非常識と常識の境界線を切り崩すアバンギャルド、ジャン=ポール・ゴルチエ

映画に見る憧れのブランド

ジュリエット・ビノシュ、是枝裕和、カトリーヌ・ドヌーヴ
レッドカーペットでひときわ注目を集めたカトリーヌ・ドヌーヴ - Stefania D'Alessandro / WireImage / Getty Images

 先日の第76回ベネチア国際映画祭でひときわ目を引いた女優、カトリーヌ・ドヌーヴ。オープニングを飾った是枝裕和監督作品『真実』のレッドカーペットで、監督や共演者のジュリエット・ビノシュらとともに颯爽と登場した彼女がまとっていたのは、ジャン=ポール・ゴルチエの個性的なドレスでした。アバンギャルドの旗手、ゴルチエが衣装担当した映画から彼の世界観を探りましょう。

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美的感覚は祖母との思い出から

ジャン=ポール・ゴルチエ
ジャン=ポール・ゴルチエ - George Pimentel / WireImage / Getty Images

 1952年フランスに生まれ、今年4月に67歳になったジャン=ポール・ゴルチエは、優しく導いてくれた祖母から美的感覚を養いました。彼女のおしろいやマニキュアの匂い、きつくしめていたコルセットやモード誌……1950年代や60年代に見た“女らしい”祖母の影響で、幼い頃からファッションに興味をもったゴルチエはぬいぐるみのテディベアに “ブラ” を作るほど服に傾倒していったのだとか。(※1、※2)

 そのうちに彼は自分のスケッチをパリのトップデザイナーに送るようになり、18歳のときにオート・クチュールの巨匠ピエール・カルダンの目にとまり、彼のアシスタントとして働き始めます。

日本人からデザイン画を学んだ!?

ゴルチエメッセージ
東日本大震災の際には日本語でメッセージを寄せた - Jun Sato / WireImage / Getty Images

 当時、カルダンのメゾンには多数の日本人女性がデザインアシスタントとして働いていました。ファッションの正規教育を受けていなかったゴルチエは、彼女たちからデザイン画や日本の美意識・繊細さを学び、当時の日本人コミュニティーにも参加して日本のカルチャーを楽しんでいたそう。さらに、ケンゾー(KENZO)の高田賢三の斬新なシルエットやカッティングには「自分もこういうことがやりたい」と思うほどインスパイアされたとか。(※3)

 1976年、24歳のときにビジネスパートナーが見つかり、自身のブランドを立ち上げたゴルチエが発表した、バイカージャケットにチュチュをコーデしたスタイルや、わらで編んだドレスは、当時保守的だったフランスのファッション界よりもセックス・ピストルズのパンクロックが席捲中のイギリスや日本から注目されました。(※2) 

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ポストパンクに影響された“常識と非常識のハイブリッド手法”

ジャン=ポール・ゴルチエ
Jean-Claude Deutsch / Paris Match via Getty Images

 1980年代、ポストパンクのロンドンに巻き起こっていたストリートファッション旋風にインスパイアされたゴルチエは、あちこちから集めた素材を組み合わせてひねって使うというハイブリッドな手法を多用するように。例えば、フェイクファーのシャネルスーツのパロディにウェストにシャワーホースを巻いたり、茶こしのイヤリングや缶詰のブレスレットなど、本来は合わないもの同士をくっつけてアバンギャルドなスタイルにするのが彼のトレードマークになりました。(※2)

古典とモダンをハイブリッドに融合した『コックと泥棒、その妻と愛人』

コックと泥棒、その妻と愛人
映画『コックと泥棒、その妻と愛人』より - Mondadori via Getty Images

 このゴルチエのハイブリッド志向は、ほかの分野のアーティストとのコラボレーションにもつながることに。美術学校出身で画家を目指していたイギリスの鬼才映画監督、ピーター・グリーナウェイの『コックと泥棒、その妻と愛人』は、高級フレンチ・レストランを舞台に、レストランの“コック”(リシャール・ボーランジェ)、顧客の傲慢で残忍な“泥棒”(マイケル・ガンボン)、泥棒の夫に虐待されている“妻”(ヘレン・ミレン)、彼女の“愛人”である学者(アラン・ハワード)の4人の男女が繰り広げる官能と暴力に満ちたドラマ劇。

 コックは善良なイギリス小市民、泥棒はサッチャー信奉者、妻はサッチャーに虐げられる民衆、学者は議論ばかりで何も変えられない野党を示唆し、グリーナウェイが当時の首相マーガレット・サッチャーを風刺した作品だとも考えられます。イギリスは、それまでの社会福祉を充実させた社会民主主義路線から新自由主義路線(サッチャリズム)へと転換しようとさまざまな政策が施行され、反サッチャー派の暴動が各地で起こっていました。

ジャン=ポール・ゴルチエ
映画『コックと泥棒、その妻と愛人』衣装デザイン画の前にて - John van Hasselt / Sygma via Getty Images

