『ルックバック』藤野の子ども時代を演じたのは?12歳の七瀬ふうりに注目

藤本タツキの傑作コミックを是枝裕和監督が実写化した映画『ルックバック』で、漫画に情熱を注ぐ主人公・藤野の幼少期という大役に抜擢されたのが、12歳の新星・七瀬ふうりだ。映画初出演ながら、是枝組を経験し、世界三大映画祭の一つであるベネチア国際映画祭への参加も果たした。目まぐるしいスピードで駆け抜けて11日には映画の初日を迎えた七瀬が、かけがえのない経験で得たこと、そして芽生えた女優業への情熱を語った。
オーディションで見せた物怖じしない度胸と「藤野」とのシンクロ
全国の劇場で初日を迎え、大勢の観客へ作品が届く瞬間を前に、スクリーンデビューを飾った七瀬の胸には初めて経験する高揚とプレッシャーが去来していた。これまでの舞台あいさつなどでは、屈託のない笑顔と天真爛漫な言動で、その場を楽しんでいるように見えた七瀬だが、「これがデビュー作なので、やっぱり緊張します。みんなからどんな反応が届くのか、不安もドキドキも混ざっています。観てくれた人に『いい映画だったな』って思ってもらえたらうれしいです」と目を輝かせる。
大抜擢の舞台裏を振り返ると、そこにはすでに主人公・藤野に通じる天性の度胸があった。映画界の第一線を走る巨匠の存在すら知らなかったという無垢さが、かえって彼女の自然な魅力を引き出すことになった。
「オーディションでは、事前のセリフ覚えもなく、夏休みの出来事を聞かれた時に、わたしが一番に『はい!』って元気よく手を挙げて自分の話をバンバンしたんです。その質問をした人が是枝監督だとは知らなくて、後で家族と調べて『すごい監督だったんだ!』って驚いたくらいで(笑)。だから緊張せずに普段のまま話せました」
漫画に情熱を注ぎ、誰にも負けたくないと意地を張る藤野を演じた七瀬。どんな役へのアプローチをしたのか問うと、「原作やアニメを観ることはしないでほしい」と言われていたとのこと。そして、演じていくうちにイメージできた自らを信じて突き進むヒロインの魂は、七瀬自身とリンクする部分が多かったという。
「自分に強い自信があるところや、負けず嫌いな性格はすごく似ているなと思います。オーディションで真っ先に手を挙げたのも、もしかしたら藤野っぽかったのかもしれません」
自然体のままで駆け抜けた是枝組の現場と、雨の田んぼ道
クランクインを迎えても、撮影現場に漂っていたのは過度な緊張ではなく、温かな空気だった。名匠が作り出す空間は、演技初挑戦の七瀬にとって、気負わずに自己表現ができる居心地の良さに満ちていた。
「是枝監督はもちろんですが、周りのスタッフさんも本当に優しくてノリが良くて、待ち時間もずっとおしゃべりしていました。堅苦しさがまったくなくて、ありのままの自分を出せる温かい場所でした」
台本に縛られることなく、その瞬間の感情を大切にする是枝メソッド。提示される感情の道しるべは明快で、物語の全体像を知らずとも、少女の心は真っすぐに動かされていく。
「監督は『思い通りに自由に動いていいよ』と言ってくれました。『この場面は悔しい気持ちだから、それをぶつけて走って』という風に、気持ちの向け方をわかりやすく教えてくれたので、無理に演じようとせず、自然に入り込むことができました」
京本役の岡田六花とは、実生活でも共通の趣味である絵の話題を通じて距離を縮め、まさに物語の二人のような関係性を築き上げた。
秋田県にかほ市の広大な自然の中で、ずぶ濡れになりながら駆け抜けた名シーンには、全身全霊で挑んだ実感が刻まれている。
「雨の降る田んぼ道を走る場面は、本当に寒くて大変でした。足元も悪い中で、体は冷え切っているのに心は飛び跳ねるほどうれしいという気持ちを表現しなければいけなくて。全力で走って2回撮り直しました。完成したフィルムの映像を観た時、すごく綺麗で、あの時精一杯頑張ってよかったなって思いました」
ベネチアで浴びた熱狂と、世界で知った映画の広がり
映画の完成に伴い、七瀬の歩みは秋田の美しい田園風景から、イタリア・ベネチア国際映画祭の華やかなレッドカーペットへと一気に飛躍する。初めて目にするヨーロッパの街並みや本場の料理を満喫する一方、海を越えた観客のダイナミックな反応は、映画という表現の力を強烈に実感させた。
「海外のファンの方たちの熱気や勢いがものすごくて、日本とはまた違う迫力でした。『サインをください!』ってたくさん声をかけてもらえて、まるで大女優になったような不思議な気分でした(笑)。監督もあちこちから名前を呼ばれていて、世界中で愛されているんだなって実感しました」
四季の移ろいを丁寧に追いかけながら紡ぎ出された映像美。にかほ市の情景とともに、チーム全員で作り上げたフィルムが国境を越えて届いていく醍醐味を、12歳の瑞々しい感性で受け止めた。
「夏を撮り終えて一度クランクアップしたあとに、監督から秋も撮影しようと提案があって、またみんなと集合して。時間をかけて土地の美しさを丁寧に切り取っていく映画作りの面白さを知ることができたし、本当に貴重な経験でした。映画ってすごいなと感じました」
「圧倒的な自信」を胸に、再びあの場所へ
オーディションを受ける前は演技の世界への関心も薄かったというが、一つの作品を創り上げる歓びに触れた今、その瞳には明確な未来への光が宿っている。
「普段の自分なら絶対にしないような感情を表現したり、漫画の描き方を教わったり、新しいことばかりで演じる楽しさを知りました。これからは(成長した藤野と京本を演じた出口)夏希さんや(蒔田)彩珠さんのように、たくさんの作品で活躍できる有名で魅力的な役者になりたいです」
12歳という多感な時期に得た大きな糧。自らの最大の武器を問われると、迷うことなく頼もしい答えが返ってきた。
「わたしの強みはメンタルの強さです。自分に対して圧倒的な自信を持っているので、それを武器にしてこれからのオーディションも勝ち取っていきたいです。そしてもっと演技力を磨いて、いつかまた是枝監督に呼んでもらえるような女優になりたいです」
約1年間、たくさんの人々の想いと、秋田県にかほ市の雄大な景色に包まれて完成した『ルックバック』。無我夢中で駆け抜けた七瀬は、確固たる誇りと大きな夢を抱き、新たな一歩を踏み出した。(取材・文・撮影:磯部正和)
実写映画『ルックバック』は公開中



