屈することなく、ペンネームを使って家族のため、生活のため、仲間のために仕事を作り、何があっても描き続けたトランボを支えたものは何だったのか。それは、パピヨンと同じように、どれほど理不尽な目にあったとしても、いつか正当な権利が認められると信じる心の強さ、そして自由への渇望であったか。

 実は、本作の冒頭でトランボは特別出演をしている。そんなトランボの思いが込められたセリフとして印象に残るのが、先にも述べたパピヨンらが島に着いた際に、新入りたちが恫喝されるシーンだ。「ここは社会復帰のための施設などではない 肉の加工業者と同じ、危険人物を無害にする お前を破壊するのだ 肉体的にも精神的にも 脳を入れ替える 希望を捨てろ」。かつてアメリカに裏切られたトランボが、祖国フランスを追われたパピヨンが、最も恐れていたもの。それは人間性と自由を奪われることだ。今の私たちには、自由があって当たり前だから、最初はパピヨンの自由へのこれほどまでの渇望に、もしかしたら戸惑うかもしれない。だが、自由とは1度手放したら、そう簡単には取り戻せないものなのだ。パピヨンやトランボや、歴史上のあらゆる悲劇における自由を奪われ搾取された人々のように、もしも自由を失ったとしたら、どこまでも広がる青空を、人間はどれほど恋しいと思うだろうか。『パピヨン』が伝える自由への渇望と不屈の魂は、今もなお大切なメッセージを私たちに訴え続けている。


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