斎藤工が自ら宣伝アンバサダーを志願した理由『サンキュー、チャック』熱い想い溢れるインタビュー公開

映画『サンキュー、チャック』の宣伝アンバサダーを務める斎藤工のインタビューが公開された。本作は、『スタンド・バイ・ミー』などの名作を生み出した スティーヴン・キングの短編小説を、『ドクター・スリープ』のマイク・フラナガン監督が映画化した感動のミステリー。第49回トロント国際映画祭では最高賞である観客賞を受賞している。
無類の映画好きとして知られる斎藤は、当初アンバサダー就任に悩みながらも、本作を観終わった後に「これは絶対に何か意味がある、縁がある」と確信し、自ら志願して就任するという異例の経緯を明かした。斎藤は本作の鑑賞について「『自分自身の人生も、一人一人の人生も一つの宇宙だ』ということを教えてもらった」「映画体験で、こんなに深いところまで感覚的にタッチされたというか、心の深い部分に触れられたのは初めて」と熱く語っている。
主演を務めるトム・ヒドルストンのダンスシーンについて、斎藤は「表情だったり、ダンス、身体表現というもののトム・ヒドルストンさんのさらなるフェーズを見せてもらった」と大絶賛。あのダンスパートに「生の喜び」が詰まっているとし、フラナガン監督の原作への愛とリスペクトを深く感じたと感服している。また、3章から始まり時間を遡る緻密な構成については「その見事さ、建て付けの妙に、エンドロールで拍手したくなった」と最上級の賛辞を贈った。邦題『サンキュー、チャック』についても「これも伏線」と分析する斎藤は、「今年1本観るとしたらこれでいい。これがいい!」と断言する。
映画『サンキュー、チャック』は5月1日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開。インタビュー全文は以下の通り。
斎藤工インタビュー全文
Q:なぜアンバサダーを引き受けたのか?
斎藤:僕は天邪鬼な人間なので、映画ファンとしても少し「アンバサダー」というシステムに違和感を感じることがあるんですね。それは、本当に心が動いて、その映画に何かを感じた方が務めるべきだなと思っていて、最初にお話を伺った時点では、自分も映画人として関わる作品の公開日が遠くなかったりするので、お断りする方が『サンキュー、チャック』にとっても良いんじゃないかと思っていたんです。でも、時折、色んな状況や環境、考えを凌駕する作品に出会えるのが映画だと思っていて、その大いなる一つであったということで、観終わった後に「これは絶対に何か意味がある、縁がある」と確信し、むしろこちらから志願させていただいたという流れです。
Q:映画をご覧になった感想
斎藤:宇宙について、小さい頃から壮大すぎて怖いものとして自分の中で捉えている部分もあったのですが、この映画を観終わった後に「自分自身の人生も、一人一人の人生も一つの宇宙だ」ということを教えてもらいました。映画を観てご教授いただいたというよりは、自分の中で感覚的に「こうなんじゃないか」と思っていたことが、答え合わせのようにこの映画によって正解に導かれた気がします。映画体験で、こんなに深いところまで感覚的にタッチされたというか、心の深い部分に触れられたのは初めてでした。
Q:原作者のスティーヴン・キングについて
斎藤:今回の『サンキュー、チャック』は、スティーヴン・キング自身が年齢を重ねて、ご自身の有限な未来というところを高い解像度で落とし込んでいる気がしました。そして、何より、深くて広いものは人一人の中にあるということではないかと思います。1章で担任の先生が言う「この手の間にあるものは・・・」ということの答えみたいなものが、スティーヴン・キングが作家としてもこの映画に全て自分の経験と今現在思うことを落とし込んでくれたのではないか思います、電光掲示板に出てくる一見会計士のチャックが白いノートに何か書こうとしている男に見えて、生みの苦しみも喜びもそこに表現されているようで、これはスティーヴン・キング自身なんじゃないかなと。自分の人生という物語をこの年齢で作品にしようと思われたんじゃないかと勝手に推測しています。
Q:トム・ヒドルストンのダンスシーンについて
斎藤:素晴らしかったです。彼が世界でトップの表現者だとは分かっていましたけど、セリフじゃない表現なんですよね。序盤は特に。全体を通して表情だったり、ダンス、身体表現というもののトム・ヒドルストンさんのさらなるフェーズを見せてもらいました。彼の佇まいや動きだけで、彼が出ていないシーンでも彼の息吹みたいなもの、心拍数みたいなもの、75のリズムがずっとある。あのダンスシーンが心臓の鼓動のバイオリズムというか、この物語全体の心臓、一人の男性の鼓動なんだという、生きている時の「生の喜び」が詰まったシーンでした。また、よく見るとダンスの誘い方なども、かつて自分が受けた誘われ方と同じだったりと、細かな演出、そして原作では想像でしか補えない部分を、おそらくスティーヴン・キングの理想形なんじゃないかという形で描かれている、マイク・フラナガン監督の原作への愛とリスペクトを深く感じました。
Q:作品全体の構成について
斎藤:結末から見せていくということでもないんですよね。でも、この謎解き感、答え合わせ感には、3章から始まる以外にないなと3回観て思いました。考え抜かれた構成だなと思いましたし、全部の章の頭で一回引き離されるんですよね。夢中にのめり込んでいた世界が急に分断されて、章が戻っていくという不思議な感覚になるんですけど、そこにこそ意味がある。登場人物になりきった最大の瞬間にそこでいきなりぶった切られる。でもそのブツ切りに見えるものが1章に繋がってくるという、この分断がなかったらないカタルシスになっていて、その見事さ、建て付けの妙にエンドロールで拍手したくなりました。
Q:邦題『サンキュー、チャック』について
斎藤:これも伏線だとわかってほしいです。タイトルの伏線回収も早々にできるけど、ダジャレで言っているというのをむしろ強く出して行ってほしいですね。どうしてもこの映画はスティーヴン・キングが原作、マイク・フラナガンが監督でどう言う映画なんだろうとなんとなく想像しないと映画館に人が行かない時代になってきている気がするんです。でもこれはある意味全ジャンルに該当する凄まじい映画だと思いました。だからこそポスタービジュアルや僕がアンバサダーをしていることなど「何だろう?」というクエスチョンがたくさん生まれると思うけど、その答え合わせが劇場でしかできないということが、ある意味強さではあると思う。このタイトルはそのクエスチョンを意図的に打ち出しているのではないか、考え抜かれたタイトルなんじゃないかなと2周観た後では思いました。


