50歳間近・滝藤賢一、満身創痍で挑んだ『八つ墓村』襲撃シーン舞台裏

推理作家・横溝正史によるミステリーの金字塔を清水崇監督が映像化した新作映画『八つ墓村』(全国公開中)。本作で俳優・滝藤賢一が挑んだのが、1977年に公開された野村芳太郎監督版『八つ墓村』で山崎努が演じ、今なお多くの人の記憶に残る田治見要蔵・久弥の二役だ。特に要蔵が八つ墓村で殺戮を行う凄惨な襲撃シーンは映画史に残る怪演と言われている。そんな難役に挑んだ滝藤が、極限の状況下でも、妥協を許さずにカメラの前に立ち続けた壮絶な撮影舞台裏を振り返った。
【画像6枚】滝藤賢一がシブすぎる!『八つ墓村』撮り下ろしカット
重い着物とプレッシャー…本番前の予期せぬ肉離れ
劇中最大のハイライトとも言える、要蔵が桜吹雪の中を疾走する惨劇シーンに挑んだ滝藤は「私ももうすぐ50歳になりますし、ただ走るだけでも大変だなと思っていました。衣装合わせで着物を着て、神楽面をいくつもぶら下げた時、そのあまりの重さに驚愕したんです。これを背負い、しかも寒い時期に素っ裸に近いような状態で本当に走れるのだろうか。役の感情よりも体が持つかどうかの方が不安でした」と撮影前の心境を語る。
だからこそ、観客の脳裏に焼き付くスピード感を表現するため、撮影前に体作りに励んだ。「要蔵といえばやはり疾走の印象が強いので、何年も走っていなかったから自分でトレーニングを始めたんです。ところが、開始からわずか2日目でふくらはぎが肉離れを起こしてしまって(笑)。そこからは全く練習ができず、桜の時期は決まっていたので、とにかく本番までに足を治すことに専念するしかありませんでした」と思わぬアクシデントを振り返る。
なりふり構わず駆け抜けた山道
大きな不安を抱えながらの本番。襲撃シーンの過酷さは、想像を絶するものだった。足場の悪い険しい山道での立ち回りは常に危険と隣り合わせ。しかしそんな状況だからこそ、極限の精神状態で役に没入していたという。
「演じている時はほとんど視界が確保できず、傾斜がきつくてズルズル滑るような足場の悪い山道での撮影でした。相手(鶴子)を力任せに引きずり回すので、『これ怪我するな』と頭の片隅で思いながらも、そんなことを気にしてはいられない状況だったんです。足元を取られて脛を何度も打ちつけ、撮影の途中で確認したらびっくりするくらい大きなたんこぶができていました(笑)。『骨が折れたんじゃないか』と思ったほどです。それくらいなりふり構わず無我夢中でしたね」
肉体的な痛みに加え、夜の底冷えがキャストとスタッフを襲う。一発勝負の緊張感が漂う現場で、チーム一丸となって作り上げた映像は、言葉を失うほどの迫力に満ちている。
「とにかく夜の現場は寒くて、体が冷えると、怪我して撮影がストップしてしまいますからスタッフの皆さんがストーブやカイロを持って徹底的に温めてくださったんです。走るシーンも何十回もテイクを重ねることはできません。年齢的にも体力的にも何度も走れませんし、1、2回目が一番スピードに乗ります。要蔵は桜吹雪の中を颯爽と、誰も逃げられないという取り憑かれたようなスピード感があった方がいいと以前から思っていました。本番前には演出部の方が代わりに走って段取りをしてくださり、極限まで集中して一発勝負で駆け抜けました」
能面に込められた妥協なき演出
今作の要蔵は、能面で顔を覆い隠した状態で凶行に及ぶという新たなアプローチが取られている。顔は見えないが、役者自身がすべてのアクションを担うことへの強いこだわりがあった。
滝藤は「現場に行ったら能面が用意されていて、それを顔につけて殺戮を行うということでした。山崎さんは顔を出して暴れ回っていたので、そこに少なからず憧れはあったんです。『今回は能面か、じゃあ自分が走らなくてもいいのかな』と一瞬思った」と振り返ると「でも能面をつけた演技もすべて私自身でした。顔が見えないからといって別の人に任せるのではなく、能面をつけていようと中身は本人が演じるという妥協のない演出は素晴らしく、もちろん私も喜んで引き受けさせていただきました」と語る。
狂気に満ちた要蔵だが、劇中では時折、微かな人間味を感じさせる瞬間があるのも本作ならでは。その背景には、共演者たちとの迫真のやり取りがあった。中には、幼い子どもを相手にした、精神的に堪える場面もあったという。
「劇中に出てくる赤ちゃんは、実はプロデューサーのお子さんなんです。ご本人は『やっちゃってください』と仰っていましたが、安全な処理がしてあっても刃物を向けるのは、さすがにヒヤッとしましたし、身につまされる思いでした。要蔵の人間味のようなものを感じていただけたなら嬉しいですが、それは私というよりも、相手役の方々の素晴らしい演技に触発された結果だと思います。特に鶴子を演じられた中島亜梨沙さんの演技は本当に素晴らしく、大いに引き上げられました」
年齢や怪我による肉体的な限界と、凍てつくような撮影環境。幾重もの困難が立ちはだかる中、己の身を削ってでも妥協を許さないプロフェッショナルな姿勢が、圧倒的な恐怖と疾走感を生み出した。周囲のキャストやスタッフに支えられながら満身創痍で駆け抜けた滝藤演じる要蔵は、間違いなく本作最大のハイライトとなるだろう。(取材・文:磯部正和)



