「あんぱん」ヒロインを“軍国少女”として描いた理由 中園ミホ、脱稿の心境語る

第二次世界大戦の終結から80年。脚本家・中園ミホが手掛ける連続テレビ小説「あんぱん」(NHK総合・月~土、午前8時~ほか ※土曜は1週間の振り返り)は、戦争描写を丹念に、かつ今田美桜演じるヒロイン・のぶを“軍国少女”として描き、視聴者からは大きな反響を呼んだ。中園は「朝ドラのヒロインは反戦のキャラクターが多い」と分析しながらも、なぜ本作のヒロインを“軍国少女”にしたのか? そこには彼女の並々ならぬ決意があった。
国民的人気キャラクター、“アンパンマン”を生み出したやなせたかしさんと暢さんの夫婦をモデルにした本作は9月26日に最終回を迎える。4月のインタビューで中園は、大好きなお酒をセーブしながらの執筆を嘆いていたが、ついに脱稿した心境を尋ねると「くらばあ(朝田くら/浅田美代子)と飲みに行って、ちゃんと酔いました。これまでは二日酔いにならないようビクビクしながらたまに飲んでいたので、1年ぶりに存分に楽しく美味しく飲んで、後半はあまり覚えていません(笑)」とうれしそうに報告する。また、「遅筆なので、ちゃんと放送に間に合うように書き終えられるか不安だったのでホッとしました」と安どし、「時間の都合で省いたエピソードもあったので機会があれば……」と特別編などの要望があれば応える意欲も見せた。
中園は2014年度前期放送の「花子とアン」でも脚本を担当した。明治から昭和の混乱期を生きた、「赤毛のアン」の日本語翻訳者として知られる村岡花子の半生を原案としたフィクションで、中園は「多くの資料を読み、“戦争は国が起こして国民が巻き込まれた”ということだけではないと切実に思いました。ただ、執筆中は1日の始まりの空気を決めていくような“朝ドラ”で“戦争”について描いて誰が観てくれるのか……と恐れることはありました」と述懐する。
そして、本作では「やなせたかしを描くということは、戦争を描くということだと思っています。彼は戦争体験を通して“正義を信じてはいけない”“復讐は連鎖する”といった思想を強くし、そのことを絵本やアニメ、漫画の中で一生をかけて表現してきました。スタッフの中には戦争をしっかりと描写することを引き止める方もいましたが、わたしは企画段階から“逃げずに描くぞ!”と熱い気持ちを持って取り組みました」と打ち明ける。
60代の中園は自身を「親から戦争の話を聞ける最後の世代」とも語り、「今まで親から戦争の話を聞いたことがなかった同級生たちが、『あんぱん』をきっかけに“当時はこのドラマみたいな思いをしていたよ”と話してくれたと言っていました。親は子供には希望や明るい未来の話をして、トゲのように心に深く刺さった戦争の話は閉じ込めてきたんですね。だから若い世代の方にとっても、『あんぱん』がおじいちゃんやおばあちゃんに戦争体験を聞くきっかけになってくれたらありがたいです」と呼びかける。
「戦争を描く」。中園の決意は、ヒロイン・のぶを軍国少女として描くことにつながる。やなせさんとは文通など“大好きなおじさん”として交流があったが、暢さんと面識がなかった中園は数々の資料を基にしつつ、「のぶはオリジナルで作るしかない」と考えた。というのも「大正時代に書かれた女性たちの手記を読むと、きちんとした教育を受けたほとんどの方が軍国少女だった」そうで、「昭和8年生まれのわたしの母もそうでしたし、脚本家の橋田壽賀子さん、ブライダルファッションデザイナーの桂由美さん、小説家の田辺聖子さんが残した日記を読んでも、どれだけ軍国主義一色に染まっていたかがわかります。純粋な人ほど染まりやすかったのでしょうね。そして終戦を迎えるとガラリと価値観を変え、これまでの自分を全部塗り潰すわけですよ。そんな人生って一体どういうこと……と思いますが、史実を調べれば調べるほど、そういうヒロインにしなければならないと強く感じました」と振り返る。
しかし、許婚の豪(細田佳央太)の戦死を知って心を痛める妹・蘭子(河合優実)に対する、のぶの台詞「豪ちゃんの戦死を誰よりも蘭子が誇りに思うちゃらんと」に関しては「視聴者からは“なに、このヒロイン”と言われるだろうな……と書いていて苦しくなりましたが、脚本家がぶれてはいけない!と覚悟して描きました。実際、“あのヒロインには、ついていけない”みたいな声もあって、“美桜ちゃん、ごめんなさい”とも心で思いましたが、今田さんはのぶを健気に、そして見事に演じきってくださいました。本当に素晴らしかったです」と称賛。そんな強烈な印象を残す台詞を入れたのは「現実として、戦時中は軍国主義の精神が大半だったと知ってほしかった」から。中園は「だから戦争は恐ろしい……」と悲痛な表情を浮かべた。
亡き父(加瀬亮)から「女子(おなご)も大志を抱け」と言われて育ったのぶは、“男勝り”を意味する“ハチキンおのぶ”として強気な性格で、大人になると仕事にも精を出すが、終盤では嵩が活躍する一方で会社をクビになったり、控えめな女性へと変化していく。そうした理由を中園は「夢を持って生きてきたのに、いつの間にか夫や子供を支える人生になったり、自分は何者にもなれず、“あれ、こんなはずじゃなかった……”“真面目に一生懸命生きてきたのに…”と、のぶみたいに悩む女性は多いと思います。同窓会に行くと、同級生は皆そう言います。そういう女性の心の叫びをのぶに重ねました」と説明する。実際、やなせさんと結婚した後、暢さんが表に出ることはほとんどなかったそうで、中園は「陰でやなせさんを支えることに一生懸命だったと思います」と想像する。
人間的なネガティブな一面があるからこそ、のぶが嵩(北村匠海)に「嵩の二倍、嵩のこと好き!」と告白して抱きつくシーンが「すごく印象に残っています。わけがわからないけど号泣してしまった」と明かす中園。「北村さんと今田さんの演技が素晴らしいし、のぶにはずっと辛い役を課してきたので、やっとそこから解放されて、自由で天真爛漫だった子供の頃の自分に戻れたんだと感じました。二人の芝居を観て“本当によかったね”“おめでとう”みたいな気持ちが湧いてきました」と声を弾ませた。(錦怜那)


