カンヌ注目の新世代『見はらし世代』団塚唯我、27歳が捉えた街と家族の“抗えない変化”

大規模なスクラップ&ビルドを繰り返し、変わりゆく渋谷の街と、とある家族の姿を重ね合わせた映画『見はらし世代』(公開中)で長編デビューを果たし、カンヌ国際映画祭監督週間に選出されるという快挙を成し遂げた団塚唯我監督(27)。この若き新鋭は、自身の現在地をどのように見つめているのか。団塚監督に話を聞いた。(取材・文:壬生智裕)
『見はらし世代』の主人公は、東京を巡る胡蝶蘭の配送ドライバー・高野蓮(黒崎煌代)。国際的に活躍するランドスケープデザイナーの父・初(遠藤憲一)は、10年前に母・由美子(井川遥)と口論の末、家族よりも仕事を選びすれ違ったまま年月が流れる。そして現在、7年ぶりに父が帰国したことを知った蓮は家族の再会を望むが、姉・恵美(木竜麻生)は冷ややかにそれを拒む。変貌を続ける渋谷の街と家族の姿を重ね「人と街に訪れる抗えない変化」を描いた本作で、団塚監督は第78回カンヌ国際映画祭「監督週間」に、日本人として史上最年少の26歳(当時)で選出される快挙を成し遂げた。(編集部注)
演出は“追い込まない”スタイル
Q:主演の黒崎煌代さんとは以前から親交があったそうですね。
団塚監督:黒崎くんとの出会いは、僕がメイキングを担当した映画『さよなら ほやマン』の現場の時です。泊まり込みのロケでしたし、世代が近いということもあって、自然と仲良くなったんです。脚本を書いている頃から彼を主演にと思うようになり、書き上がったタイミングで「主演は黒崎でいきたい」とプロデューサーに伝えました。彼と一緒なら、きっと面白いものが作れるという予感があったんです。
Q:実際に監督・俳優として黒崎さんと組んでみていかがでしたか?
団塚:これまで彼が演じてきた役柄は明るいキャラクターが多かったですし、もちろん彼自身、そういうパーソナリティがあるんですけど、今回は彼が持っている、ごく普通の部分を撮りたかった。だから大きな演出をしたり、何かを追い込んだりすることはほとんどありませんでした。監督と俳優というよりは、友人という関係値のまま。クランクインからクランクアップまで、その関係性は変わらなかったですね。唯一彼に頼んだのは「(劇中で披露する)リフティングの練習をしておいて」くらいでした。
Q:それができるのは俳優としての黒崎さんに対する信頼が絶大だからというのもあったのでは?
団塚:もちろん黒崎への信頼もあります。ただ、もし仮に彼が下手だったとしても、それはそれでいいとも思っているんです。僕がその人を撮ると決めたわけなので。よく脚本を書く時に、(キャラクターの性格、特技、履歴といった)プロフィールをつくる方もいると思うんですが、僕はああいうのは書かないようにしていて。それでその人を決めてしまう感じが嫌なんです。だから僕は、脚本に書いていること以上の情報はほとんどわからないようにしていますし、僕もわかりません。
コワモテ・遠藤憲一にも物おじせず
Q:そのうえで役者の皆さんにはどのような演出をされました?
団塚:例えば、木竜さんから「この人(恵美)の職業って何なんですか?」と聞かれたことがあったのですが、「わからないです。どう思いますか?」みたいなところから始まっていく。(主人公)蓮のキャラクターに関して黒崎と話していたのは「恋人はいるのか」ということ。僕が「知らないけど、どう思う?」みたいな感じで聞くと、黒崎が「いると思う」と言うんで、「え、いるんだ!」と。
Q:むしろ役者と一緒に発見していく作業だった?
団塚監督:そうですね。なので僕は、役者さんがお芝居の中で積極的に挑戦できるような環境をどうやったら作れるか……ということを意識しました。実際に出来上がった作品に対しても「こんなふうになったんだ」という感じです。それを受け入れた方が映画作りも面白い。
その中で自分が思ったことはもちろん役者さんたちに伝えるんですけど、明確に「ここをこうしてほしい」と言ったのは遠藤さんくらいですかね。遠藤さんはベテランだし、顔が強面なので(笑)。結構緊張するんですけど、でも負けないぞって感じで。できるだけ思ったことを言うようにしてましたね。
「お蔵入りか……」から歓喜の報告
Q:この映画の企画はどのようにして生まれたのでしょうか?
