時には懺悔を (2026):映画短評
ライター3人の平均評価: 3.7
スルーするには勿体なさすぎる力作
片山慎三監督が器用に振る舞っているなか、日本映画界が韓国ノワールに対抗できる唯一無二の作家性が8年ぶりに爆発! 探偵と助手が織りなすハードボイルドなミステリーかと思いきや、綺麗事なんて言ってられないストレートな感動作へと着地する。相変わらずスタイリッシュすぎて、1990年代半ばの時代設定に見えないのは難だが、主演級のキャストたちが迫真の演技合戦を魅せるなか、最終的には宮藤官九郎がすべてかっさらうという意外性もたまらない。スペシャルニーズスーパーバイザーも関わったヘヴィなテーマ性や中島哲也監督の過去の一件などで、スルーしてしまうのは勿体なさすぎる力作である。
中島監督らしからぬ(?)ストレートで実直な感動作
とある探偵が殺害され、調査に乗り出した元同僚の探偵とその助手。9年前に起きた新生児誘拐事件との関わりに気付いた彼らは、重い障がいを抱えた少年を男手ひとつで育てる父親をマークするうち、思いがけない真相へと辿り着く。ハードボイルドな犯罪ミステリーの体裁を取りつつ、障がいを持つ子供を愛せなかった者や向き合えなかった者、反対にその存在に救われたり親として成長させられた者など、様々な大人たちの苦悩や葛藤を通して障がい者との共生というテーマを描く。刺激的でエッジの効いた作風で知られる中島哲也監督としては異例の、奇を衒わぬストレートな演出で人間の根源的な善意や愛情に光を当てる。厳しくも慈愛に満ちた映画。
各方向で高いハードルを超えようとする野心を、どう受け止めるか
演出も脚本も、演技も、高いハードルをクリアしようとする野心が漲る一作。
盗撮のような映像も多用し、セリフで過去と現在をリンクさせるなど、挑発的手法で前半は人間関係や事件の全容がわかりづらいが、それも狙いどおりだろう。中盤は展開が停滞するも、その頃には作品のムードに浸っていく。
中心となる障がいを持つ子を当事者に演じさせたことで、観ているこちらの不安感は増大し、効果は大きい。ただ他の子供たちも執拗に出してる感じなのは、どうなのか。誰もが渾身を捧げる俳優陣では、宮藤官九郎の切実さ、諦念は凄まじいレベル。
全編で激しく心がざわめきつつ、では「何を伝えたかったのか」と問われると、答えに窮するのも事実。






















