映画以上に激動の人生!帝王イヴ・サンローランが遺した8つの偉業【第5回イヴ・サンローラン】

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YSL
Photo by Evan Kafka / Liaison / Getty Image / ゲッティ イメージズ

 こんにちは、映画で美活する映画美容ライターの此花さくやです。

 “モードの帝王”と称されたイヴ・サンローラン。18歳でクリスチャン・ディオールに才能を見込まれ、後継者としてディオール直々に育てられました。1958年のディオールの突然の死で21歳という若さでクチュリエに抜擢された彼は、鮮烈なデビューを飾りました。

 1961年に自身のオートクチュールメゾンを立ち上げてからも、その才能は枯れることなく2002年の引退までモード界に君臨。今回はそんなサンローランがわたしたちに遺した8つの偉業とそれにまつわる映画をご紹介します。

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1:1958年 マタニティードレスの原型となったトラペーズ・ライン

 1955年に開催された国際羊毛事務局のコンテストで優勝したことがきっかけでクリスチャン・ディオールに気に入られたイヴ・サンローラン。同コンテストでは、現在“モードの皇帝”と呼ばれるカール・ラガーフェルドもコート部門で優勝しました。

 経験不足で無名のサンローランをクチュリエに登用することはディオール・メゾンにとってギャンブルピエール・ニネがサンローランを演じる『イヴ・サンローラン』(2014)では、初コレクションのプレッシャーが若いサンローランの肩に重くのしかかる様子が痛々しく描かれています。

イヴ・サンローラン
激似ぶりが話題となったピエール・ニネ版『イヴ・サンローラン』より - The Weinstein Company / Photofest / ゲッティ イメージズ

 ですが、コレクションまでわずか9週間しか残されていなかったのにも関わらず、サンローランが発表したトラペーズ・ラインは大成功!

 このコレクション直後、インタビューに答えるサンローランの貴重な映像をドキュメンタリー映画『イヴ・サンローラン』(2010)で発見! はにかんだ微笑のとても内気なサンローランが初々しく、トラペーズ・ラインにパリ中の人々が熱狂した様子がリアルに伝わります。

 トラペーズ・ラインの柔らかな素材とゆったりとしたシルエットは若者から注目を集め、現在のマタニティードレスの原型に。当時、ディオール・メゾンの顧客は“ニュー・ルック”ファンの中高年が殆ど。若者にとってコルセットやのりを効かせたニュー・ルックは窮屈な洋服として敬遠されていました。

 ところが、トラペーズ・ラインはニュー・ルックのファンを満足させながらも、若い顧客層を取り入れることに成功したのです!

2:1965年 アートとファッションをつなげたモンドリアン・ルック

 トラペーズ・ラインの大成功もつかの間、翌1959年に発表した膝の上で絞ったスカート、ホブル・スカートは大不評。続く1960年には、ストリートで流行っていたビートニクス・ファッションをクチュール風にしたビート・コレクションをリリース。これは、暴走族風の革ジャンやカジュアルなカーディガンにファーを縁取りをしたスタイルでしたが、クチュールの顧客には理解されませんでした。

 不幸は重なり、アルジェリア戦争で戦っていたフランス軍にサンローランは徴兵されてしまいます。何を隠そう、サンローランにとってアルジェリアは故郷。在アルジェリアのフランス人を両親にもったサンローランは、生まれ育ったアルジェリアと祖国であるフランスの戦争に心を傷めます。その上、ゲイである理由から軍隊でもイジメにあい、従軍後20日にして精神病院に入院させられ電気ショックなどの過酷な治療を受けます。

 ボロボロになって帰還したサンローランを、ディオールの経営者であるマルセル・ブサック無慈悲にも解雇。これがきっかけで、1960年にサンローランは公私共にパートナーで著名な企業家であったピエール・ベルジュと共に自身のメゾン『イヴ・サンローラン(YSL)』を立ち上げました

サンローラン
ギャスパー・ウリエル版『サンローラン』より - Sony Pictures Classics / Photofest / ゲッティ イメージズ

 ギャスパー・ウリエルがサンローランを演じる映画『サンローラン』(2014)からは、1960年代から1970年代の空気が生々しく伝わってきます。反権威主義のムードが若者のなかで蔓延しており、市民運動や学生運動が盛んな時代。

 そんな中、クチュリエとして支配階級のハイカルチャーを牽引する自分、労働階級や若者が率いるカウンターカルチャーに加わりたい自分……こういった心の葛藤とクチュリエとしての重圧が、次第にサンローランを蝕んでいき、アルコールやドラッグ、退廃的なセックスに溺れていく様子が、鮮烈に描かれています。

 1965年、現代画家ピエト・モンドリアンの作品をモチーフにしたモンドリアン・ルックはランウェイでスタンディングオベーションを巻き起こしました。シンプルな線と色で“世界の普遍性”を表現したと言われているモンドリアンの絵画を洋服にすることで、サンローランは何を伝えたかったのでしょうか?

