リスクを負っても変化を起こすべき『エミリア・ペレス』監督が語る人生へのメッセージ

第77回カンヌ国際映画祭で審査員賞と女優賞(ゾーイ・サルダナ、カール・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス、アドリアナ・パズ)を受賞、第97回アカデミー賞で最多13部門12ノミネーションを果たし、ゾーイが助演女優賞を獲得するなど賞レースを賑わした『エミリア・ペレス』。日本公開を迎えた本作について、監督・脚本のジャック・オーディアール(『預言者』『ゴールデン・リバー』)が、全米公開を前に行われた合同取材で製作裏話を語った。
メキシコ・シティで働く優秀な弁護士リタ(サルダナ)は、犯罪を犯した裕福な顧客が、刑務所入りを逃れる手助けをしていた。ある日、悪名高い麻薬カルテルのボス、マニタス(ガスコン)の依頼を受け、彼の妻ジェシー(ゴメス)にも隠して、性別適合手術をできる世界最高の医者を探すことになる。そしてマニタスは、エミリア・ペレスという女性として新たな人生を送り始めるのだが……。
脚本を書き進めるうちに、オペラの台本に近いと思ったというオーディアール監督だが「私はミュージカルというジャンルについての知識があまりないんです。その理由は、そのジャンルが私を特に魅了しないから。本当に素晴らしいと思ったミュージカルを5、6タイトル挙げることができますが、それくらいです。そこにはミュージカルというジャンルに対する、私の暗黙の批判があるんです」と話したのには驚いた。
従来のミュージカルならば、主軸となるストーリーがあり、登場人物の感情の説明に歌が使われたりするものだが、今作における歌の使い方は異なるものだ。「ソングライターのカミーユと共同脚本家であるトマ・ビデガンとともに、この映画では歌が説明的なものにはならないことにすぐ気がついたんです。説明的な曲がないわけではありませんが、何よりも歌は、アクションを前進させるためにあるんです」というオーディアール監督。「リタが歌う『エル・マル』や、リタとワッサーマン医師が歌う『レディ』がその例です。オープニングの曲も、登場人物の気持ちではなく、政治的な怒りを歌った曲なんです」と続けた。
俳優たちとの仕事の進め方に関してオーディアール監督は、キャストに多くのアイデアを映画に持ち込むことを要求するのだという。「私の映画では、アイデアを持つ『権利』があるだけでなく、アイデアを持つ『義務』があるんです。俳優たちには、私の考えを批判する権利もあるし、その義務があります」。
弁護士のリタを熱演し、自身初のアカデミー助演女優賞に輝いたゾーイも、彼女独自のアイデアを役柄に持ち込んだ。「ゾーイはかなり役づくりをすませた状態でフランスに来て、彼女なりのキャラクターを提案してきました。必ずしも全てに同意したわけではないですが、それを調整したり、修正したりすることができました。またゾーイは、歌って踊ることもできるため、劇中の歌と踊り、そして演技を流動的なものにしてくれたんです。彼女のもつ“威厳”もとても気に入っています。彼女は本当に私の指示に耳を傾けてくれました」。
「私が初めて長編映画を監督したのは42歳のときで、それまで家で一人で脚本を書いていたんです」というオーディアール監督は「映画作りを通して、私は世界と接触するようになり、自分自身を社会化することができたと思います。もしそうしていなかったら、私は少しうつ状態で、自殺願望もありましたが、おそらく気が狂っていただろうと思います」と明かす。
そして「(人は)ある時点で、変化を起こすリスクを負わなければならないんです」と続けると、今作には、彼自身の人生に重なる部分があることを明かした「クレイジーにならないといけないかもしれません。その方が、じっとしているよりもいい。この映画のキャラクターたちは、リタもエピファニア(パズの役名)もみんな、私たちにそう語りかけているんです。彼らは絶え間なく変化し、進化している人々です。そして、多分それが、この映画が伝える教訓なのだと思います」。
ジャンルにとらわれないオリジナリティーあふれる今作は、オーディアールにしか作れない稀有なエンターテインメント。存分に楽しんでもらいたい。(吉川優子/Yuko Yoshikawa)


