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口コミ効果?『この世界の片隅に』ヒットの理由

口コミ効果?『この世界の片隅に』ヒットの理由
口コミ効果でヒット中の『この世界の片隅に』 - (C) こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 11月12日に公開されたアニメ映画『この世界の片隅に』が土日2日間で初週を大きく上回る興行収入5,679万8,980円、観客動員数3万9,638人を記録し、前週に続いて10位にランクインした。今年は『君の名は。』が興収200億円も視野に入る驚異的ヒットとなっており、2週連続10位など大したことはない……と感じるかもしれない。が、全国63館から始まった小規模公開でランクインしたのは相当な快挙。上映館数で言えば『君の名は。』の約5分の1であり、100館に満たない作品がランキングに入るケースは希少なのだ。そのヒットの理由を分析してみた。(村山章)

 『この世界の片隅に』は、第13回メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞したこうの史代の同名漫画を『マイマイ新子と千年の魔法』(2009)の片渕須直監督が6年の歳月をかけてアニメ化したもの。太平洋戦争中の呉と広島を舞台に、18歳で見知らぬ相手に嫁入りすることになったヒロイン・すずの終戦までの日常を描いている。戦時下の暮らしを庶民目線でつづった人間ドラマの秀逸さや、片渕監督の執念にも似た細密な時代考証が公開前から話題を呼んでいた。

この世界の片隅に
まだあどけなさの残る無防備なヒロイン像と、降りかかる悲劇のギャップがショッキング (C) こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

SNSの拡散、口コミ効果

 いや、話題を呼んでいた、という表現では少々おとなしすぎる。実際、本作の人気の沸騰ぶりは尋常ではない。事前に作品を観た著名人や批評家らが軒並み絶賛してネットに拡散。Twitterでは一週間の投稿数が3万5,000件を超えた。クラウドファンディングで製作に貢献したファンも多く、雑誌やWEBメディアも盛んに取り上げた。ランキング入りは、そうした「これは観るべき、どうか観てほしい」という熱い口コミが波及した成果と言えるだろう。

 平日はシニア層や学生がメイン、土日は親子連れ、夫婦、若い世代と観客層は多岐にわたっている。初日2日間の成績は興行収入4,704万2,090円、動員3万2,032人。公開2週目も数字を伸ばし、上映館数は今後100館を超える見通しだという。東京のミニシアター、テアトル新宿では売り切れ、立ち見が相次ぎ、過去10年の週間興収で最高記録を打ち立てた。

のん
11月12日に行われた『この世界の片隅に』初日舞台あいさつに登壇したのん

露出が極端に少ない“のん”への圧力疑惑

 本作に寄せられている熱意の大きさは、主人公すずの声優を務めたのんにまつわる論争にも表れている。所属していた事務所から独立して“のん”と改名した能年玲奈にとって本作は本格的な復帰作。しかしネット上ではテレビ等での露出が極端に少ないことを指摘し、元所属事務所からの圧力があると非難する論調が現れたのだ。

 一方で「この規模の映画では常識的な露出量」とする反論もある。「芸能界のしがらみで映画が潰されるのはけしからん」派と「ゴシップで過度に騒ぎ立てるのは作品に失礼」という派に分かれている状況だが、いずれの側も本作を高く評価し、愛情を持っているからこそ起きた議論と言えよう。『この世界の片隅に』の公式サイトでテレビでの紹介が告知されたのはNHKと地方局のMXテレビのみ。もちろん今後、映画の盛り上がりを反映してキー局でも取り上げられることが増えれば解消される疑念ではある。

この世界の片隅に
こんなに幸福そうに見える家族が…… (C) こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

迫りくる「タイムリミット」は映画ならでは

 ではなぜこの映画がそれほどまでに愛されるのか。理由は数多くあれど、原作の世界観と映画という表現が奇跡的なレベルでマッチングしたことは外せない。「原作に忠実」という感想も多いのだが、漫画と決定的に違うのは、映画の特性である「時間」という要素の存在だろう。

 原作と同様、物語はすずがまだ幼い頃から始まる。太平洋戦争の戦局が悪化していく昭和19年に18歳で嫁入りし、慣れない生活に戸惑いながらも、夫の周作や婚家の家族たちとの距離を縮めていく姿がつづられる。

 観客であるわれわれは、すずたちの日々の営みの先に、広島に原爆が投下される昭和20年8月6日や敗戦がやってくることを知っている。漫画だと読者のペースで読み進められ、途中で小休止することも可能だが、映画では否応なしに時間が経過し、刻々と昭和20年8月に近づいていく。126分の上映時間、すずも観客も立ち止まることは許されない。時間がひたすら一方向に進んでいくからこそ、過ぎていった時間の貴重さを思い知らされる。それが映画版『この世界の片隅に』のかけがえのなさであり、時に暴力的ですらある醍醐味なのだ。

この世界の片隅に
米を食べられず配給も激減するなかの知恵を振り絞った食生活など、全編徹底した時代考証が貫かれている (C) こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

絶大な効果をもたらした原作からの変更点

 原作からの一見些細な変更も、実は大きな意味を持っていることがわかる。例えば原作は昭和9年1月から始まっているが、映画では8年12月に変えられている。なぜ片渕監督は物語のスタートを1か月早めたのだろうか?

 片渕監督がネット上で発表した制作日誌によると、昭和8年の12月23日には今上天皇が皇太子として生まれており、昭和9年1月は皇太子誕生の祝賀ムードに包まれていたはずだという。しかし、その様子を正確に再現するには十分な資料が見つからなかった。原作にも皇太子誕生の影響は描かれておらず、映画ではあえて前年の12月22日に設定したそうだ。

 しかもこの変更は、時代考証の正確さ以上の意義を作品にもたらした。冒頭の設定が12月になったことで、年末商戦で沸く広島の繁華街が映し出されるのだが、そこにはサンタクロースの扮装をした呼び込みもいれば、サンタの西洋人形も売られているのだ。実はクリスマスの習慣は大正時代に日本に入り、昭和初期には完全に定着していた。今と変わらぬクリスマスの様子は、戦前の日本と83年後の現代に生きるわれわれの距離を一気に縮めてくれるのだ。

 そして劇中で言及されることはないが、戦争に向かうに従ってクリスマスは敵性文化として排除されていく。当たり前の日常が歪められ、失われていった時代のうねりが、ほんのわずかしか登場しないクリスマスに見て取れるのである。

 ただ『この世界の片隅に』の主軸はあくまでもすずの日常であって「戦争」は背景でしかない。しかし親しみやすさや軽やかさを保ちながら、「戦争」が醸す空気の重みをここまで肌身に感じさせる映画も珍しい。クライマックスの慟哭にもその先に見いだされる希望にも、フィクションの枠を超えた説得力があふれている。あとはこの価値ある傑作がどこまで世の中に浸透していくのかを見守っていきたい。


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