3:1966年 パンツを女性のワードローブに加えたスモーキング

 1966年のコレクションで発表されたスモーキングは女性のワードローブを永遠に変えたと言っても過言はありません。"Les Smokings"はフランス語で“タキシード”という意味。女性のパンツルックはシャネルなどがずっと以前に発表していましたが、1960年代半ばになっても女性の日常着として定着していませんでした。

 例えば、ニューヨークのプラザホテルではパンツ姿の女性はレストランでの食事を断られていたとか! この時代、パンツに身を包む女性はレズビアンだと見られていたそうです。

ベティ・カトルー&サンローラン
ロンドンのニューショップオープン時、左がベティー・カトル、右がもう1人のミューズ、ルル・ド・ラ・ファレーズ - Keystone-France / Gamma-Keystone via Getty Images

 映画『サンローラン』(2014)では、クラブで踊っている金髪の長身美女(エメリーヌ・ヴァラーデ)にサンローラン(ギャスパー)が話しかけるシーンから始まりますが、この女性はサンローランの生涯のミューズで親友となったベティー・カトル

 背が高く痩せた少年のようなベティーは、まるでサンローランをそのまま女性にしたような中性的な容姿でした。サンローランはベティーをミューズにスモーキングを創り上げます。

 スモーキングは男性が正装としてタキシードを着るように、女性がフォーマルな場でも着られるパンツスーツとしてデザインされました。結果、男女平等を求める女性たちの間で一世風靡! 

 サンローランは男性服を女性に着せることによって、女性がもはや男性のエスコートを必要としないことを証明しました。同時に、中性的な新しい女性美を確立し、世界中の女性にパンツスーツを浸透させたのです。ほかのクチュリエも同じような細身のパンツスーツを作ろうとしましたが、どうしてもサンローランのテイラード技術をコピーできなかったのだとか。

4:1966年 若者にもハイファッションを!クチュリエで初めてプレタポルテへ進出

 1960年半ば、オートクチュールの顧客は激減していました。富裕層でさえポップアートや音楽で賑やかなデパートでプレタポルテ(既製服)を手軽に買うようになっていたからです。

 ドキュメンタリー映画『イヴ・サンローラン』(2010)のインタビュー映像で、「お金のない若い人向けの服がないと言われる。だからわたしは、ポジティブな未来のためにそんな状況を変えようと思う」と答えたサンローラン。

 1966年、ほかのクチュールメゾンに先駆けて、サンローランはオートクチュールのブティックが立ち並ぶセーヌ川の反対側にプレタポルテのブティック『イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ』をオープン

 サンローランは、クチュールの顧客には受け入れられないストリートファッションをプレタポルテに打ち出しました。『イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ』は瞬く間にファッショニスタたちの間で大人気となり、世界中にサンローランの帝国が広がりました。

5:1967年 女性解放を表現した映画『昼顔』のミリタリー・ルック

 「わたしたちは少しずつ心を開いていって、特別な絆が芽生えたわ」とサンローランについて語ったカトリーヌ・ドヌーヴ。映画『シェルブールの雨傘』(1964)でスターダムにのし上がったドヌーヴは、ロンドンで女王陛下に謁見するためのドレスをサンローランに頼みます。そして、それを機に『昼顔』(1967)の衣装を担当することになりました。

昼顔
映画『昼顔』より - Allied Artists / Photofest / ゲッティ イメージズ

 シュールレアリストのルイス・ブニュエルが監督したこの傑作は、裕福な夫と結婚した貞淑な妻が性的な妄想に取り付かれて娼婦になる物語。

 本作では、当時の女性にはタブーとされていたあらゆるルールをドヌーヴ演じるサヴリーヌが破ります。それは、従順な妻の役割だけでは満足できない、その時代の女性の心理を描いていました。事実、1960年代のフランスでは避妊が合法化され既婚女性の権利が向上されるなど、女性解放運動の真っ只中

昼顔
映画『昼顔』よりミリタリー・ルックのドヌーヴ - Allied Artists Pictures Corporation / Photofest / ゲッティ イメージズ

 フレンチエレガンスを体現する保守的なイメージだったドヌーヴにあえてミリタリー・ルックを着せたサンローランは、“戦うメンズ服”で女性解放を表現したのかもしれません。

 この後もドヌーヴはサンローランのミューズであり続け、フランソワ・トリュフォー監督の『暗くなるまでこの恋を』(1969)の衣装もサンローランは提供しています。

6:1968年 女性の肉体差別に挑んだシースルー

 最近SNSで見られる#FreeTheNipple(@乳首を開放せよ)というハッシュタグをご存知でしょうか? これは、「男性の乳首はタブーではないのに、なぜ女性の乳首だけ“性的”に見られるのか?」という女性の肉体差別に問題提起をしている運動です。

