マーケティングでファッション界を変えた奇才、トム・フォード

映画に見る憧れのブランド

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トム・フォードロゴ
Alexander Pohl / NurPhoto via Getty Images

 ファッションデザイナーとして大成功しただけでなく、映画監督としても数々の賞に輝いたトム・フォード。今回は、キャリアの成功ばかりか、30年以上も連れ添うパートナーと息子にも恵まれた彼の人物像を、監督作から探ってみましょう。

天は二物を与えた

 「ファッション史は、トム・フォード以前とトム・フォード以後で、はっきりと分けることができる。彼はマーケティングの力を本当に理解した、最初のコンテンポラリー・デザイナーの一人である」(※1)と言ったのはフランス版VOGUE誌の元編集長、カリーヌ・ロワトフェルド

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トム・フォード、カリーヌ・ロワトフェルド
トム・フォードとカリーヌ・ロワトフェルド - Dimitrios Kambouris / Getty Images

 10代の頃はモデルとして活躍、美大卒業後はデザイナーとしてめきめきと頭角を現し、1994年にはグッチのクリエイティブ・ディレクターに就任。破産寸前だったグッチを都会的でセクシーなブランドへと変身させ、ディレクター就任後わずか2年でグッチの売り上げを90%も増やしました。(※2)

 2004年にグッチ グループから退社すると、自らのブランド「トム・フォード」を立ち上げたトム。クラシックなスタイルにシャープなラインと控えめな色調を取り入れた彼のスタイルは“エレガント・パーソナル”と称されています。(※1)グッチやイヴ・サンローランで培った「伝統に現代性を蘇生する」彼のスタイルは、着る人の個性が活かせるような控えめなデザインとトレンドが絶妙に融合し、とてもエレガントでモダン。「トム・フォード」は短期間で最先端の一流ラグジュアリーブランドへ成長しました。

 さらには、長年の夢だった映画監督デビューもし、デビュー作から数々の映画賞にノミネート、監督2作目では第73回ベネチア国際映画祭審査員大賞を受賞!

 モデル、ファッションデザイナー、映画監督など、マルチな活躍をみせるトム・フォード。その多才ぶりに感服してしまいます。

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イジメにあった少年時代

 今年8月に59歳になるトム・フォードはアメリカ・テキサス州オースティンで生まれました。アメリカ合衆国南部、テキサス州は1836年から1845年まで「テキサス共和国」として独立し、南北戦争では南部連合として戦った歴史があり、現在でも独立精神が旺盛で、進化論や政教分離の正当性を疑問視したイデオロギーで有名。保守派である共和党支持者が多く、カウボーイブーツにテンガロンハットを身につけて自らを“アメリカ人”ではなく、“テキサン”(テキサス人)と呼び、州民の35.7%が銃を所持するという全米でも高い銃所持率を誇っています。(※3)

 そんなマッチョなカウボーイ文化で育ったトムは、テキサンの“男らしい”男の子とは正反対で、フットボールや空気銃に一切興味がなかったことから、子どもの頃は拷問のようなイジメを受けていたのだとか。ただし、両親からはユニークな個性も受け入れられ、愛されて育ちました。現在では『ニューヨーク、アイラブユー』(2009)などで知られる映画監督のブレット・ラトナーとイジメ撲滅キャンペーンを行っているとのこと。(※2)

オデコの後退を指摘され、モデルを断念!?

トム・フォードと友人
スタジオ54の前にて。右から2人目がトム - Patrick McMullan / Getty Images

 小2のときからダブルのブレザーとローファーを身につけ、アタッシュケースをもって学校へ通っていたというトムは、秩序や規律を好む完璧主義者だったそう。(※4)やがて、ニューヨーク大学に進学して美術史を専攻しますが、1970年代の狂乱のディスコを描いたライアン・フィリップ主演作『54 フィフティ★フォー』(1998)の舞台となった伝説のディスコ「スタジオ54」に通い詰めるようになり、退学してしまいました。

 実は幼いころから映画スターになりたかった彼は、これを機にLAへ引っ越し、巧みな話術と美貌で多数のCMに出演、モデルとして活躍します。ですが、あるときヘアスタイリストから生え際の後退を指摘されて、モデルや映画スターとしてのキャリアに自信がなくなり、やめてしまったのだとか!(※2)

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10分毎に電話してやっと面接にこぎつけたキャリアスタート

 NYへ戻り、マーク・ジェイコブスも卒業したパーソンズ・スクール・オブ・デザインに入学した彼は環境デザイン学を専攻し、在学中にインターンを務めたクロエでファッションに目覚めます。

 1986年にパーソンズを卒業しますが、ファッションデザインの基礎がなかったことから就職が難しく、トムはNY在住のデザイナーキャシー・ハードウィックに10分おきに電話をかけて、やっと面接にこぎつけて就職しました。翌年、当時ペリー・エリスでデザイナーを務めていたマーク・ジェイコブスの紹介で同ブランドのスポーツウェアデザイナーに転職。

