『果てしなきスカーレット』タイトルの意味は?細田守監督が4年ぶり新作の誕生の裏側明かす

細田守監督の4年ぶりの新作となるアニメーション映画『果てしなきスカーレット』が、間もなく11月21日より公開される。ウイリアム・シェイクスピアの戯曲「ハムレット」をモチーフに、復讐をテーマに描いた本作について細田監督は「例えば自分の娘が自分のために復讐をしようと思ったとしたら、僕は父親として絶対にやめろと言いたい。復讐を果たすよりも自分の人生を大事にしてほしい」と語っているが、そんな本作の誕生の裏側を語った。
本作は、父アムレットを殺された王女・スカーレットが復讐に失敗し、“死者の国”で再び復讐を図る物語。スカーレットの声を芦田愛菜、スカーレットと共に旅をする現代の日本人看護師・聖(ひじり)を岡田将生、スカーレットの宿敵・クローディアスを役所広司が担当するほか、市村正親、吉田鋼太郎、斉藤由貴、松重豊、山路和弘、柄本時生、青木崇高、染谷将太、白山乃愛、白石加代子、宮野真守、津田健次郎、羽佐間道夫、古川登志夫ら豪華な顔ぶれが名を連ねる。
制作が開始されたのは、コロナ禍があけたころ。「非常に苦しいコロナの時代が終わったと思ったら、世界で争いが続けざまに起こるようになった。そういう世界情勢を見ていて、“報復に次ぐ報復の先に一体何があるんだろうか”と思ったんです。そして復讐劇の元祖という意味でシェイクスピアの『ハムレット』をモチーフに作ろうと思いました。本来、復讐劇といえばエンタテインメント映画の王道。憎むべき敵を倒して爽快になるという。でも、今は善人と悪人がいて悪人を倒したら終わるという単純な構図ではなく、それぞれに正義があって、復讐を果たしたら今度は復讐された側の復讐劇が始まるわけです。この映画を作るのに4年もかかりました。その間に世界情勢が良い方向へ変わってくればよかったんですが、実際はそうではなく非常に複雑な気持ちです。しかし、このような状況下でもこの先の未来に不安を抱える若い人たちに少しでも寄り添えるような映画になれば良いな、と思いながら作っていました」
前作『竜とそばかすの姫』では「美女と野獣」をモチーフにしていたが、今回は古典「ハムレット」。父親を叔父に毒殺されたデンマークの王子ハムレットがその復讐を遂げようとする物語だが、「ハムレット」を題材にした理由を細田監督はこう振り返る。
「今の若い人たちは非常に思い悩んでいると感じます。いろんなことにがんじがらめなんですよね。とても不自由な気がします。例えば、SNSを見て人を妬んだり、余計な心配をしてしまい不安を感じたり。だけど僕自身『ハムレット』を読んでいた学生時代の頃でも、この先どうやって生きていけばいいのか、といった漠然とした不安はあったと思うんです。シェイクスピア作品の中でも『ハムレット』はとりわけ若者に寄り添っているように感じます。ハムレットは30歳ぐらいですけれども、若い人たちの不安な気持ちを時代を超え代弁しているような感じがしたんです。当時もそう感じたし、今回この映画を作るにあたって繰り返し読んだ時にも感じました。だからこそ、400年経っても普遍的な魅力のある物語なのではないかと思います」
スカーレットは父を殺した叔父クローディアスに復讐しようとするが失敗し、目覚めると“”にいた。すると、そこでも何らかの理由で“におちたクローディアスがいることを知ったスカーレットは再び復讐に立ち上がるが、旅の途中で看護師の聖と出会ったことによって葛藤することとなり、“赦し”という言葉が浮かび上がっていく。
「『ハムレット』では殺されて亡霊になった父親が息子のハムレットに、自身を殺した相手を“赦すな”と言います。そこから復讐が始まるわけですけれども、もしも逆のことを言ったとしたら余計悩むんじゃないかと思ったんです。 “どうしたら許せるの?”と。それは当たり前で、どちらか一方が許さないと報復の連鎖は終わらないと頭ではわかりつつも、そうはいかない。それでも、ずっと許さないまま復讐のために人生を費やしていくのかと思うと、それは何か違うのではないかと思う。自分の立場で考えても、もし自分の娘が自分のために復讐をしようとしていたら、僕は父親としては絶対やめろと言いたいんです。そんなのは無意味だから。仇をとると思ってくれる気持ちはありがたいかもしれないけれども、自分の人生を大事にしてほしい。絶対にそう思うと思うんですよ。もちろん、何が正解か、ということではないですし、『赦す』こと自体にもいろいろな考え方があると思います。そうしたことを一緒に感じて考えていただけたら、と思っています」
叔父クローディアスに復讐しようとするスカーレットとは対照的な心優しい看護師・聖というキャラクターには、細田監督がかつてコロナに罹患した際の体験が色濃く反映されているという。
「『竜とそばかすの姫』の制作中だったのですが、コロナにかかってしまって。“もしもこのまま悪化したらこの後、誰かが映画を引き継いでくれるだろうか”と不安を抱えていたのですが、その時に入院した病院の看護師さんたちがものすごく寄り添ってくださったんです。防護服を着用されていたので顔や姿はわからないんですけど、その優しさが伝わってくるわけです。看護を受けながら、その利他の精神を自然と持ち合わせているような、一種の才能が必要な職業だと感じました。スカーレットは一種の現実主義者。対して正反対の理想主義者として聖が横にいることによって、対比が生まれるのでは、と考えた時に、聖のキャラクターを表現できる職業として思い浮かんだのが看護師さんたちの姿でした」
なお、タイトルの「果てしなき」については「希望をもった言葉」として名付けたと細田監督は語る。
「『果てしなき』っていうのは、『終わりがない』ということですよね。『終わりなき』争いが『果てしなく』続くとも言えますし、肯定的に捉えれば、戦いを終わらせようとする努力が『果てしなく』、絶え間なく続いていくとも言えます。主人公は16世紀の王女ですけれども、彼女が生きた後の世界もそんなふうに続いていく。僕らも今、自分自身が果たせなくても、その次の世代が受け継いでくれるかもしれない。新しい考え方を生み出して、何かを終わらせてくれるかもしれない。そういう希望を持った言葉として名付けたつもりです」
満身創痍のスカーレットが「報復の連鎖」の果てにたどりつく答えは? 一見、壮大なようでいてごく身近なテーマが描かれており、見終えた後には“果てしない”余韻が残ることだろう。(編集部・石井百合子)


