シム・ウンギョン&河合優実、旅の思い出は「映画」が共通点!世界を席巻する憧れの監督と語る映画と人生

つげ義春の漫画「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」が原作の映画『旅と日々』(公開中)で邂逅を果たしたのは、国境を越えて活躍するシム・ウンギョン(31)、国内で今最も熱い視線を浴びる河合優実(24)、そして映画『ケイコ 目を澄ませて』(2022)や『夜明けのすべて』(2023)などで国内外から高い評価を受けた三宅唱監督(41)。世代やバックグラウンドは異なるが、映画ファンにはたまらない3人が集まった。そんなシム、河合、三宅監督が現場で感じた唯一無二な感覚や「映画」という共通言語でコミュニケーションがとれた撮影の裏側、さらには「忘れられない旅」までを語り合った。(取材・文:磯部正和)
【画像】シム・ウンギョン×河合優実、日本アカデミー賞女優ツーショット
世界を席巻する三宅唱監督の独特のスタイル
Q:まずシム・ウンギョンさん、河合優実さんは台本を読んで、ご自身の役柄をどう捉えましたか?
シム・ウンギョン(以下、シム):最初に台本を読んだ時、「これは、わたしの話じゃないか」と強い親近感を覚えました。もし自伝を書くならこうなるだろうと。なおかつ、自分が映画で皆さんと共有したかったことの全てがありました。いつか“映画のための映画”を撮るのが夢だったんです。ビクトル・エリセ監督の『瞳をとじて』(2023)が好きなのですが、本作も「映画とは何か」「映画でしかできないことは何か」という探究心が詰まった台本だと感じ、この出会いは運命だと思っています。
河合優実(以下、河合):わたしの役は原作や脚本に人物像のヒントが少なく、監督ご自身も「僕もわからない」というところから一緒に始めました。旅の目的のなさや退屈さがキーワードですが、旅先で出会う人への興味や心惹かれる瞬間はあると感じたので、「感受性はちゃんとある人にしたい」とだけ考え、あとは現場で探っていきました。
Q:お二人は三宅監督の作品に出演することを熱望していたそうですが、演出で印象的だったことは?
シム:三宅監督は本当に映画好きで、こんなに映画の話ばかりの現場は初めてでした。特に、冬編は古典映画や無声映画から着想を得ていたので、監督とたくさんお話をしました。監督は“こうしてほしい”という明確な指示はせず、俳優を観察して個性を見いだし、キャラクターに生かす能力がすごい方です。そのため、わたしも役のために大きく変わるという意識よりも、自分の中のベストを表現するために監督との対話を大事にしました。現場ではとてもリラックスさせてくださり、段取りから生まれることが多かったです。例えば、後半の「さようでございますか」というセリフもアドリブで、そうしたやりとりがとても楽しい現場でした。
河合:夏の撮影は、少人数で島へ行き、皆で食事をし、海で撮って宿に帰るという、みんなで生活している実感でした。三宅監督は部活のキャプテンのような頼もしさと、作品に表れる思慮深さや繊細さを併せ持つ方。人と関わるのが得意で、わたしたちがリラックスして“ありのままでいていい”と思える環境を作ってくださいます。
Q:シムさんは、無声映画で具体的に参考にしたものはありましたか?
シム:(演じた)李さんの表情は「バスター・キートンみたいに」というのはありましたね。
三宅唱監督(以下、三宅監督):バスター・キートン(※無声映画時代に一世を風靡したアメリカの喜劇俳優)の哀しみとおかしみの話はしましたよね。ウンギョンさんと本作の「おかしみ」と「哀しみ」を描くため、撮影序盤からいろいろ試しました。時にはアクセルを強く踏んでみたり、「何もしていない」ことを演じてもらったり。そうしたことを一緒に試せた、とても幸せな撮影でした。
Q:河合さんが演じた「ただそこにいる」という状態は、演じる上で難しかったのでは?
三宅監督:彼女の役は日常生活における立場とか見られ方とか計画とか、あらゆるものから“逃れたい”人なのですが、それを“演じる”という行為はどこか矛盾もするので、難しい挑戦だったと思います。僕も手探りでしたが、河合さんの力、あの場所や共演者を受け止める力が、それを可能にしてくれたのだと思います。
河合: 難しかったです。“ただいること”は究極の形と言われますが、“やろう”とすると全くできなくて。今回はそういうチャレンジだと感じていました。いつもと違うアプローチで、ただその場所で起こることを受け止めようとしましたが、本当に難しかったです。
日本アカデミー賞女優が互いに魅せられたシーン
Q:三宅監督に伺いたいのですが、シムさん、河合さんを起用された理由は?
