二宮和也、「役づくり」に違和感

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二宮和也が『おくりびと』でアカデミー賞外国語映画賞を受賞した滝田洋二郎監督とタッグ! - (C) 2017 映画「ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~」製作委員会 (C) 2014 田中経一/幻冬舎

 滝田洋二郎監督作『ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~』(11月3日公開)で、天才料理人・佐々木充を演じた二宮和也が、「基本的に、役づくりというものはしない」と俳優としてのスタンスを明らかにした。二宮がふんした充は、天才ゆえに妥協できず、店を失い孤立していく男。借金を抱えた彼は、中国料理界の重鎮から高額の依頼を受け、かつて満州国で日本人料理人が考案した “伝説のフルコース”のレシピを探し出し、その再現に臨む。

【写真】二宮和也、西島秀俊、綾野剛らと登壇

 二宮は「人間の性格はひと言では言い表せないもの」と前提を挙げつつ、「演じるキャラクターも同様で、この人からはどう見えているか、あの人からはどう見えているか、ということでしか説明できないものだと思っている。だから自分の役を自分でつくるっていうのは、少し違うような気がしていて」とその真意を明かした。

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 今回も笑顔の消えた充を演じるに当たり、「いつも通り、周りの人に頑張ってもらいました」とニンマリ。「(観客にとって)その人がどんな人かは、周りの人々の視点によって左右される。だから僕がやるべきことは、自分の役をどうこうするということではなく“君は俺からはこんな風に見えている”と他のキャラクターに反応すること。互いに影響し合うことで少しずつ、それぞれのキャラクターが肉付けされていくものじゃないかな」と持論を展開した。

 とはいえ、例えば『母と暮せば』で見せた好青年の表情は、充の表情と全く異なる。前者も同様に、周りのキャラクターがつくったものと言えるのか……?「そうだと思います。極論を言えば、山田洋次監督が撮らなければ、あのキャラクターも違ったものになっていたと思う。だからやっぱり自分がどうこうして役をつくる、ということではないと思うんですよね」と頷いた。

 では、役を演じる際のスイッチはどこで入るのか、役を引きずることはないのか、本人と演じるキャラクターの境界線はどこにあるのか問うと、「(役に入るのは)カチンコが鳴った瞬間で、終わったら自分に戻ります。それまでは、客観的にいろんなことを考えています」とのこと。「僕はそこまで役に入り込まないタイプなので、一日中演じているキャラクターでいるということは昔からできないんです」とも言う。

 笑顔で「今でも役づくりとは何なのか、あまりわかってない」とつぶやく二宮は、憑依型とも違う天才肌なのか。「映画づくり以外のことも含め、時代によってやり方は変わっていくもの。だから僕も別に何かを貫いているわけでもないし、今のやり方に強いこだわりがあるわけでもない。監督が違えばやり方が違うのも当然だから、何か一つに決めないようにしているのかもしれない。どうにでもなるように」と自己分析する。必要最低限のことに徹する「受け」の演技に徹した本作の充は、周囲との関係からキャラクターをつくっていくという二宮の、“つくり、つくられる”技を多角的に堪能できる一作となっている。(取材・文:折田千鶴子)

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