「ばけばけ」最後に描くと決めていた「思ひ出の記」 脚本家が振り返るトキ&ヘブンの終着点

高石あかり(高=はしごだか)主演の連続テレビ小説「ばけばけ」(NHK総合・月~土、午前8時~ほか ※土曜は1週間の振り返り)の最終回が、27日に放送された。怪談を愛した小泉セツと夫ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)をモデルに、主人公・トキ(高石)とヘブン(トミー・バストウ)の何気ない日常の日々を描いてきた本作。脚本を書き終えたふじきみつ彦がインタビューに応じ、最終週の執筆秘話や、作品への思いを明かした。
朝ドラ(15分×125回)という大長編に初めて挑んだふじきは、主人公を誰にするかとなった時に、セツを主人公にしたいと自ら希望していたと振り返る。「最初にこの話を描くにあたって、他にもいくつか候補がある中、セツさんを主人公として選ばせてもらったのは、僕が会話劇が好きなことが影響しています。題材を固める中、この作品はヘブンとトキの会話がとても多くなると思ったんです。出てくる言葉もヘブンさん言葉、出雲言葉、時々英語も混じってくる……。コミュニケーションとしてはゆっくり噛みしめるような会話が増え、あまり見たことのないものに仕上がるだろうと思い、この題材に決めました。そこで生まれるおかしみのある会話こそ、僕の描きたい会話劇だと思ったんです」
トキとヘブンを演じた高石&トミーについては、「オーディションの時から、僕は『この二人が小泉夫妻をモデルにしたトキとヘブンになるんだよな……』と興味深く見ていました。その時はすでに本を書き始めていて、放送が始まると、見る見るうちに、二人が明治の時代に生きていた小泉夫妻のように見えてくるようになりました。実際の二人もきっと、この二人みたいな人物だったんだろうとリアルに感じられて、すごいものを見ているという気持ちになりました」と改めてその演技を評価した。
「いろいろ辛いこともあっただろうけど、それを乗り越える二人だったんだろうって思える芝居をきちんとしていたんです。松野家の人たちも、ほかの演者に対しても同じ気持ちでした。ドラマを見ていて、こんなにも人を愛おしく感じられるものなんだと驚きながら見ていました。セツさんと八雲さん、そしてトキやヘブンや周りのみんなが松江にいてくれてよかったと素直に思いながら見てました。高石さん、トミーさん、『ばけばけ』の人たちが今は本当に大好きです」
ヘブンの死と残されたトキの物語がつづられた第25週の終盤にかけては、「思ひ出の記」が印象的に取り上げられた。「思ひ出の記」はトキのモデルとなった小泉セツが、八雲の死後に書いた著作だ。ふじきは最終週にかけて、この「思ひ出の記」を取り上げることに強いこだわりがあったという。
「第25週の大まかなあらすじを書いていた時から『思ひ出の記』を取り上げようと決めていました。ヘブンが亡くなってしまった後、トキが今までの人生を振り返る術として『思ひ出の記』を書くんです。最終回は『思ひ出の記』を書いて終わっていくというのは、書き始めくらいから何となくスタッフと僕の中で決まっていたこと。というのも、セツさんの話って、あるようでないというか、『思ひ出の記』以外での資料がほとんどないんです」
「なるべくそこ(『思ひ出の記』)に書かれてある八雲との思い出を、最終盤で扱いたいと思っていました。本当はもっと取り入れたい気持ちがあったくらい。でも、泣く泣く、削った部分もいくつかありました。視聴者の方には、ドラマで足りなかった部分を補足するなら『思ひ出の記』を読んでくださいと言いたいです」
さらに、終盤にかけてのトキとヘブンの描写には気を遣ったとも振り返る。「トキとヘブンが第25週に至る道がそうでなければ、『思ひ出の記』に書いてあることは書けなくなるんです。そこへ至る二人の道が『思ひ出の記』に出てくるハーンとセツとは違うなとなったら、『思ひ出の記』は使えないということになる。そうならなかったのがよかったと思いました。死んだ後も『悲しまないで』とハーンがセツに言ったことが書かれているんですけど、『ばけばけ』のトキとヘブンもちゃんとそういう関係性になっていた。そういうことを言えるヘブンさんであったし、それを受け入れるトキでもあった。そこに着地できて積み重ねてきたことは間違ってなかったんだなと思いました」
最後に「ばけばけ」の登場人物の中でなりたいキャラクターを聞かれると、ふじきは勘右衛門(小日向文世)と答えた。「ちょうど数日前、家族と話していて、子供が、ドラマの中で一番誰が好きか聞いてきたんです。娘は錦織さん(吉沢亮)が好きって。理由は日本語と英語の両方をしゃべれるからだと。僕は、勘右衛門がすっと出てきました。割と僕の本の書き方を象徴しているキャラクターだなって思っていたんです。一切笑わせようとしていないけど、一生懸命やっていることが面白い。大真面目だけど笑えてしまう。勘右衛門のキャラクターにその部分が凝縮されているなと思っていました。自分の信念を曲げず、真面目に生きているところが好きなんです。生まれながらに自分が勘右衛門だったらよかったなと思うこともありました」と笑顔で話していた。(取材・文:名鹿祥史)