三宅監督:シムさんとは初対面のときに“きっと面白い人に違いない”と惹かれ、本作のおかしみと哀しみの両方を豊かに表現してくださるだろうとも考えました。河合さんとは常々仕事がしたいと思っており、早い段階でお声がけしました。彼女が演じた夏編の役は、人間関係に疲れてそこから降りたい人物。打ち合わせで出た“空っぽ”というキーワードが印象的で、彼女が演じたことで、その向こうにさまざまな風景が見える映画になったと思います。
Q:シムさん、河合さんは共演されて、お互いの演技はいかがでしたか?
シム:河合さんの作品を拝見し、素晴らしい役者さんだと思っていましたが、本作でその存在感に改めて圧倒されました。不思議な魅力があり、セリフが少なくても雰囲気だけで役の人生が想像できる。歩く場面や会話の場面でも、芝居のトーンや仕草で人物像が伝わる繊細さに驚きました。夏編は、河合さんの独特な雰囲気で完成された感じがします。
河合:完成作を観たとき、一観客としてウンギョンさんが本当に素晴らしかったです。冒頭、李さんが家の中で、一人で笑いながら書き始めるシーンから心を掴まれました。一人の時間を楽しむ姿は、浮遊感と地に足がついた感じが両立していて。観ていてすごく幸せなキャラクターで、独白のシーンも大好きです。ときめきながら観ていました。
忘れられない旅の思い出
Q:本作は「旅」がテーマの一つですが、皆さんが「旅に出たい」と思うのはどんな時ですか?
三宅監督:しょっちゅう思いますが結局行けませんね……。でも、空いた時間に散歩するのが好きで、それが旅の代わりになっています。都内の知らない公園に行ったり、友人とテイクアウトして歩きながら話したり。東京の知らない道を発見するのが今も楽しいです。
シム:わたしは『ホーム・アローン』(1990)の影響で、クリスマスになると旅がしたくなります。
三宅監督: 俺も『ホーム・アローン』超好き!
シム:わたしも大好きなんです! ケビン(※マコーレー・カルキン演じる主人公の少年)のようにニューヨークで冒険したい気持ちが高まるのですが、結局、家で映画を見直してしまいます(笑)。刺激というより、クリスマスになるとなぜか子供っぽくなって、キラキラしたものが見たくなる。子供に還るような感覚ですね。
河合: わたしが旅に行きたいと思うときは休暇と結びついているので、冒険よりはゆっくりしに行きたいと思うことが多いです。でも、そういう旅行って温泉に入った記憶くらいしかなくて(笑)。
Q:特に印象に残っている「旅の思い出」を教えてください。
三宅監督:人生で初めて行ったロカルノ国際映画祭です(※『Playback』(2012)がコンペティション部門に出品)。それが僕にとって「映画祭とは何か」の理想、基準になりました。スターではなく、映画と観客が主役という場。20代半ばで体験できて本当に良かったです。
河合:4年ほど前、短編映画(※公開未定)の撮影でスペインのバスク地方へ行ったことが印象的です。通訳なしで現地のスタッフと3週間頑張ったり、マネージャーさんが携帯電話をすられたりしながらも、良い旅でした。そこにいる人々の温かさや、仕事への捉え方の違い、美味しい食事。サン・セバスチャンが大好きになりました。
シム:最近のわたしはあまり旅行に行かないので、映画館で旅をしています。人生で経験できることは限られているので、映画館で世界各国の映画を観て、人々の生活や考えを感じています。最近の最高の旅は、ポール・トーマス・アンダーソン監督の新作『ワン・バトル・アフター・アナザー』(2025)や、山下敦弘監督の『リンダ リンダ リンダ』(2005)の再見など。映画館での旅がわたしの一番の楽しみです。
三者三様の旅と映画への愛に満ちた言葉は、そのまま映画『旅と日々』の物語へと溶け込んでいく。スクリーンで描かれる二人の女性の旅路は、日常からふと離れてみたくなった時に、わたしたち自身の心の中にあるまだ見ぬ風景を探すきっかけを与えてくれる。居ながらにして旅をした気分になれる……そんな思いを感じさせてくれる作品だ。(取材・文:磯部正和)
シム・ウンギョン ヘアメイク:MICHIRU for yin and yang(3rd)/スタイリスト:島津由行
河合優実 ヘアメイク:秋鹿裕子/スタイリスト:高橋茉優


