『Flow』と「DEATH STRANDING」の共通点 ギンツ・ジルバロディス×小島秀夫対談「僕たちは同じ場所にいたのかも」

洪水にのまれる世界を舞台に、同じ船に乗り合わせた一匹の猫と動物たちの旅を描く長編アニメーション『Flow』(3月14日全国公開)。文明の終焉を思わせる幻想的な風景のなか、動物たちが織りなす奥深い“つながり”の物語は、世界各国で絶賛され、第97回アカデミー賞において長編アニメ映画賞を受賞する快挙を成し遂げた。
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本作を生み出したラトビア出身のギンツ・ジルバロディス監督と、その才能をいち早く見抜き『Flow』の魅力を発信していた世界的ゲームクリエイター・小島秀夫監督が対面。ものづくりに人生をかける2人が、お互いのビジョンを共有しながら、本作について語り合った。(編集部・入倉功一/写真:高野広美)
「DEATH STRANDING」との共通点

2人の交流のきっかけとなったのが、ジルバロディス監督が1人で作りあげた長編アニメーション『Away』(2019)。オートバイで未知の島を駆ける少年を描いた本作の世界観は、小島監督の大ヒットゲーム「DEATH STRANDING」(2019/略称・デススト)を想起させるものだった。
小島監督:ギンツさんのことを初めて知ったのが『Away』でした。世界観が「デススト」に少し近いと感じたこともありますが、何より素晴らしい作品で、ものすごい才能を感じていましたし、今回の『Flow』を観て、それが確信に変わりました。
ジルバロディス監督:ありがとうございます。『Away』は、私が1人で制作した、とても小さな作品だったので、小島監督からリアクションをいただけるなんて思ってもみませんでした。(SNSで)小島さんから送られた言葉は、私にとって大きな意味を持つもので、本当に助けられたんです。あらためて、この場を借りて感謝します。
Q:ジルバロディス監督は、アニメだけでなく、実写映画やゲームからも影響を受けているそうですね。小島監督のゲームから受けた影響についてお聞かせください。
ジルバロディス監督:「DEATH STRANDING」のことは意識していました。広大な自然の中で孤独に佇む1人が、やがて誰かとつながっていく……そうしたテーマは『Flow』と共鳴する部分があると思います。私にとって『Flow』は、初めて誰かと一緒に作る経験でもあったんです。それまでは全部1人でやってきましたが、チームで取り組むことになり、協力の仕方や意見の違いをどう乗り越えるかを学ぶ必要があった。そういう意味でも、「DEATH STRANDING」のテーマに通じる部分があると感じます。山々や苔に囲まれた自然の雰囲気も似ているかもしれません。
小島監督:『Away』もそうでしたが、大自然とそこで生きている生物の対比によって、小さな生き物たちの生命力みたいなものが描かれていますよね。CGアニメーションで自然の背景を描くのは、ビルや都会の描写と比べても非常に難しいんですけど、『Flow』では美しく表現されている。これはピクサーでもほぼ不可能なことなので、本当に飛び抜けた作品だと思います。
ジルバロディス監督:作品の舞台は、私がすごしたいと思える世界になるようにしています。この映画には5年を費やしましたが、それだけの時間、身をおける居心地のいい場所にしたかった。たとえ終末的な世界であっても、暗くて不快なだけではなく、そこには美しさもある。『Flow』では、そこから自然が再びその姿を取り戻していく、“新たな始まり”として捉えているんです。
小島監督:擬人化されていない動物を描くのもかなり難しいことだと思います。セリフもなしで、キャラクターの性格や感情を伝えなくてはいけないわけですから。

