木村拓哉、スターが貫いた“受け”の芝居『TOKYOタクシー』山田洋次監督はどう観たか

94歳を迎えた今もなお、精力的に映画製作を続ける巨匠・山田洋次監督。倍賞千恵子を主演に迎えた最新作『TOKYOタクシー』では、2006年の『武士の一分(いちぶん)』以来、およそ19年ぶりに木村拓哉ともタッグを組んだ。「クソの字がつくぐらい真面目」と評される木村のストイックな姿勢は、山田監督の目にどう映ったのか。
【撮り下ろしカット】素敵すぎる!『TOKYOタクシー』倍賞千恵子&木村拓哉
本作で木村が演じるのは、毎日休みなく働くタクシー運転手の宇佐美浩二。娘の音楽大学への入学金や車検代、家の更新料など次々とのしかかる現実に頭を悩ませている中年男性だ。これまで木村が演じてきたヒーロー的な役柄とは一線を画す、“市井の人”としての役どころとなる。そんな木村について山田監督は「彼は現場ではとっても誠実で、クソの字がつくぐらい真面目だね」と評する。
「自分が映らないシーンでも、いつもカメラの横にちゃんといてくれる。普通の俳優は出番がなければ帰っちゃうんだけどね。倍賞さんがお客で、彼が運転手なわけだから。倍賞さんだけを映して、運転手が映らない場合はいっぱいある。だから『もうおしまいだから帰ってもいいんだよ』と言うんだけど、彼は『いや、このカットではまだ僕はちゃんとここにいるんだから』と言って、カメラの横にじっといるんだ。珍しいよ、ああいう真面目さをスターが持ってるのは」。
山田監督が「クソ真面目」と評する木村の姿勢は、山田監督が『幸福の黄色いハンカチ』『遙かなる山の呼び声』などでタッグを組んだ伝説の映画スター、高倉健さんの姿と重なるという。山田監督は当時を懐かしむように「健さんもそういうところがあったね。彼も本当にクソ真面目だから。昼飯を食べないんだよ」と笑う。あるときはロケ撮影中におそばをふるまわれて、「うまそうだなあ」と呟く高倉さんに、「いいじゃないの、食べたら」と返したという山田監督。しかし高倉さんは「食いたいけど……私に餌をやると、働きが悪くなりますから」と言って固辞したという。
その言葉の真意を、山田監督はこう分析する。「お腹がいっぱいになると目の光が変わってくるんだよ。健さんはそれをよく知っていたんじゃないかな。お腹が空いている方が、目が強く光る。何か求める目になる。健さんの役はいつもそうだからね、何かを懸命に求めている」。
そして、そんな高倉さんのように、映画のために、自らを律して捧げるストイックな姿勢を木村に重ねたという山田監督は「彼もキャリアが長いから。そういうことを彼もわかっているんじゃないかな。役者が魅力的であり続けることはどういうことなのか。それはおしゃれをすればいい、みたいなレベルじゃない。人間として成長していかなければいけないってことだから」と感じたという。
高倉健、吉永小百合などをはじめ、山田監督はこれまで数多くの映画スターと仕事をしてきた。そして“木村拓哉”の名前で大勢の観客を劇場に呼ぶことができる木村もまた、映画スターの系譜に連なる俳優であるといえるが、山田監督にとって「映画スターを撮る」とはどういうことなのか。その問いに対して山田監督は「そんなことはあまり考えたことがないなぁ」と答えつつも、「僕たちのチームに、山田組の一員として『お迎えする』という感じかな。オーケストラで言うと、ピアノコンチェルトにピアニストをお招きするということ。僕たちと一緒に演奏しようと。そういうことです」。
本作では、かつてアニメーション映画『ハウルの動く城』で声優として共演した倍賞と木村が再び共演している。このキャスティングについて山田監督はこう解説する。「この映画の主役は、倍賞さんなんです。木村くんもはっきりそう言っている。だからピッチャーは倍賞さんで、彼はキャッチャーなんだな。受け止める役。それを彼はきちんと意識してやっているんじゃないかな」。
そしてその関係性は『男はつらいよ』シリーズにおける寅次郎とさくらの関係性を逆転させたようにも見える。「僕の映画での倍賞さんは、圧倒的に『男はつらいよ』のさくらでしょう。あれは寅さんの投げるボールを受け止める役で受け身の芝居だった。ダメなお兄ちゃんの尻拭いするのがさくらさんですからね。でも、そのさくらが今度の映画では積極的な芝居をする。そしてそれを普段は主演スターの位置にいる木村くんが受け止める役にまわる。ある意味でとても贅沢な形だったと思う」。
『男はつらいよ』でも、冗談も言えないようなまじめで仏頂面の男性と、柔軟な寅次郎との相性が非常に良く、寅次郎が冗談で彼らを苦笑いさせるシーンがしばしば登場してきた。そして本作では、職業として真剣な表情でハンドルを握っている木村に対して、倍賞演じるすみれが「笑顔を見せなさいよ」と茶化してみせるひと幕もあった。そんな木村の役柄について「衣装だって着たきりだしね。彼がどこかのブランドのジャンパーを着ればパッと売れるそうだけど、今度はそういうのは一切ない。でも、こういう役は、木村くんくらいのスターが出なきゃいけないんだ」と力説する。
笑顔を封印しているがゆえに、すみれとの交流で少しずつ見せてくる笑顔がものすごく印象的に映る。「彼がほほ笑むと、観客も一緒に楽しくなるんです。倍賞さんも『あなた、笑うといい男になるわね』なんてお世辞を言うわけだけど、木村くんは、まさにそれにふさわしいキャラクターだと思う」。その笑顔があるゆえに、観客も感情移入をさせられるのだろう。(取材・文:壬生智裕)
映画『TOKYOタクシー』は全国公開中


