岩手で広がる新たな映画上映の場

映画で何ができるのか

 映画館がなければ、上映の場を作る人材を育てればいい! 岩手県内で映画の移動上映などを行っている「みやこ映画生活協同組合」が主催している「上映者育成ワークショップ」の受講者が5月、映画館のない遠野市で初めての上映会を開催した。同県は一人当たりの年間鑑賞回数が0.7本と徳島県と並んで全国最下位(一般社団法人コミュニティシネマセンター 2019年調べ)だが、東日本大震災以降続けている同様の取り組みが県内各地で実を結び始めている。(取材・文・写真:中山治美)

只松靖浩さんと友美さん
映画同好会「ねこぜでキネマ」主催の只松靖浩さんと妻の友美さん(撮影:中山治美)

遠野市「地域おこし協力隊」として参加

 5月15日、遠野市立図書館視聴覚ホールで映画『幸福の黄色いハンカチ』(1977)の無料上映会が開催された。主催は映画同好会「ねこぜでキネマ」。メンバーは同市在住の只松靖浩さんと、妻の友美さんの2人だ。新型コロナウイルス感染拡大予防対策を講じつつの上映で、参加人数は15人。チケットは押し花と各自へのメッセージが書かれた2人の手作りだ。実にアットホームな上映会だが、2人にとっては大きな一歩だ。

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チケット
遠野の押し花が飾られた手作りチケット(撮影:中山治美)

 2人は福岡出身。靖浩さんは印刷会社に勤務していたが、2016年に思い立って夫婦揃ってドイツ・ベルリンに飛び、文具店を3年間経営。帰国後は埼玉県・三芳町文化会館で企画スタッフとして携わるなど各地を転々としてきた。そんな矢先にコロナ禍となり「都会でなくともできる仕事があるのではないか?」と考え、遠野市が募集していた「地域おこし協力隊」の隊員に応募。靖浩さんが商品開発・ローカルプロデューサーとして採用され、2020年10月に移住してきたばかりだ。

手書きメッセージ
チケットには、只松さんたちから参加者各自へのメッセージが書かれていた(撮影:中山治美)

 遠野は2人にとって縁のゆかりもない街。

 「ネットワークもなく、まずは人とのつながりを作っていくのが大切ではないか」(靖浩さん)

 そう考えていた時に、みやこ映画生活協同組合主催の上映者育成ワークショップ「映画上映会のつくり方」が釜石市で開催されるというチラシが目に止まった。講師はみやこ映画生活協同組合理事で、2016年に閉館した三陸地方唯一の映画館だったみやこシネマリーンの元支配人・櫛桁一則さんだ。

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映画上映のノウハウを学ぶ

只松さんたち
参加者を見送る只松さんたち。「久々にスクリーンで映画を観た」という参加者もいたという。(撮影:櫛桁一則)

 櫛桁さんは東日本大震災以降、「シネマエール東北-東北に映画を届けよう!プロジェクト」(主催:一般社団法人コミュニティシネマセンター)の支援を受けて、県内各地で映画の移動上映会を行い、スクリーンで皆で映画を鑑賞する体験を通して地域コミュニティーの形成と心の復興に尽力してきた。

 一方で、内閣府の「復興支援型地域社会雇用創造事業」や、文化庁の「次代の文化を創造する新進芸術家育成事業」を活用して、コミュニティシネマセンターらと共に映画上映者育成のワークショップを行ってきた。

上映会
上映会は、コロナウイルス感染拡大予防対策を取りつつ行われた(撮影:中山治美)

 その受講生たちが自分たちの地域に戻ってシワキネマ大槌シネマキャラバン釜石シネクラブ岩泉ドキュメンタリー上映会といった上映団体を結成し、映画祭や定期上映会を続けている。しかしそうした復興支援事業も2017年頃にひと段落し、新たな試みとして2020年から独自で映画上映者育成ワークショップ「映画上映会のつくり方」を始めた。靖浩さんは第1回目の受講者となる

 靖浩さんは「映画館の変遷といった歴史的な部分から上映会のノウハウまで。特に上映会の設定によって上映料の金額が異なるといったモヤモヤしていた部分が知れて、これなら自分たちでもできるかなと思いました。またその時に、釜石で行われる名作劇場の選定を受講生で決めたのですが、わたしが提案した『秋刀魚の味』が選ばれた。自分が推薦した作品をみんなで鑑賞したのが快感で、その体験も大きかった」という。

