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佐藤健の繊細さが光る!『護られなかった者たちへ』レビュー

佐藤健
佐藤健 - (C) 2021映画「護られなかった者たちへ」製作委員会

 佐藤健の最新主演作『護られなかった者たちへ』(公開中)。分厚い人間描写で緻密に構築されたこの映画には多くの女子の目を釘づけにするクールなイケメンぶりが際立つキャラはなく、人間離れした動きを切れ味鋭く体現していくど派手な殺陣もないが、今現在の俳優・佐藤健の真骨頂をみることができる。

佐藤健、渾身の男泣き…【写真】

 本作は、「さよならドビュッシー」の中山七里による原作を、『永遠の0』『』の林民夫が脚色、『64-ロクヨン-』の瀬々敬久監督が映画化したミステリー。舞台は、東日本大震災から10年目の仙台。被害者が全身を縛られたまま放置され、餓死させられるという殺人事件が立て続けに発生する。容疑者として、別の事件で服役して出所したばかりの利根という男に行きあたる。事件を担当する笘篠(阿部寛)刑事らは利根を追いつめるが、第三の事件が起こる……。けれどそれは、殺人事件の犯人は誰か? その謎解きがすべてに思えるような、シンプルな物語ではない。

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 東日本大震災直後、ありふれた日常も人びとの生活も夢も希望も、すべてが破壊された世界。絶望という言葉がぽっかり浮かんでくるような景色のなかにある宮城県内の避難所で、暗い目をした青年がひとり、膝を抱えてうずくまっている。佐藤演じる利根泰久だ。その表情にはまだいくらかの幼さが漂う。その9年後、利根はその顔に、年月が刻んだのであろう荒んだ空気をまとうことになる。

『護られなかった者たちへ』より
真剣なまなざしの佐藤健 - (C) 2021映画「護られなかった者たちへ」製作委員会

 雑に刈り込んだような短髪、キリっと整えられているけれど、だからこそ険しい顔つきに見えてしまう眉。明らかに、あまり人好きのするキャラクターではない。それは映画『ひとよ』で見せた“やさぐれ感”とも違い、徹底して孤独な男であることが、その佇まいから語られていく。

 だからこそ、避難所での出会いがかけがえのないものに思える。利根が出会ったのはすべてを受け入れるような優しい笑顔の遠島けい(倍賞美津子)と小学生のカンちゃん。3人は、夫に先立たれて一人暮らしだったけいの自宅に身を寄せ、避難所の混乱を離れ、温かいうどんを食べてホッと一息つく。地震の傷跡が生々しい家の中で、不思議に柔らかい調和のとれた時間を過ごすことになる。

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 こんなシーンがある。黙ってうつむいて外出から戻った利根は、「『ただいま』は!?」とずっと年下のカンちゃんに笑いながら叱られる。児童養護施設で育った利根にとって、こんな当たり前に家族みたいなやりとりは気恥ずかしいばかり。思わず照れ笑いをする。観客は彼の初めての笑顔を見て、利根のなかに隠れていた、人としての美しさに触れたようでハッとして心をつかまれてしまう。ずっと奥底に溜めていたものが、ほんの一瞬だけ垣間見える、笑顔という名の一撃必殺の演技。これぞ、佐藤健!

 冒頭から丹念にエピソードを重ね、それぞれの人物像がじっくりと描かれ、利根やけい、カンちゃんのつながりにすっかり感情移入したころ、ある殺人事件が起きる。事件を捜査する苫篠刑事、最初の被害者で保健福祉センターの職員・三雲(永山瑛太)、その部下である円山幹子(清原果耶)とそれぞれのドラマが描きこまれ、キャラクターは一筋縄ではいかない。どのキャラクターも善人・悪人と簡単にわけられない奥行きを備えている。緻密に構築された脚本のなかで、俳優が本来持つ(またはそう思わせる)資質が最大限に活かされる。

 佐藤は、利根を粗野ですべてがどうでもよくなってしまった空虚で薄っぺらな人間ではなく、見た目からは推し量れないやさしさが潜む、まっすぐ過ぎる男として構築。うつむいたときの横顔の美しさ、破壊力抜群の笑顔、スターらしい華やかさ。俳優としての武器を決して前面に出過ぎない程度に駆使しながら、作品を揺るぎなく引っ張っていく。

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 そんな佐藤が演じるからこそ、利根はこんなにも観る者の心をがっしりと掴む。だからこそ彼が「死んでいい人なんていないんだ!」と叫ぶとき、利根の悲しみに心が揺さぶられるのだ。佐藤健というキャスティングが決まったとき「作品の格が一気に上がった」とプロデューサー陣が感じたのはそういうことだろう。

 ミステリーの枠を超えた重厚な人間ドラマで、まぎれもなく社会派でもある極上のエンターテインメント作。それは瀬々監督の演出、自身の在りようを最大限に活かしながら的確に役回りをまっとうする凄腕の演者たち、そして確かな実力を備えたスターである佐藤健によって成し遂げられた。(文・浅見祥子)

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