 レストランにはオランダバロック(16世紀から17世紀のオランダ黄金期時代の絵画)を代表するフランス・ハルスの名画が飾られており、ゴルチエはこの絵画にもインスパイアされて衣装を作ったのだとか。(※4)物語はダイニング、キッチン、バスルームと3つの部屋がメインで、登場人物が部屋を移る度にインテリアと衣装の色彩がグリーン、レッドからホワイトなどに変化するなど、非常に斬新で世界中の批評家から絶賛されました。

 バロック朝やヴィクトリア朝を思わせる古典的なコルセットやフェザーを、プラスチックなどのモダンな素材を使い組み合わせた衣装は、非常識と常識をハイブリッドに融合するゴルチエの神髄が発揮されています。加えて、レストランのウェイトレスの髪型はどこかジャポニズム風で、若いゴルチエが影響を受けた日本のカルチャーが見受けられます。

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マドンナの「ブロンド・アンビション・ツアー」

マドンナ
マドンナの「ブロンド・アンビション・ツアー」の衣装はゴルチエが担当した - Gie Knaeps / Getty Images

 日本公演よりスタートしたこのワールドツアーは、舞台の中央にベッドを配置し、「ライク・ア・ヴァージン」などを歌うマドンナのセクシーなパフォーマンスが世界中に論争を巻き起こしました。なんと、トロント警察はマドンナを逮捕すると脅しをかけたほど! 幸いマドンナは逮捕されませんでしたが、このツアーが一大事だった背景には、1989年にリリースされた「ライク・ア・プレイヤー」アルバムの曲に散りばめられた歌詞がカトリック教を風刺したものだとして、バチカンから「罪深い」と非難されたこともあったのです。

 このコンサートでマドンナがパンツスーツを脱ぎコルセット・ブラ姿をあらわにするシーン。これがかの有名なゴルチエの“コーンブラ”。1983年の春夏コレクションでゴルチエは、初の円錐形ブラ付きコルセット・ドレスを発表し、女性が性的対象物として扱われていることをあえてパロディ化しました。ジェンダーやセクシュアリティの分断をなくそうというゴルチエの意図は、1985年春夏のコレクションで両性具有をテーマに男性用スカートを発表したことにも表れています。

 マドンナは“男らしい”ジャケットを脱ぎ捨てて、“女らしい”コーンブラに変身することで、男女の境界線を切り崩そうとしたのではないでしょうか。

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女性のセクシュアリティを解放する『キカ』

サンティアゴ・ラフスティシア、ロッシ・デ・パルマ
映画『キカ』より - October Films / Photofests / ゲッティ イメージズ

 ペドロ・アルモドバル監督・脚本の『キカ』(1993)もゴルチエが衣装を担当した映画で、惚れっぽいメイクアップアーティストのキカ(ヴェロニカ・フォルケ)が父子の両方と肉体関係をもってしまい、そこに複雑な親子の関係性、暴行、強盗事件などが絡み合うダークコメディー。奇想天外な物語なのに不思議と目が離せず、コミカルな展開にはアルモドバル監督の死生観や宗教観が秘められており、非常に見応えのある作品です。

 レトロでフェミニンな50年代のファッションにキッチュな80年代のファッションがミックスしたような色鮮やかな服やプラスチックの大振りなアクセサリーは、ゴルチエが得意とする異素材のハイブリッド・スタイルが発揮されていますが、一番の見どころはビクトリア・アブリル演じるアンドレアが舞台で身に着けた黒のドレス!  身体にぴったりとした黒のドレスには血しぶきのような赤い装飾が施され、プラスチック製の胸がドレスから踊り出ているのです。

 このむき出しの胸は1989/1990のコレクション「Women Among Women(女性の中の女性)」でも何点か登場しており、女性らしさの象徴である乳房を服から露出することで、女性のセクシュアリティを社会的常識から解放し、女性であることを慈しむことを訴えています。(※5)

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抑圧された女らしさを表現した『フィフス・エレメント』

イアン・ホルム、ブルース・ウィリス、ミラ・ジョヴォヴィッチ
映画『フィフス・エレメント』より - Columbia Pictures / Sony Pictures Entertainment / Photofests / ゲッティ イメージズ

 リュック・ベッソン監督作『フィフス・エレメント』(1997)は近未来の地球が舞台。邪悪な存在から地球を守る存在である古代宇宙人のフィフス・エレメント、美女リールー(ミラ・ジョヴォヴィッチ)とタクシーの運転手コーベン・ダラス(ブルース・ウィリス)が地球を救うという、スリルとアクションに満ちたSFアドベンチャー。

 本作は、自然破壊やテクノロジー偏重社会を皮肉っていると考えられており、ベッソンが16歳のときから書き始めていた壮大な物語でしたが、莫大な予算のため映画化が実現せず、前作のジャン・レノナタリー・ポートマンが共演した大ヒット作『レオン』(1994)の成功で映画化が実現したそう。