 1990年、トムは恋人でファッションエディターのリチャード・バックリーとミラノに転居し、グッチのデザイナーとして働くようになりました。

グッチを甦らせてファッション界の頂点へ

グッチロゴ
Franco Origlia / Getty Images

 実は、13歳のときからグッチのローファーを愛用していたトム。トムが働きだしたときのグッチは破産寸前で、新しく生まれ変わるために若いデザイナーを求めていました。もともと馬具会社としてスタートしたグッチは、茶系でまとめたカントリー調の“クラシック路線”を継承していましたが、トムはシャープなカッティングと黒を取り入れてハンドバッグをリメイクし、スリムなスーツやスパイクヒールなど都会的なスタイルを発表。1994年、グッチで4年間デザイナーとして成功していた彼は同ブランドのクリエイティブ・ディレクターに大抜擢を受けます。

 それまでグッチの商品はライン毎に違うデザイナーがデザインし、グッチ全体としての統一性に欠けていましたが、トムはグッチの伝統を守りながら時代性を取り込む“ファッション路線”を提案。商品や広告からウィンドー・ディスプレイ、店舗装飾、ショッピングバッグにいたるまですべてを彼が決定し、グッチのトータルブランドイメージを構築した戦略は大当たり! 

ポルノ・シック
セクシーなコレクションは「ポルノ・シック」と称された - Guy Marineau / Conde Nast via Getty Images

 1995年に開催されたウィメンズウェアのショーでは、スーパーモデルたちが開襟したサテンシャツとベルベットのローライズパンツ姿で登場し、グッチはセクシーなラグジュアリーブランドとして見事に再生しました。トムは当時スタイリストだった カリーヌ・ロワトフェルドとファッションフォトグラファーのマリオ・テスティーノとともにセクシーな広告キャンペーンを打ち出し、彼らのスタイルは「ポルノ・シック」と称されるほど。(※1)  

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初監督作『シングルマン』で伝えたかったこと

コリン・ファース
『シングルマン』より - The Weinstein Company / Photofest / ゲッティ イメージズ

 グッチ グループ退社後、昔からの夢であった映画の世界に関わりたくてフィルム・プロダクション会社を設立。(※2)2009年に映画『シングルマン』で、ついに監督としてデビューしました。ベネチア国際映画祭や英国アカデミー賞の主演男優賞をコリン・ファースにもたらした本作は、1962年のLAを舞台に、ゲイである大学教授ジョージ(コリン)が恋人ジム(マシュー・グード)を亡くした哀しみから、自殺をはかろうとする一日を描いた物語。ところが計画どおりに進まず、元恋人のシャーロット(ジュリアン・ムーア)や教え子のケニー(ニコラス・ホルト)の存在が、“死”を迎えるはずだった一日を変え、彼の最後の一日は鮮やかな“生”へと変貌していきます……。

 ジョージがジムを回想する過去、“死”に捉われる現在、“生”への希望と、彼の心の移ろいによって光と色調が変化する斬新な映像で織り成され、普段見落としがちな日常や人間同士が紡ぐ絆の“美しさ”を映し出した作品。ここには、トムの切実な“愛の信念”がつまっているよう。

トム・フォード、リチャード・バックリー
トム・フォードと夫のリチャード・バックリー - Larry Busacca / VF14 / WireImage / Getty Images

 1986年、当時「WWD(ウィメンズ・ウェア ・デイリー)」の編集者だったリチャード・バックリーとトムは、エレベーターで偶然一緒になると瞬く間に恋に落ちました。1か月以内には同棲するようになり、それ以来現在にいたるまでずっと仲むつまじく暮らしています。1989年にリチャードが重度の喉頭ガンを患ったときも献身的に看病し、2011年に二人は結婚して、翌年には息子を迎えました。

言い合いや喧嘩が続く難しい時期があっても、尊敬してやまない相手なら、その人以上の相手は見つからない。努力して、一緒にいるべきだ。離れてはいけない」とイギリスのWEB版VOGUEに話したことがあります。(※5)

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監督2作目『ノクターナル・アニマルズ』で証明したかったこと

トム・フォード
第73回ベネチア国際映画祭審査員大賞を受賞 - Primo Barol / Anadolu Agency/Getty Images

 『シングルマン』以来、トムが7年ぶりにメガホンをとった監督第2作目『ノクターナル・アニマルズ』(2016年)は、第73回ベネチア国際映画祭で審査員大賞を受賞した傑作サスペンス。エイミー・アダムス演じる現代アートのギャラリスト、スーザンは、LAに住む富裕層として全てを手にしているはずなのに喪失感に悩まされる日々。そんなとき、20年前に離婚した元夫のエドワード(ジェイク・ギレンホール)から彼が書いた小説『ノクターナル・アニマルズ(夜の獣たち)』が送られてきます……。