ギンツさんが猫派なのかわかりませんが(笑)、犬がちょっとおバカなキャラクターであったり、鳥は少し哲学的な存在であることが伝わる。ああいう表現が、普通のアニメとは違いますよね。美しく哲学的でありながら、メタ的なコメディ要素も含まれていて、あらゆる観客に通じる作品になっている。そこは、日本のアニメを見慣れている人も驚くと思います。
ジルバロディス監督:動物をありのままの姿で描くことは、私にとって自然なアプローチでした。人間のように振る舞う、エンタメ化された動物を長年見てきたせいか、少し飽きてしまっていて。動物たちはそのままで十分ユニークで魅力的なので、無理に人間っぽくする必要はないと感じています。
猫と犬は子供の頃から飼っていたので、どちらも好きですよ(笑)。でも、私自身の性格は、どちらかというと猫に近いと思います。独立心が強く、自分のやり方で物事を進めたいタイプなので。
孤独な“性”クリエイターの宿命

小島監督:『Flow』は何人くらいのチームで作ったんですか?
ジルバロディス監督:とても小規模です。トータルで50人以下でしょうか。普段の作業は、4~5人の小さなチームで進めていました。
小島監督:そのくらいがちょうどいいですよね。これは今、僕自身が悩んでいるところでもありますが、最近は集団作業で作家性を出すのが難しくなってきています。1人なら全て自分でコントロールできますけど、チームが大きくなるとそうはいかない。スタッフに自分の頭の中を直接見せるわけにもいかないので(笑)。人が増えるとそうなるのは仕方がないんですけどね。ほかのスタジオもだいたいそうですから。(スタジオジブリの)宮崎駿監督は例外ですが。
『Flow』には、ギンツさんの世界観や個性がしっかりと反映されていて、インディーズのクリエイターに夢を与える作品だと思います。だからこそ、あまり大規模なチームで作らないでいてほしいとも思ってしまいます(笑)。(大手スタジオで作ると)「2年くらいで作れ!」とか、いっぱい言われると思うので(笑)。
ジルバロディス監督:小島さんのおっしゃるとおりで、私もこのくらいの規模にとどめたいと思っています。小さなチームで働くのは好きなんです。スタッフ全員と直接顔を合わせて話ができますし。ただ、1人で作っていた時のやり方を完全に変えたくはない。『Flow』でも、多くのプロセスに自分で深く関わっています。
Q:お二人ともチームで制作する一方で、どこか孤独を愛しているように思います。
小島監督:愛してなんていないですよ!(笑)。ただ“孤独性”なだけです。その性がどうしても作品にも表れてしまうんですよね。それはギンツさんも同じだと思います。

ジルバロディス監督:そうですね。チームで作っていると、多くの人が僕の指示を待っていて、常に50個の質問に答えなければならない。そうしていると時々、1人でやっていた頃を思い出し「あの頃は良かったな……」となることもあります。だから今でも、1人でじっくりアイデアを練ったりする時間を作るようにしています。
でも、自分よりもはるかに優れた技術を持つ人が周りにいることは、本当にありがたいことです。水の表現やさまざまなエフェクトをどう作ればいいか全くわからない時も、彼らの力を借りることで、それが可能になるし、アイデアを出してくれることもある。そうした共同作業の素晴らしさを知ることができました。
ただ「面白かった」では負け

ジルバロディス監督:小島監督にお聞きしたいのですが、長い間作り続けている作品をチェックする際に、どうやって客観性を保っていますか? 私の場合、5年間も同じ映画を作り続けていると、次第に感情的な反応がなくなって、技術的な部分しか見えなくなってしまう。そんな状態の時、どうやって作品がうまくいっていると確信を得ているのでしょう?
小島監督:僕の場合、クリエイターの視点とプロデューサーの視点、両方を持っているんです。これは昔からそうですね。「自分は大好きだけど、これ売れるのか?」みたいなことを常に考えています。そして、そういう時は意外と人の意見を聞きます。賛同するかどうかは別として(笑)。
「DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH」でいうと、この前もモニターテストを実施しました。20人くらいにゲームをプレイしてもらい、その動向をチェックするんです。そこで、あるキャラの人気が低かったら、もう少しストーリー上で目立たせるような調整をすることもあります。
ゲームはインタラクティブなメディアなので、こちらの感覚を一方的に押し付けるのはあまりよくないですよね。もちろん、最初のコンセプトを変えるつもりは全くありません。シューター系をプレイしているゲーマーにプレイしてもらうと「荷物、運びたくないです」といった意見が出たりしますが、そこは無視します(笑)。
ジルバロディス監督:なるほど(笑)。小島さんの言う通り、最終的な決定は監督が下すべきですよね。みんなを喜ばそうと全てを聞いていると、結局は誰も喜ばないものになってしまう。作品とは本来、パーソナルなものであればあるほど、より多くの人に伝わる可能性があると感じています。

