美しい顔を失ったスターの転落劇…『クレイフェイス』が描く悲劇の怪物
提供:東和ピクチャーズ

顔さえ戻れば、もう一度スターに戻れる━━。ハリウッドでの成功を掴みかけた新進気鋭のスターが、一夜の悲劇によって美しい顔と名声を失い、異形の怪物へと身を落としていく。映画『クレイフェイス』が描くのは、不条理な運命に翻弄され、望まれぬまま“怪物”と化した男の痛切な人間ドラマだ。その姿は、国内で話題のNetflixドラマ「ダウンタイム」が突きつけた“美への執着”というテーマとも通じる。この普遍的なテーマに、現代ホラーの名手をはじめとする稀代のクリエイター陣が真正面から切り込み、モンスター映画の枠組みを超えた、極上の本格心理スリラーがここに誕生した。主演のトム・リス・ハリス、ジェームズ・ワトキンス監督への単独インタビューを交え、本作が“今観るべき一本”である理由をひもとく。(編集部・倉本拓弥)
顔さえ戻れば…「見た目」に人生を握られた男の執着
主人公は、ハリウッドの未来を嘱望される若き演技派俳優マット・ヘーゲン。世界を惹きつける眉目秀麗なビジュアルと類稀なる演技力を武器に、アカデミー賞主演男優賞ノミネートまで上り詰めた、まさに時代の寵児だ。
しかし、栄華の絶頂にあったマットを絶望が襲う。一夜の悲劇により、象徴たる顔面に致命的な損傷を負ってしまうのだ。「顔が命」と豪語するマットにとって、顔面崩壊は到底受け入れられない事実。表舞台には立てず、あらぬスキャンダルまで報じられたマットは、一瞬にして地位と名誉を失い、絶望の淵に立たされてしまう。栄光から奈落への急転直下の展開が、観る者を一気に物語へと引きずり込む。
俳優としてカムバックするには、もとの顔を取り戻すしかない。マットは、人間の細胞を再生させる研究を続ける科学者のもとを訪れ、人間への使用が認可されていない禁断の治療に手を伸ばす。
栄光の光と影、過剰なルッキズムや承認欲求に縛られる現代社会の病理━━。美しくなりたいと願う人々の希望と葛藤を描いた「ダウンタイム」の世界とも地続きだ。SNSで“どう見られるか”に日々さらされる若い世代ほど、マットの焦りを他人事とは思えないだろう。若くして栄誉を手にしながら、その虚飾に溺れていく男の悲哀。注目の若手俳優トム・リス・ハリスが繊細かつ迫真の静と動の演技で、観客を狂気の沼へと引きずり込む。顔を取り戻せるのなら治療による死の可能性だって恐れない、自らの欲望のまま行動するマットの姿に、思わず戦慄してしまう。
スターからモンスターへ…顔が崩れ、“自分”が消えていく恐怖
治療の効果で美しい顔を取り戻したかに見えたマットだが、その代償は彼の人生をさらに狂わせる残酷なものだった。突然、顔が泥のように崩れ始め、粘土のように姿を自在に変化させられるようになる。この“崩壊”の描写こそ、本作最大の見どころの一つだ。
マットの肉体に起こる副作用は、同時に彼の精神をも侵食していく。成功者としての自分だけをもてはやし、失意の底に落ちるや否や掌を返した仲間たちへの憎悪。彼らへの激しい怒りが能力と共鳴し、怪物クレイフェイスが誕生する。
自らのアイデンティティを見失ったマットは、他人になりきり犯罪に手を染めてしまう。かつてオスカー候補と称えられた卓越した演技力は、社会を欺き、他人の人生を略奪するための凶器へと成り果てる。主演のトムが見せる善と悪の顔、正気と狂気の表裏一体の演じ分けは、圧巻の一言に尽きる。
怪物へと変貌していくマットの姿は、グロテスクでありながら、目を離せない妖しい美しさをたたえている。ビジュアル面では、鬼才デヴィッド・クローネンバーグ監督の名作『ザ・フライ』(1986)をはじめとする往年のボディ・ホラーから影響を受けており、日本の塚本晋也監督が手がけた『鉄男 TETSUO』(1989)もその1本に挙げられている。ハリウッド作品の造形に日本映画のDNAが息づいているのも、見逃せないポイントだ。
