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実在した日本初のスパイ学校を描く市川雷蔵の異色戦争映画『陸軍中野学校』(1966年)

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「陸軍中野学校」DVD発売中(税抜き価格:2,800円)発売・販売 KADOKAWA - (C) KADOKAWA 1966

 「戦争」を扱った映画は数多あるが、『陸軍中野学校』(1966)は異色中の異色作だ。舞台は実在した日本初のスパイ学校。主演は大映のスターだった市川雷蔵。後にシリーズ化され4本の続編が作られたが、とりわけ増村保造が監督した一作目は“静かなる狂気”が充溢した神話のごとき一篇の悲劇である。(村山章)

 日中戦争の引き金となった盧溝橋事件の翌年にあたる1938年(昭和13年)、日本陸軍は「防諜研究所」を新設した。2年後に「陸軍中野学校」と改称される諜報員の養成学校である。

 陸軍内でも極秘扱いされたこと、出身者が「栄利を求めず黙して語らない」を旨としていたことなどから終戦後も全貌が知られることはなかったが、畠山清行が1965年から週刊サンケイ誌上で「秘密戦士 陸軍中野学校」という連載を始めたことで注目が高まり、同連載をもとに大映が映画化に乗り出した。

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 ちなみに日活は1964年に『間諜中野学校 国籍のない男たち』、東映は1968年に『陸軍諜報33』という中野学校出身のスパイが活躍する映画を製作している。『陸軍中野学校』が他と違っていたのは、中野学校の一期生が卒業するまでの一年間に焦点を絞ったことで、一種の青春映画として観ることもできる。

 主人公の三好次郎少尉(市川雷蔵)は、草薙中佐と名乗る謎めいた男(加東大介)の面接を受け、スパイ養成機関の第一期生に選ばれる。「椎名次郎」と名を変え、家族や恋人との接触を断ち、18人の同期生とともに暗号解読から変装までさまざまなスパイ技術を叩き込まれることになる。

 あえてモノクロで撮影された重いトーンが支配する本作において、この学科シーンは息抜きのようにユーモラスだ。刑務所から金庫破りの達人を招いたり、ダンスホールで社交ダンスを実践したり。性技で女性を悦ばせることすら授業の一貫なのだから恐れ入る。

 驚いたことに劇中の学科は実際に中野学校で行われた授業をもとにしている。劇中には登場しないが、日本のスパイと言えば忍者だからと忍術の講師まで呼んだという。しかし決してふざけているのではない。日本では先例のないスパイ教育を確立しようと学校側も生徒側も大真面目なのである。

 先例のない教育方針は思想や精神面にも及んだ。世界各地に散って活動するには合理的かつ柔軟でなくてはならないと、ゴリゴリの職業軍人が集まる士官学校生ではなく社会人経験のある予備士官学校から招集した。太平洋戦争へと向かっていく息苦しい時代だったが、天皇制の是非について議論することも許されていたという。

『陸軍中野学校』より (C) KADOKAWA 1966

 劇中、草薙中佐も今の陸軍に日本の舵取りは任せておけない旨を発言している。生徒たちは中佐の情熱に共鳴し、日本の未来のために粉骨砕身の覚悟で一流のスパイを目指す。従来の戦争映画やスパイ物との違いは、教官である草薙中佐が非情に徹するタイプではなく理想に燃えた人情家として描かれていることだろう。

 例えば、ストレスを溜め込んだ生徒が自殺してしまうと草薙中佐は「彼の死は自分のせいだ、やめたい者はやめていい」と話す。極秘任務だけにやめられても困るはずだが、中佐は本気で言っているのだ。それでも誰も去らないのは、国を誤らせないためにはスパイが必要だという中佐の主張を信じているからだ。

 生徒たちの大きな転換点となるのは、不祥事を起こした者の処分を一期生全員で合議する場面。彼らは対象者に「自ら腹を切ってくれ」と迫る。「武士の誇り」的な精神論ではない。不祥事が表沙汰になれば発足したばかりの中野学校は潰される。それでは大義を成すことはできない。だからお前は腹を切れ、そうすれば軍も温情で処理してくれるだろう。ざっくり言えばそういう理屈である。