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映画館のない街での上映会

只松靖浩さん
上映前に来場者にあいさつをする只松靖浩さん(撮影:中山治美)

 もともと靖浩さんと友美さんは映画が好きで、これまで都会で暮らしてきたこともあり、映画館は身近な存在だったという。しかし遠野市は、1940~50年代に多賀座、遠野ホール、中央劇場、遠野東映の4館があったものの、人口減少が影響して1983年に最後の遠野東映が閉館。以来、街から映画館が消えた。最新作が観たい市民の多くは、車で約1時間かけてイオンシネマ北上まで足を運ぶという。

 友美さんは「『遠野物語』が生まれた街とあって、その昔話や歴史を題材にした市民の舞台『遠野物語ファンタジー』を1976年から市民の力で上演していますし、全国でも珍しい公設のバレエスタジオもあるなど、独自の文化が根付いている街です。ここにはきっと、映画を愛する人が多くいるはずだと思いました」。

 また靖浩さんは「映画館で映画を観るというのは、特別なものという印象があるのかなと思いました。ならば日常から切り離して、新しいものと出会える機会・場を感じてもらえるような取り組みができたら。それで、気軽な感じで参加してほしいので名前は愛着がわくような『ねこぜでキネマ』に。“映画好きは猫背の人が多い”という印象からもあやかっています(笑)」。

駅前の交番
遠野といえばカッパや座敷童子に伝説が残る民話の里。 駅前の交番もカッパ!。(撮影:中山治美)

 2人の行動は早かった。ワークショップを受講してからわずか半年で上映会までこぎつけた。作品は「みんなが知っている作品で、旅に行きたくても行けない状況の今、それを感じてもらえたら」(靖浩さん)と偶然出会った男女3人が北海道を巡るロードムービー『幸福の黄色いハンカチ』に決めた。ただし今回は無料上映で、上映料やチラシの印刷代などの経費は全て自分たちが負担をした。

 靖浩さんは「正直、継続させていくことを考えたら、良いやり方ではないことはわかっています。でも、縁もゆかりもないところから来た自分たちが、地域でのネットワークをつなげたいという理由であるなら、それだけの価値があると思いました」。友美さんも「今日観に来てくださった方が、ちょっとでも心が動かされたらうれしいです。そして好きな映画を通じて、人との出会いが生まれたら幸せです」。

遠野駅
1950年に欧風様式を取り入れて建築された遠野駅。老朽化で解体・再建案が持ち上がっており、街が揺れている。(撮影:中山治美)

 「地域おこし協力隊」の任期は3年。夢とアイデアは無数にあるようだ。靖浩さんは「今回の上映会を開催してみて、文化を目的にいろんな人が楽しめる場所を運営していくのもいいなと思いました。それが僕たちがこの街に来てできることの一つなのかなと思いました」と語る。

 現在、遠野市の人口は約2万5,000人(2021年4月現在)。あらたな映画体験ができる環境が生まれようとしている。

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<宮古の新たな拠点は築200年>

シネマ・デ・アエル
東屋酒造店の元酒蔵をリノベーションしたシネマ・デ・アエル(撮影:中山治美)

 三陸地方唯一の映画館「みやこシネマリーン」の閉館後、同劇場を応援してきた映画ファンの市民有志が集まり新たな拠点を作り上げた。それが1824年(文政7年)創業の東屋酒造店の元酒蔵をリノベーションしたフリースペース「シネマ・デ・アエル」だ。

シネマ・デ・アエル
5月のマンスリー・セレクトは山下敦弘監督『リンダ リンダ リンダ』。館内では地酒やスナック菓子も販売され、”大人の時間”が味わえる(撮影:中山治美)

 2019年3月に国指定有形文化財として登録された歴史ある建造物で、築約200年。2017年6月からプロジェクトメンバーがセレクトした作品を上映する「マンスリー・セレクト」を実施。6月12日はドキュメンタリー映画『タネは誰のもの』と『食の未来』を上映。会場では地酒やスナック類も販売しており、シネコンとはまた一味違う映画体験が味わえそうだ。なお、みやこシネマリーンも常設館としての役目は終えたが、DORAホールと名を変え、みやこ映画生活協同組合が毎月、新作映画を上映。6月11日からは大泉洋主演『騙し絵の牙』を上映する。

●みやこシネマリーン
http://cinemarine.blog45.fc2.com

●シネマ・デ・アエル
https://cinemadeaeru.wixsite.com/cinema-de-aeru

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