また、VFXが重宝される時代において、製作陣はマットの顔が崩れていく描写を極力実写で表現することにこだわった。特殊メイクがもたらすリアルな質感が、生理的な恐怖を倍増させ、画面全体に確かなリアリティーを付与している。主演のトムは、特殊メイクアーティストのディクシー・ジョージとアドリアン・リグビーらが改良を重ねた特殊メイクによって、ナチュラルな演技を披露することができたと筆者との単独インタビューで語っており、「鏡に映った自分の姿を見て、本当に自分自身を見ているのか分からず、思わずギョッとすることがありました」と振り返る。演じる本人さえ欺くほどの造形が、スクリーンでどれほどの衝撃をもたらすか、想像に難くない。
怪物になる前、彼は一人の人間だった
『クレイフェイス』は、単に変幻自在のモンスターによる凄惨な殺戮を描く作品ではない。不条理に全てを奪われた一人の人間の悲しみと孤独を映し出す重厚な人間ドラマだ。マットは怪物へと変貌を遂げながらも、時に恋に落ち、孤独に涙を流す。意中の人に振り向いてもらえず、裸のままバスタブでうずくまり、のっぺらぼうになったマットの顔がクローズアップされる。モンスターになってしまった男の哀愁と孤独がひしひしと伝わってくる。
社会のはみ出し者になってしまった男の悲劇を描く点では、本作のアンバサダーを務めるUTAの怪演が話題になり、国内1位・世界TOP10入りを果たしたNetflixシリーズ「ガス人間」とも重なる。同作が怪物そのものではなく、怪物を生んだ社会の残酷さに光を当てたように、ここに描かれる怪物も決して“純粋悪”ではなく、観客が自らを重ね合わせてしまう共感性を秘めている。
また、メガホンを取ったジェームズ・ワトキンス監督は筆者との単独インタビューで、マットの物語を構築するにあたり『ゴジラ-1.0』(2023)からの強い影響を明かしている。戦争で心に深い傷を負った男の再生を描き、米アカデミー賞視覚効果賞に輝いた山崎貴監督の同作は、怪獣映画でありながら人間ドラマとして世界の観客の涙を誘った。クレイフェイスの出現で終わらせるのではなく、「物語の感情的な真実味」を追求するアプローチが、孤独と悲哀をより際立たせている。怪物映画に“人間の涙”を宿す━━その志は、確かに本作へと受け継がれている。
本作の脚本を執筆したのは、スティーヴン・キングの小説をたびたび映画化してきたマイク・フラナガン(ホセイン・アミニとの共同脚本)。“現代ホラーの名手”の異名を持つフラナガンは、怪物を通してトラウマや人間ドラマを活写することに定評がある。主演のトムが、彼の脚本を「聖書」と崇めるほど、本作でもその才能を遺憾なく発揮。マットのトラウマや人間の脆さを極限まで掘り下げ、劇的なカタルシスを生み出した。
ちなみに、クレイフェイスは人気DCヒーロー・バットマンの有名なヴィランの一人としても知られている。本作の舞台も、バットマンの活動拠点であるゴッサムシティだ。本作を手がけるDCスタジオは、バットマンの新作映画を企画しており、将来的なバットマンとクレイフェイスの直接対決も夢ではない。主演のトムは「クレイフェイスは、バットマンを完膚なきまでに叩きのめすでしょう。残念ですが、クレイフェイスは圧倒的強さを誇ります。ゴッサムは私のものです」と筆者とのインタビューで早くも勝利宣言。DCファンにとっては、この不敵な宣言も大きな楽しみだろう。
“見た目”に人生を握られ、すべてを失った男は、怪物になってもなお、人間であろうともがき続ける。その姿は、SNSで絶えず他人の視線にさらされる今の私たちにとって、決して他人事ではない。バットマンを知らなくても、DC作品を観たことがなくても、心を深く揺さぶられる━━『クレイフェイス』は、痛切で美しいモンスター映画の新たな傑作だ。劇場の大スクリーンで、その“顔”の行方を見届けてほしい。
映画『クレイフェイス』は10月30日(金)全国公開
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