団塚監督:2022年に、NDJC(若手映画作家育成プロジェクト)で、短編の『遠くへいきたいわ』を撮った後に長編を撮ろうと考え、本格的に脚本を書き始めました。そこで何度か脚本を練り直していく過程で、家族観に対する違和感みたいなものと、この東京という都市に対する違和感が、うまく重なる瞬間があって。この感覚を映画にすれば、単なる家族映画ではなく、もっと普遍的な物語になるんじゃないかと思ったんです。
人間関係や家族というものは、僕たちの意志とは関係なく、抗いようもなく変わっていくものだと感じていました。その感覚が、渋谷のように絶えず変わり続ける「町」の姿とすごく似ていると思ったんです。そうしたミクロとマクロの視点に共通する“抗えない変化”というテーマに強く惹かれました。
その感覚を映像に落とし込むために、撮影でも“抗わないこと”を意識しました。たとえば通常の撮影では、予期せぬ車などが映り込むことや、予期せぬ音が入り込むような違和感を排除すると思うのですが、僕たちはそれを排除しませんでした。むしろそれこそが今の都市のリアルな姿であり、正確に記録すべきものだと考えたからです。
Q:カンヌ映画祭の監督週間に選出された時はどう思いました?
団塚監督:正直、本当にびっくりしました。カンヌ(出品作)の正式発表が4月15日だったんですけど、その2日前の夜にプロデューサーから電話がかかってきて「驚かないで聞いてください」と。映画制作中はトラブルも多いので、「もう最悪……終わったわ。お蔵入りかも……」と覚悟しました(笑)。そうしたら「カンヌの監督週間に決まりました」と告げられて。喜びより先に驚きが勝ちましたね。
Q:上映後は約7分のスタンディングオベーションが起きたそうですが。
団塚:エンドロールがはじまる前から拍手がはじまったんです。皆さん、エンドロールを見ないで立ち上がって拍手をしてくれて。それはとてもうれしいことだったんですけど、エンドロールもめっちゃ頑張って作ったので、“みんなエンドロールも見てくれないかな”とは思っていました(笑)。でも映画体験として、日本と海外ではやっぱり違うんだなと思いましたし、貴重な経験でしたね。
ただ、海外の評価も大事ですが、今回は「日本に住んでいる観客の皆様にどうやったら面白いと思ってもらえるか」ということが重要でした。特に僕は東京出身で、東京の映画館で育ってきた人間なので、その思いは強かったです。もっと言えば「渋谷の映画館でこの映画を観た人に面白いと思ってもらいたい」くらいに考えていました。
たとえば映画って、劇中のロケ地の位置関係などで多少のうそをつくこともできるんですけど、それは今回の映画では、それをやっちゃダメだなと思っていました。やはり渋谷という都市を撮る上では、「MIYASHITA PARK」の向かいに「FREEMAN CAFE」があって。その間に歩道橋がある……といった位置関係を知っている人に向けて作るべきだと思ったんです。
これから若手がどんどん出てくる
Q:最近は団塚監督も含めて、海外で評価される若い世代の監督の活躍が目立っている感覚があります。
団塚:それこそ、山中瑶子監督や奥山大史監督などは海外で評価されていますよね。僕なんかは本当に偶然というか、ラッキーだったなと思っていて。今は素晴らしい才能を持った優秀な若い監督がたくさんいます。僕は自主映画出身なので、同世代の映画をいろいろと観ているんですが、これからもっとたくさんの才能が出てくると思っています。
例えば、僕の友人で村瀬大智という監督がいて。『霧の淵』という映画でサン・セバスチャン国際映画祭に行きましたし、今回の『見はらし世代』で音響をやってくれている岩崎敢志(崎=たつさき)くんや、音楽をやっている寺西涼くんも素晴らしい映画を撮る映画監督なので。そのうちみんなが注目する監督になるだろうなと思うので、みんなで盛り上がったらいいなと。だから僕も気を抜かずに、いい映画を作ることに集中できたらいいなと思っています。
映画『見はらし世代』は Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国公開中