小島監督:今のエンタメは、消化が良すぎるというか、わかりやすいものが多いですよね。ユーザー評価や(レビュー集積サイトMetacriticが算出する)メタスコアで7、8点をつけられるような無難な作品が求められているのかもしれませんが、僕は狙っていません。それより、10点満点をつける人と5点をつける人、半々くらいでいいと思っています。
プレイしている時間を楽しませることは最低限の目的ですが、感想でただ「面白かった」とだけ言われたらもう負けですね(笑)。何だかわからないんだけど好き! みたいな。今まで体験したことのないものーー「なんか引っかかるな!」と感じるような作品が理想です。『Flow』もそうですよね。その場で明確な答えが見つからなくても、ずっと心の中に残り続けていて、時間が経って経験を重ねた時、ふと「あのとき観た映画の意味はこうだったのか」と思う。そういう作品が、結果的に一生残る、クリエイターの作った証になると思います。
ジルバロディス監督:観客もそうやって挑戦した作品の方が好きだと思います。全て与えられるのではなく、自分で考えながら物語を理解する作品のほうが記憶に残ると思うんです。
もちろん!コラボレーションに期待

Q:ジルバロディス監督はアニメ、実写にかかわらず作品作りをされている。また小島監督はゲームと映画の垣根を越える作品を作り続けています。そんなお二人が、将来的にコラボレーションする可能性は?
ジルバロディス監督:もちろんです!
小島監督:もう、常に天才を探していますから(笑)。一緒にやることで刺激を受けるし、それによって自分も高められる。多くのスタッフと仕事をするのも、それを求めているからです。でも、現実には「監督、どうしましょう?」としか言われない。それは仕方のないことなので、責任者としてしっかり「こうしましょう」と返しますけど、本当はもっと違うボールも投げてほしいというか。その方が、より良いものが生まれますから。
ジルバロディス監督:そのほうがずっと良いですね。『Flow』だって、本当に自分ひとりで作ってたら実現できなかったと思います。個人的な物語でもあるので、もう、1人で作業したいとは思いません。
小島監督:もう、ボートに1人じゃないですもんね(笑)。同じボートに乗るのではなく、それぞれ違うボートで並走するのもいいんじゃないですか。
ジルバロディス監督:それはいいですね!(笑)。
Q:『Away』を観た時に、「DEATH STRANDING」で最初の街に到達した時の開放感や、湿地帯のような風景といった要素が非常に似ていると思い、生まれた時代も環境も異なるクリエイターのイメージが重なったことに感動しました。お二人は、互いにつながりを感じましたか?
小島監督:近いものを感じましたよ。ほぼ同時期に発表されましたよね。(※「DEATH STRANDING」は2019年11月発売/『Away』の日本公開は2020年12月)
ジルバロディス監督:『Away』は2019年1月に完成していたので、その時にはまだ「DEATH STRANDING」はプレイしていませんでした。
小島監督:昔、僕たちもどこか同じ場所にいたんじゃないですか? そこでボートに乗っていたのかも。どっちが猫で、どっちが犬なのかはわかりませんけど(笑)。
ジルバロディス監督:かもしれませんね(笑)