ミラ・ジョヴォヴィッチ
映画『フィフス・エレメント』より - Columbia Pictures / Sony Pictures Entertainment / Photofests / ゲッティ イメージズ

 本作ではゴルチエのアイコンであるコルセットも登場しますが、一番印象的な衣装はリールーがまとうボンテージのような服。これは、ゴルチエのシグネチャースタイルであるケージドレスがインスピレーション。1989年春夏コレクション「168着で世界一周」に登場したケージドレスは、社会の檻(ケージ)に“抑圧された女性性”を表現した服ともいえるでしょう。

 ちなみに、異星人のオペラ歌手“ディーバ”を演じたマイウェンとベッソンは当時結婚して子どももいましたが、撮影中にベッソンはミラ・ジョヴォヴィッチと恋に落ち、マイウェンと離婚し、ジョヴォヴィッチと結婚したという逸話があります。

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アイデンティティーを問いかける『私が、生きる肌』

 ゴルチエがペドロ・アルモドバル監督と再びタッグを組んだ『私が、生きる肌』(2011)は、世界的な形成外科医であるロベル・レガル医師(アントニオ・バンデラス)が美しい女性ベラ(エレナ・アナヤ)を監禁し、人工皮膚を全身に移植して彼女を亡き妻へと作り変えてしまおうとするサスペンス。狂気の医師ロベルは、ベラの皮膚を壊し新しく再生することで、ベラを支配し隷属させようとします。人間の皮膚や顔は“アイデンティティー”のメタファーでもあり、ベラの皮膚を壊すことで彼女のアイデンティティーを喪失させ、彼女に新しい皮膚を与えることで彼女を支配するという、人間関係やセックスにおける”支配と隷属”の関係性を官能的にあぶり出した問題作。ゴルチエのコレクションに度々登場する、ケージやコルセットは”支配と隷属”入れ墨は”人間の皮膚を変える”(=アイデンティティーの喪失や変化)を意味すると推測されることから、本作はゴルチエの世界観とぴったり重なります。

 作中ベラが身につけている肌色のボディスーツは1993年レディース春夏コレクション「レ・クラシック」でナオミ・キャンベルが着たヌード風の刺繍入ジャンプ・スーツを想起させ、服とアイデンティティーの関係性や自己と他者の境界線を観客に問いかけているようです。

ジャン=ポール・ゴルチエ
「ファッション・フリーク・ショー」のUKプレミアにて - Joe Maher / Getty Images

 2019年7月25日、ゴルチエの半生をミュージカル舞台化した「ファッション・フリーク・ショー」のUKプレミアが開催されました。歌と踊りにキャットウォークが盛り込まれたパフォーマンス・ショーは、ゴルチエ自らが脚本、監督、舞台美術を務めました。ダンサーやサーカスの演者など、さまざまなジャンルのアーティストたちがゴルチエの衣装をまとい、ダンスやパフォーマンスを披露するこのショーは、マドンナやペドロ・アルモドバル監督にオマージュを捧げた内容なのだそう。2020年には日本でも開催される予定のこのショーについてゴルチエはこう語りました。

ジャン=ポール・ゴルチエ
9月に来日したジャン=ポール・ゴルチエ - Christopher Jue / Getty Images for JEAN PAUL GAULTIER

これはファッション・フリーク。なぜなら僕がフリークだから。僕たちはみなフリーク。美しいフリークなんだ」(※6)

 “フリーク”とは他とは極端に“違う”生き物やモノのこと。ときには身体を覆い尽くし、ときには身体を露わにしながら、非常識と常識、女と男、自己と他者の境界線をファッションで切り崩してきたゴルチエが到達した境地とはーー私達はみな美しい唯一無二の存在であるということなのです。

【参考】
※1…Jean-Paul Gaultier BIOGRAPHY - Biography.com
※2…光琳社「Memoire de la mode GAULTIER」ファリド・シヌーヌ著 清尾葉子著
※3…【インタビュー】ジャン=ポール・ゴルチエに迫る——歴史に名を刻む"アヴァンギャルドの旗手"の原点と今 - FASHIONSNAP.COM
※4…The Cook, The Thief, His Wife and Her Lover - The Rolling Stone
※5…Jean Paul Gaultier's rich history as a costume designer deserves praise - The Gurdian
※6…Fashion Freak Show: Inside Jean Paul Gaultier's Over-the-Top Paris Fashion Week Event

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此花わかプロフィール

此花わか

映画ライター。NYのファッション工科大学(FIT)を卒業後、シャネルや資生堂アメリカのマーケティング部勤務を経てライターに。ジェンダーやファッションから映画を読み解くのが好き。手がけた取材にジャスティン・ビーバーライアン・ゴズリングヒュー・ジャックマンデイミアン・チャゼル監督、ギレルモ・デル・トロ監督、ガス・ヴァン・サント監督など。 (此花さくや から改名しました)

Twitter:@sakuya_kono
Instagram:@wakakonohana

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