『国宝』米アカデミー賞候補入りの可能性は?

映画『国宝』が、米アカデミー賞に一歩近づいた。第98回同賞における国際長編映画部門とメイク&ヘアスタイリング部門で「ショートリスト」(最終候補作リスト)に残ったのだ。ここからまた投票にかけられ、最も多い票を得た5作品が、晴れて第98回アカデミー賞の「候補作」となる。全部門の候補作の発表は、現地時間2026年1月22日。『国宝』のタイトルが呼ばれる可能性は、どれほどのものだろうか?(文/猿渡由紀)
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「ショートリスト」のステップがあるのは、衣装、音響、視覚効果、作曲など専門的な分野と短編の12部門。専門外の投票者にはわかりづらい部門を、それを職業とする人たちによってまずふるいにかけてもらうのが狙いだ。メイク&ヘアスタイリング部門のショートリストは、映画芸術科学アカデミー(AMPAS)に所属するメイクアップアーティストとヘアスタイリストが決めたもの。候補作を選ぶ次の段階の投票ができるのも、この人たちのみ。最終投票は、アカデミー会員全員が行う。
一方で、国際長編映画部門のショートリストへの投票は、アカデミーすべての会員に開かれている。しかし、投票したいなら、今年の場合86本あるエントリー作品のうち、アカデミーが規定する本数を見なければならない。同様に、候補作を選ぶ段階の投票にも、ショートリストに入った15本を全作観ている会員のみが参加できる。
各批評家賞と違い、アカデミー賞は、映画を「観る」のではなく「作る」のを仕事とする人たちが決める賞。自分の映画を作る、あるいは自分のかかわった映画のキャンペーンで忙しい彼らにとって、締め切りまでに外国語の映画を15本も観るのはなかなか大変なはずだ。作品部門で有力とされる英語の映画に追いつくだけでも必死な会員が多いというのが現状なのである。
そんな中、『国宝』が次の段階に進む可能性はいかほどのものか。
まずは国際長編映画部門。客観的に見て、この道のりは結構険しい。なぜかというと、今回はすでに候補入りが確実視されている作品が少なくとも3本はあるからだ。フランスの『イット・ワズ・ジャスト・アン・アクシデント(英題) / It Was Just an Accident』、ノルウェーの『センチメンタル・バリュー』、ブラジルの『ザ・シークレット・エージェント(英題) / The Secret Agent』である。
これらは国際長編映画部門だけでなく、作品、脚本、主演&助演男優女優など主要部門に入ってきそうなほど評価が高い。外国語の映画がこれら主要部門にも入ることはそう多くなく、歴史的に、それをやってみせた作品は少なくとも国際長編部門は必ず取っている。最近では、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』やジョナサン・グレイザー監督の『関心領域』がそうだった。
これら3本がカンヌ国際映画祭で重要な賞を取っているのも強い。『ドライブ・マイ・カー』、『関心領域』、そして国際長編映画賞だけでなく見事作品賞も勝ち取った韓国の『パラサイト 半地下の家族』も、すべてカンヌで大きな賞を手にしていた。アカデミー会員の顔ぶれが国際化してきた中、以前のようにアメリカ人の好みではなく、カンヌのような海外の主要な映画祭の好みが反映されるようになってきている。『国宝』もカンヌで上映されたが、コンペ部門ではなく、受賞もしていない。加えて、この3本の北米配給はアワードシーズンに強いNEONで(『パラサイト』もこの会社)、積極的なキャンペーンを展開している。
残りの2枠の争いも熾烈。韓国からエントリーされたパク・チャヌク監督、イ・ビョンホン主演の『しあわせな選択』とスペインの『シラート(原題) / Sirat』は、やはりNEONが猛プッシュしており、これまでの賞レースで名が挙がり続けている。この2本も入って候補作全部がNEONとなったりしたら、前代未聞だ。だが、チュニジアの『ザ・ボイス・オブ・ヒンド・ラジャブ(原題) / The Voice of Hind Rajab』、イラクの『ザ・プレジデンツ・ケーキ』、ヨルダンの「オール・ザット・レフト・オブ・ユー(原題)/All That Left of You」などは小さいながら、どれも社会的、政治的なテーマを一般人の視点で語るもので、強烈に心に響く。候補作選びの段階で投票する人が本当に15本全部をちゃんと観るのだとしたら、キャンペーンに押されると言うより作品の質で判断するはずなので、こういった作品もチャンスは十分ある。
だが、『国宝』には違った意味での共感ポイントがあると思われる。歌舞伎という芸術において最高を極めるために犠牲を強いることもいとわないという「アーティスト魂」だ。前述したように、オスカーの投票者は映画を「作る」ことに日々専念している人であり、誰かが作った映画を観てあれこれ言う批評家たちではない。ここまでの批評家賞を軒並み逃してはいるが、相手が全然違う試合なのである。この映画を心から気に入り、率先して上映会の主催を務めたトム・クルーズの熱の入れようも、投票者の興味を引くには効果的だったのではないか。
さて、次に、メイク&ヘアスタイリスト部門。こちらのショートリストに残ったのは10本なので、単純計算で可能性は五分五分。だが、ライバルの顔ぶれを見るかぎり、『国宝』にとってはこの部門のほうが勝算が高いかもしれない。
候補入りに最も近い作品の一つは、すでに2度のオスカーに輝く日本生まれのカズ・ヒロが手がけた『ザ・スマッシング・マシーン/The Smashing Machine(原題)』。受賞した過去2作でも有名俳優を実在の人物に変身させてきたが(『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』でゲイリー・オールドマンを英国首相チャーチルに、『スキャンダル』でシャーリーズ・セロンをテレビキャスターのメーガン・ケリーに)、今作ではドウェイン・ジョンソンを総合格闘家マーク・カーに似せるだけでなく、試合をしても崩れないようにするという、これまでにないことが要求された。同業者は、その難しさを見逃さないだろう。また、『フランケンシュタイン』も、まさに特殊メイクあってこその映画。この作品はギレルモ・デル・トロが作り上げた世界自体がすばらしく、メイクとヘアも重要な要素なので評価されてしかりだ。
ほかにショートリストに残ったのは、やはり作品自体が絶賛されており、ヴァンパイアが出てくる『罪人たち』、前編がこの部門に候補入りした『ウィキッド 永遠の約束』、ホラーの『アグリーシスター 可愛いあの娘は醜いわたし』、実話物の『ニュルンベルク(原題) / Nuremberg』と『アルトナイツ』、1950年代が舞台の『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』、そして『ワン・バトル・アフター・アナザー』。
これらを見てみると、日本を舞台に登場人物の長い年月を追い、歌舞伎のシーンも出てくる『国宝』は、かなり異質であることがわかる。同業者である投票者たちがやったことのないメイクアップ、ヘアスタイリングのはずで、そこを彼らがどう評価するのかがポイントになるのではないか。
ノミネーションのための投票期間は、現地時間1月12日から16日まで。クリスマスから正月にかけての休暇の時期、アカデミー会員たちの多くは、家族と楽しい時間を過ごしながらも、見ていない作品に追いつき、どれに入れるかをじっくり考えることだろう。
そんな彼らは、この2部門において『国宝』をどこに位置付けるのか。1月22日が今から楽しみだ。