 実際に、女性の乳首を見せることが禁じられているインスタグラムに、ナオミ・キャンベルウィロウ・スミスウィル・スミスの娘)がトップレスや女性の乳首が写ったトップスを着た姿を投稿して話題になりました。

 しかしながら、サンローランは今から半世紀ほど前にシースルーを発表していたのです! 1968年のシースルードレスは、女性の上半身が完全に透けて見えるという大胆なもの。サンローランは、女性の肉体への差別をファッションで表現したと考えられています。

7:1971年 自分のセクシュアリティーを表明したヌード広告

 社会の動きを敏感に察知してファッションに表したサンローラン。そして、その表現方法はファッションだけに終わりませんでした。なんと1971年には、フレグランス『YSL プールオム』の広告にサンローラン自身がヌードに! 

 写真家ジャンルー・シーフが撮影したこの広告は挑発的だという理由で、多くの雑誌が掲載を禁止にしましたが、サンローランは伝説のゲイアイコンとなりました。

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Photo credit: Pierre Boulat / Photofest / ゲッティ イメージズ

 この頃活躍したロシアのバレエダンサーのルドルフ・ヌレエフなどの著名人は、ゲイであることを私生活では隠してはいませんでしたが、わざわざ公の場でオープンにすることもありませでした。なのに、サンローランは自身のセクシュアリティーを世界に表明したのです! 

 ギャスパー主演の『サンローラン』とピエール主演『イヴ・サンローラン』にはサンローランと倒錯的な愛に耽る美しい恋人、ジャック・ド・バシャールも登場。作中、バシャールの恋人として名前が出てくる“カール”は、実はカール・ラガーフェルドを指しているのだとか。 

8:ダイバーシティをいち早くランウェイに取り入れた

 現代社会でさえダイバーシティ(多様性)に欠けていると言われていますが、サンローランはクチュリエとしていち早く有色人種をモデルに登用しました。

 映画『サンローラン』(2014)のクライマックスを飾る1976年のロシアンコレクションでは黄色人種から黒人まで多様な人種のモデルが颯爽とコレクションを歩きます。

サンローラン
映画『サンローラン』より - Visual Press Agency / アフロ

 そして、こんな逸話も。ある日、ナオミ・キャンベルがサンローランに「フランス版ヴォーグのカバーガールにはアフリカ系モデルはなれないのよ」と言ったところ、サンローランは「僕に任せてくれ。なんとかするから」と請け負ったとか。その後まもなく、彼女はフランス版ヴォーグのカバーガールに抜擢されたそうです。 

 44年もの間、“モードの帝王”と呼ばれるほどの偉業を成し遂げたサンローラン。一方、クチュリエとしての人生は彼の心と体を消耗しつくしました。地獄のような苦しみの中でファッションの創造へとサンローランを突き動かしたものは何だったのか?

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晩年もそのスタイルは変わらず! - Empire Pictures Inc. / Photofest / ゲッティ イメージズ

 「わたしは現代女性のワードローブを創造し、時代を変革する流れに参加したのです。うぬぼれるようですが、わたしは昔から固く信じていました。ファッションは女性を美しく見せるだけではなく、女性の不安を取り除き、自信と自分を主張する強さを与えるものです」。(ドキュメンタリー映画『イヴ・サンローラン』(2010)より)

     
【参考】
DAZED digital

FASHION & CINEMA

Smithsonian.com

GENTLEMAN'S GAZETTE

FASHION MOLE

Harper Collins Publishers 『Yves Saint Laurent A Biography』 Alice Rawsthorn

文庫クセジュ『オートクチュールーーパリ・モードの歴史』フランソワ=マリー・グロー著 中川高行/柳嶋周訳 鈴木桜子監修

文化出版局『ファッションの仕掛人 ブランメルからサンローランまでの23人』アーネスティン・カーター著 小沢瑞穂訳

中央公論新社『カトリーヌ・ドヌーヴ perfect style of Deneuve』マーブルブックス編

中央公論新社『イヴ・サンローランへの手紙』ピエール・ベルジェ著 川島ルミ子訳

此花さくやプロフィール

此花

 「映画で美活する」映画美容ライター/MAMEW骨筋メイク(R)公認アドバイザー。洋画好きが高じて高3のときに渡米。1999年NYファッション工科大学(F.I.T)でファッションと関連業界の国際貿易とマーケティング学科を卒業。卒業後はシャネルや資生堂アメリカなどでメイク製品のマーケティングに携わる。2007年の出産を機にビジネス翻訳家・美容ライターとして活動開始。執筆実績に扶桑社「女子SPA!」「メディアジーン」「cafeglobe」、小学館「美レンジャー」、コンデナスト・ジャパン「VOGUE GIRL」など。海外セレブのファッション・メイク分析が生きがいで、映画のファッションやメイクHow Toを発信中!

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