 テキサスを舞台にした悲惨な殺人事件を描いた小説、スーザンとエドワードが結婚していたニューヨークの過去、スーザンが住むLAの現在……小説、過去、現在の3つの世界が交錯する美しくも残酷なミステリーに仕上がっている本作。作中映し出される煌びやかで虚飾的なアート界はあたかもトム自身が住むハイファッションの社会を、粗野で暴力的なテキサスの世界は彼が幼少時代に受けた傷を、表現しているかのようです。

エイミー・アダムス
『ノクターナル・アニマルズ』より - Focus Features / Photofest / ゲッティ イメージズ

 ちなみに、「トム・フォード」ブランドとして映画を観てほしくないからという理由で、自身のブランドをあえて本作で使用しなかったと言うトム。マーケティングの観点で考えると、映画の衣装として「トム・フォード」ブランドを使えば、映画だけでなくブランドの宣伝にもなり、作中登場した衣装のラインを限定販売することだって可能でした。なのに、なぜそうしなかったのかーー。

 なぜなら、映画は商業的な目的ではなくアート活動として作っているから。「僕は商業的なファッションデザイナーで、やっていることは“売る”ことなんだ。でも、映画製作は僕にとっては最もアーティストに近いこと。甘やかされているように聞こえるだろうけど、収入源はほかにあるから、情熱のために映画を作っているんだ」とVULTUREとのインタビューで吐露しています。(※6)

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アイコニックなスーツはシャイを隠す“鎧”!?

トム・フォード
『シングルマン』を撮影しているトム・フォード - The Weinstein Company / Photofest / ゲッティ イメージズ

 なんと、『ノクターナル・アニマルズ』の撮影中もスーツを着用していたというトム。身体にぴったりとあったシックなダークスーツは彼のアイコンですが、これには理由が。「スーツは鎧」「トレーナーを着ると弱くなった気がするんだ」とガーディアン紙のWEB版のインタビューで語ったことがあります。(※7)

 本当はシャイであまりパーティーにも出かけないという噂のトムに、2006年頃、ニューヨークの化粧品会社で勤務していた筆者は「トム・フォード ビューティー」のイベントで会う機会がありました。ファッション界の大物はモデルのようなアシスタントや業界人など大勢の取り巻きに囲まれているのが一般的ですが、彼は数人と普通に立ち話をしていたのが印象的。「素晴らしい発色のコスメラインですね」と話しかけると、「赤とゴールドの色を気に入ってくれたらいいんだけど」と、とっても謙虚! 長身でびっくりするほどハンサムなのに、全く威圧感がなく、少しはにかむような笑顔で握手してくれたことを覚えています。

トム・フォード
サインに応じるトム・フォード - Bennett Raglin / Getty Images for Tom Ford Beauty

 人種差別発言を放ち一時はファッション界から追放されたジョン・ガリアーノ、アルコールやドラッグ依存症に陥ったマーク・ジェイコブス、鬱病やドラッグ中毒に苦しみ自ら命を絶ってしまったアレキサンダー・マックイーン……。トム・フォードと同じく1990年代から2000年代初頭に一世風靡したデザイナーたちはどこか病んでしまったなか、彼だけはファッション界での大成功を尻目に自分自身の道をマイペースに進み、公私共にバランスのとれた素晴らしい人生を謳歌している印象をうけます。

 セレブとして担ぎ上げられ、等身大の自分よりも大きくなってしまったパブリックイメージとのギャップに苦しんだ彼らとは違い、“日常”や“人と人との関係”に真実の美しさを見出だす奇才トム・フォード。このブレない信念こそが彼の生きる原動力であり、創作の源なのです。

 「物事を正しく捉えないといけない。自分ができるうちに物質的な成功を楽しむのはいいけれど、それらは究極の幸福を運んでこない。僕にとって幸せとは夫のリチャードと4歳(当時)の息子、そして人生において大切な人々なんだ」by トム・フォード(※6)

トム・フォード
Alberto E. Rodriguez / Getty Images

【参考】
TOM FORD - ABOUT TOM FORD
※1…東洋経済新報社「グッチの戦略 名門を3度よみがえせた脅威のブランドイノベーション」福永輝彦/小山太郎/岩谷昌樹著
※2…DU BOOKS disk Union 「ファッション・アイコン・インタヴューズ」ファーン・マリス著 桜井真砂美訳
※3…Gun ownership by state - CBS NEWS
※4…駿台曜曜社株式会社 「高級ブランド戦争ーヴィトンとグッチの華麗なる戦い」ステファヌ・マルシャン著 大西愛子訳
※5…Tom: It Was Love At First Sight - VOGUE
※6…Tom Ford on Nocturnal Animals, Loving Film More Than Fashion, and Casting Through Google - VULTURE
※7…Tom Ford: ‘I wore a suit on set. It's a uniform… I feel weak in trainers’ - The Guradian

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此花さくやプロフィール

此花さくや

映画ライター。ファッション工科大学(FIT)を卒業後、「シャネル」「資生堂アメリカ」のマーケティング部勤務を経てライターに。アメリカ在住経験や映画に登場するファッションから作品を読み解くのが好き。
Twitter:@sakuyakono
Instagram:@sakuya
writer

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