『8番出口』おじさん怪演の河内大和、出口が見えなかった20代【ネタバレあり】

累計販売本数200万本突破のヒットを記録したインディーゲームを実写映画化した『8番出口』が公開となり、二宮和也演じる主人公と何度もすれ違う“歩く男”役に抜擢された、河内大和による怪演が大きな反響を呼んでいる。あまりにも人間に近づき過ぎたAIに感じる不気味さを“不気味の谷”と呼ぶが、第78回カンヌ国際映画祭での上映時には“歩く男”についてCGだと見間違う人が続出するなど、河内が見事に“不気味の谷”を体現してみせた。その裏側には、どのような役づくりや苦労があったのか。河内が、出口が見えずに、もがきながら進んできた俳優としての歩みまでを語った。
【画像】おじさんの再現度も話題『8番出口』場面写真<11点>
ひたすら歩くだけ!舞台での経験が生きた演技
地下通路に迷い込んだ男(二宮)が、通路のどこかに異変があれば引き返し、なければそのまま前に進むという二択を繰り返し、絶望的にループする無限回廊から抜け出そうとする姿を描く本作。
ゲームから飛び出してきたかのような“歩く男”がスクリーンにお目見えした。原作ゲームを象徴するキャラクターのオファーが舞い込み、「すごく光栄でしたが、ゲームをやってみると“このおじさん役をやるのか!”という驚きもあって。世界中で人気となっているキャラクターでもあるので、プレッシャーがありました」と素直な心境を吐露した河内。「毎分、毎秒、同じ歩き方をする不気味なおじさん。彼に感じる“?”の部分を表現するためには、どうすればいいのか。撮影前にいろいろと考えましたが、歩くことに集中すれば自ずとそういう表現が出てくるのではないかと思った」という。
川村元気監督から求められたのは、まさに“不気味の谷”を表現すること。「毎日、何回撮影をしても同じように歩けるように」するため、河内が編み出した秘策は「たい焼きの鋳型のように、おじさんの鋳型を作るようなイメージ」だ。
「通路におじさんの鋳型をズラッと掘っておいて、そこに自分をはめ込んでいくようなイメージ。そこに感情を持ち込んでしまうと、“不気味の谷”としてのおじさんは生まれないと思ったので、歩いている時は、本当に何も考えていません。ただ『二宮さん演じる“迷う男”とすれ違うのは、この看板をちょっと過ぎたところ』という決まりがあったので、そのタイミングを逃してはいけない。二宮さんは毎回違うお芝居をするし、歩くスピード感も変わる。でもこちらとしてはすれ違うポイントを変えてはいけないわけです。かなり微妙な作業ではありました」と、とんでもない難役に苦笑い。
数々のシェイクスピアの舞台に立ち続けてきた経験が、“歩く男”役に生きたと続ける。
「“歩く男”に感情的なものは何も入っていないけれど、そこを突き詰めた結果、観ている側は何かを感じ取ってしまうはず」だと役柄について分析した河内は、「僕はこれまで身体性にこだわって、舞台に立ち続けてきました。そこにいるだけで、何かを語っているような存在でいたいということにこだわって、芝居を研究してきたんです。『8番出口』という企画が始動したタイミングと、身体性に固執し続けてきた今の僕。どこか、自分のやってきたことを思い切ってやれば大丈夫だという思いもあり、すごくいい出会いをさせていただいたなと思っています。カンヌでは“あれはCGなのか?”という声もあったと聞き、これまで舞台でやってきたことが、映像でも生かすことができたんだと思うと、とてもうれしかったです」と“歩く男”は今の自分だから演じられたキャラクターだと喜びを噛み締める。
~以下、ネタバレを含みます~
二次元から三次元に切り替わるサプライズ
“歩く男”には、サプライズも用意されている。映画の途中で、“歩く男”が突然フッと息を吐き出した瞬間、二次元から三次元に切り替わったように心が宿り、彼のドラマが展開するのだ。
この表情や息遣いの変化にゾクッとするような興奮を覚えた人も多いはず。河内は「“歩く男”について描かれるパートで、“この人も生きていたんだ”と思った途端、役づくりがしやすくなりました」と役づくりの起点になったとも。「日常生活において、いつの間にか鋳型に自分がハマってしまっているように感じる時ってたくさんあると思うんです。“歩く男”は、もしかしたらそういう社会の縮図なのかな」と思いを巡らせる。
撮影現場では、川村監督や二宮を中心に毎日ディスカッションが重ねられ、台本やセリフもどんどん変わっていったという。二宮の芝居も、凄みを感じることばかりだったと舌を巻く。「二宮さんは、台本に書かれていることに留まらない。より深いレベルで解釈するんです。例えば“ホッとする”というト書きがあったとしたら、それとはまったく違う表情をする。その表情はいつも“うわ! こういうことだよな”と驚かされるようなものばかり。その方がよりキャラクターに深みが出るし、観ている者に感じさせるものがたくさんあるような表情をされる。本当にすごいなと思いました」
1年半の活動休止を経て訪れた転機
「どうやって芝居をしたらいいのか、まったくわからなくなってしまって。芝居をズル休みするようになって、そうしたら生きている意味すらわからなくなってしまって、うつ状態になってしまいました。1年半くらいそんな状態が続いて、もう芝居はやめようと思っていました」と告白。「そんな頃、新潟の舞台でご一緒していたプロデューサーから“海外公演で主役をやらないか”と連絡をいただいて。これで最後にしようと思って、やってみたんです。芝居をやると苦しくなるとわかっているのに、よく戻りましたよね」と照れ笑いを見せつつ、「やってみるとやっぱり芝居は面白いし、新潟で凱旋公演をした際にはお客さんが“待ってました!”と声をかけてくださって。あの光景は忘れられないですね。そこで“俺はここで生きるんだ”と覚悟が決まって、また“0番”に立ち始めました」と転機を打ち明ける。
それから舞台に立ち続ける一方、2023年放送のTBS・日曜劇場「VIVANT」でテレビドラマ初出演を果たし、幅広い層から支持を集めた。くしくも「VIVANT」、本作と二宮と共演を重ねてきたが、実は「嵐」に励まされてつらい日々を乗り越えた過去があるのだとか。「新潟で、新聞配達をしていたことがあって。寒いしつらいけれど、その時には嵐の『Happiness』を無限に聴いていました。あの曲って、本当にすごい! 走り出したくなるし、新聞配達は止まっちゃいけないですからね!」と目尻を下げる。
「撮影現場で二宮さんと毎日を過ごして、これまでやってきたことを注げるキャラクターを演じられるなんて、不思議な力が働いているとしか思えません。『ジョジョの奇妙な冒険』にエンリコ・プッチというキャラクターがいるんですが、彼の“君は「引力」を信じるか?”というセリフが頭に浮かんでいます」と人の良さそうな笑みを浮かべ、「やっぱり何事も頑張り続ければ、その先にいいことが待っているんじゃないかと思うんです。頑張って、頑張って、耐えて、耐えて、するとその先にはきっと何かを見つけられるんじゃないかって。そして、晴れやかな顔で頑張ることが大事かなと。暗い顔をしているとみな近寄りがたくなってしまうと思うので、これからも晴れやかな顔で頑張っていきたいです」と河内大和は確かな足取りで、これからも役者道を歩き続ける。(撮影・取材・文:成田おり枝)


