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名画プレイバック

『噂の二人』(1961年)監督:ウィリアム・ワイラー 出演:オードリー・ヘプバーン、シャーリー・マクレーン:第37回【名画プレイバック】

『噂の二人』(1961年)監督:ウィリアム・ワイラー 出演:オードリー・ヘプバーン、シャーリー・マクレーン:第37回
- (C)United Artists / Photofest / ゲッティイメージズ

 俳優部門の候補選定をめぐる抗議が広がる第88回アカデミー賞。主演と助演でケイト・ブランシェットとルーニー・マーラが候補になった『キャロル』は1950年代ニューヨークを舞台に、女性同士の恋を描く。同作を観て思い出したのが、オードリー・ヘプバーンとシャーリー・マクレーンが寄宿学校を経営する親友同士を演じたウィリアム・ワイラー監督の『噂の二人』(1961)だ。(冨永由紀)

 学生時代からの親友であるカレン(ヘプバーン)とマーサ(マクレーン)は、当地の有力者ティルフォード夫人の援助で寄宿学校を経営し、父兄からの評判もいい。だが、生徒の1人がついた心ない嘘から2人に同性愛の噂が立ち、白眼視された彼女たちは学校経営を断念せざるを得なくなる。2人は、噂は事実無根だとして訴訟を起こすが敗訴し、全てを失ってしまう。そんな中、マーサは無意識に抱いていたカレンへの気持ちに気づく。

 原作はリリアン・ヘルマンが1934年に書いた戯曲「子供の時間」。ワイラーは1936年に『この三人』というタイトルで一度映画化しているが、当時はたとえ噂話としても同性愛をほのめかすのは憚られ、ヒロイン2人と男性の三角関係に脚色された。作品の根幹を変えてしまう変更だが、ヘルマン自身がこれを承諾した事実からも、80年前のアメリカでは同性愛というものがどれほどのタブーであったのがうかがい知れる。その風潮は25年後の1961年でもまだ強く、登場人物の誰もが口にするのをためらう。例えば騒ぎの発端となる少女は、2人の関係を有力者である祖母に告げ口するとき、「大きな声ではとても言えない」と言って耳打ちする。その瞬間に祖母は目を剥いて驚愕する。

 持って回った描写になるのは、アメリカ映画界に1930年代から1960年代後半まで設けられた検閲制度「ヘイズ・コード」の存在がある。汚い言葉や性的描写を中心に、道徳的でないとアメリカ映画協会(MPAA)が判断するものは作品に登場させないというものだ。遠回しな方が直截な表現よりも、よりタブー感は増す。そして、撮影当時の社会常識が演出や俳優たちの演技に反映されていて、『キャロル』とはまた違うリアリティーが作品全体に漂う。

 コードがまだ敷かれている状況下でもなお、より原作に忠実な映画化を目指すのは簡単ではなかったはずで、ワイラー監督の『ローマの休日』(1953)でスターになったヘプバーン、『アパートの鍵貸します』(1960)などで活躍していたマクレーンという女優2人が主演を務めた意義は大きい。スター女優2人の勇気ある選択が可能だったのは、2人ともすでに結婚して母親になっていたからだという説もある。本作は、未婚の女優にはあまりにリスクの大きいテーマだった。ちなみに、マーサに迷惑をかけてばかりの叔母リリーを、『この三人』でマーサを演じたミリアム・ホプキンスが演じている。

 物語の前半、カレンは婚約者である医師のジョー(ジェームズ・ガーナー)との結婚を決めるが、それを知ったマーサは動揺を隠せない。結婚して母になったカレンが仕事から離れてしまうのを恐れるからだと、この時点ではマーサ自身も思い込んでいるようだ。消灯時間後の2人のやりとりを物陰から見ていた問題児の生徒メアリーは、2人が同性愛関係にあると祖母であるティルフォード夫人に言いつける。厳格なカレンに虚言癖をたしなめられ続けていたメアリーは悪知恵が働くボス猿的なキャラクターで、演じるカレン・バーキンの小憎らしさは絶品。大人に見せる媚びた表情や猫なで声、弱い者いじめをするときの喜々とした様子など、オーバーな演技が逆に功を奏し、“子供は素直な生きもの”という大人の願望交じりの思い込みに痛烈な一撃を与えてくる。さらに恐ろしいのは、実はメアリーが“真実を見抜く”という大人が子供に対して抱くもう一つの理想を体現してしまったところだ。彼女の“嘘”は、マーサ自身が自覚していなかった本心を敏感に察知した結果でもある。

 噂が広まるうちに憶測が事実とみなされ、そこから悲劇が生まれる展開はいつの時代にも繰り返されることであり、堅実に学園経営をしていたヒロインたちの周囲から潮が引くように人々が去っていくさまは何ともリアルで恐ろしい。失意のどん底で、増々追いつめられていくのはマーサだ。演じるマクレーンの複雑な表情は実に雄弁。瞬間的に見せる、やるせない視線や悲しげな笑みが突き刺さる。カレンの幸せを心から願う彼女が絶望し、隠してきた気持ちを吐露する場面には胸をかきむしられる。同性同士の結婚も認められつつある現代でも、自分自身に戸惑い、自己嫌悪と罪悪感に苛まれて慟哭するマーサの姿、その弱さに心を揺さぶられるのだ。

 心が折れてしまうマーサに対して、カレンはひたすら強い。自分にも他人にも厳しく、正論と正義を貫く。その厳しさがメアリーの歪んだ反乱を招き、親友や婚約者を追いつめ、カレン自身を孤独にしてもなお信念を貫き通す。彼女と同様に正論を振りかざすティルフォード夫人は良識ある人物であり、彼女の行動は救いにもなりかける。だが、それすらもはねつけるカレンの強さは、事なかれ主義に逃げ勝ちな筆者にとってはほとんど恐怖だ。相手を思うなら、その人に逃げる隙を与えるのも愛情であり、それが大人のやり方なのでは? ただ責めたてるのは、それこそ子供ではないかと思ったりもする。だが、丸く収めようという妥協を許さない純粋さが導き出すカレンの表情はこのうえなく神々しい。

 この映画は第34回アカデミー賞で助演女優賞(ティルフォード夫人役のフェイ・ベインター)、撮影賞など5部門でノミネートされるも無冠で終わっている。ヘプバーンは『ティファニーで朝食を』(1961)で主演女優賞候補だったが、受賞したのは『ふたりの女』(1960)のソフィア・ローレン。さらに余談になるが、『ハスラー』で助演男優賞候補になったジョージ・C・スコットがノミネートを拒否したのもこの年だった。


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