 生徒たちが自発的に、理詰めで仲間を死に追いやってしまう。ここに中野学校精神の特殊性が象徴されている。彼らはトップダウンの整然とした軍隊組織ではない。理念のために独自で思考し、判断し、行動するのだ。

 日本を救うという切羽詰まった思いがモンスター集団を作ってしまう。実際の中野学校がどうだったかはともかく、映画『陸軍中野学校』にはそんな皮肉なテーマが仕込まれている。2作目以降は椎名が難関ミッションに挑むスパイアクションになっていくだけに一作目の異様さは際立っている。スタンリー・キューブリックの『フルメタル・ジャケット』(1987)やジョゼ・パジーリャの『エリート・スクワッド』(2007・日本未公開)にも似た“理念の暴走”の映画だと言っていい。

 物語の後半、三好=椎名の行方を探す恋人の雪子(小川真由美)は陸軍参謀本部で働き始める。彼女は英国人の秘書を務めるなど当時としては国際感覚を持った女性として描かれるが、そのせいでイギリスのスパイ活動に利用されてしまう。恋人同士だった男女がはからずも敵味方になってしまう構図はいかにもメロドラマ的だが、2人が社会的に無知でも無関心でもないからこそ皮肉が一層増してくる。

 もう一つ特筆すべきは市川の冷え冷えとした佇まい。雷蔵自身クールやニヒルを売りにしていたスターだが、本作ではそもそも熱情というものを知らない生き物であるかのように画面中に存在しているのだ。

草薙中佐による最初の面接で三好は訊かれる。
「君、女は好きか?」
「嫌いではありません」
「女に惚れたらすぐに抱きたくなるか? 抱くときは裸になるかね?」
「女のことはすべて相手次第です」

 この回答は三好=椎名という人物をよく表している。雪子という美しい恋人を持ち、非の打ちどころがない婚約者として振る舞ってはいるが彼女への執着は薄い。同期たちの論争に進んで参加しないのも確固たる理念を持ち合わせていないからで、相手次第、状況次第で生きてきた中で初めて見出した目標が“スパイ”だったのだ。言うなれば中野学校以前の三好次郎は“虚無を持て余していた優等生”なのである。

 市川は『炎上』(1958)、『ぼんち』(1960)などでニヒルな二枚目とは真逆の役どころも見事に演じてみせたが、芸域の広さは本作でも発揮されている。椎名は仕立屋にふんして英国領事館の職員に接近するのだが、仕立屋に化けた時の如才ない商人っぷりが見事なのだ。

 「仏頂面の椎名にこんなことができるのか!」とつい笑ってしまうポイントだが、椎名が“人間らしく”見えるのはこの仕立屋に化けている場面だけであることを指摘しておきたい。おそらく椎名は他人に成りすましている時に最も充実感と自由を感じていただろう。

 優れた知性は軍国主義の時代を疑問視し、家庭人たることには違和感を覚え、かといって燃えるような情熱も持ち合わせていなかった男が、ある種犯罪的なスパイという職業に生きがいを見出す。雪子への愛と訣別する寂寥感ただよう結末も、実は三好=椎名が無意識に望んだものではなかったか。

 監督の増村保造は多くの作品で「組織と個人」というテーマを追求しており、本作も彼の作家性と結びつけて語る誘惑から逃れるのは難しい。一方で大映は映画が監督より会社に帰属する社風でもあった。雷蔵の“忍びの者”シリーズが終わるタイミングでもあり、後継的なシリーズを狙う永田雅一社長の思惑もあったはずだ。

 脚本は市川に信頼されて多くの主演作を手がけた星川清司で、原作のエピソードを小まめに拾いながらほぼオリジナルのストーリーを書き上げている。虚無的な雷蔵の持ち味を最大限に引き出そうとしたのは星川だったかも知れない。

 いずれにせよ、会社的な要請と職人的環境の中で生まれたプログラムピクチャーが半世紀を経てもなお独自の暗い輝きを放ち続けている。映画の魔物はこういう作品に棲んでいる気がしてならない。

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