トム・クルーズ『DIGGER/ディガー』は2回目の鑑賞で「より大きな満足感を得られる」イニャリトゥ監督来日インタビュー

映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』『レヴェナント:蘇えりし者』でアカデミー賞最優秀監督賞を2年連続で受賞した名匠アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督が、最新作『DIGGER/ディガー』(全国公開中)を引っ提げ来日インタビューに応じ、批評家や観客の間で賛否真っ二つとなっている本作の構造、初タッグとなったトム・クルーズとのセッションについて語った。(取材・文:編集部・倉本拓弥)
『DIGGER/ディガー』は、利益を上げることしか眼中にない傲慢な石油会社のCEOディガー・ロックウェル(トム)を主人公とする大惨事コメディー。欲深い行動によって“地球の大陸半分が水没する”という前代未聞の危機が到来し、自らその尻ぬぐいを命じられたディガーが大混乱を巻き起こす。
『DIGGER/ディガー』はなぜ、あのような構造に?
Q:この作品を初めて観た時、ストーリーの構造に衝撃を受けました。監督が『DIGGER/ディガー』を構想した時から、あの構造は決めていたのでしょうか?
もともとの原案は、まったく異なるものでした。完成版に見られる構造も、映画に含まれている要素も入っていなかったんです。
9年前に『DIGGER/ディガー』を構想し始めた時、私たちは想像力を限界まで膨らませて、フィクションとして「あり得るかもしれない災厄」を描こうとしていました。ところが時間が経ち、執筆を進める中で、現実でさまざまな出来事が起こりました。現実の移り変わるスピードがあまりにも速くなり、それが真実へと変わっていったのです。もはやフィクションや妄想ではなく、現実そのものになってしまった。そのため、不意にこの作品はリアリズムを帯びた映画になっていったのです。
だからこそ、時間の概念や空間を変えるしか方法がないと考えました。追いつくのが不可能な現実から、絶対に追いつかれないようにするためです。
Q:映画の“種明かし”のタイミングも、監督が緻密に計算したものだったのでしょうか?
それもストーリーの重要な一部です。観客が物語によって異なる時間や空間へと誘われ、玉ねぎの皮を剥いていくように、真相へとたどり着く感覚を楽しみ、驚いてほしいという意図がありました。ぜひ映画館でその体験をしていただきたいです。
Q:何も知らない初見と、全てを知った上で体験する2回目の鑑賞では、『DIGGER/ディガー』に対する解釈や見方に変化があるように設計されているのでしょうか?
2回目の鑑賞はとても面白いと思います。より深い部分まで目が行き届き、作品が持つ、いくつもの層や立体感がさらに見えてきます。2回目の方が、より大きな満足感を得られるはずです。
“トムらしさ”を残したディガーの特殊メイク
Q:トム・クルーズは、ディガー・ロックウェルを演じるまでに「40年かかった」と話しています。なぜ『DIGGER/ディガー』がこの時期に製作することがベストタイミングだと監督はお考えでしょうか?仮に、この映画が10年は早く出来ていたら、映画の結末や配役は変わっていたと思いますか?
この映画が今完成したことは、幸運だったと思っています。もし10年前に作っていたら、この映画が語っているテーマ、つまり「ナラティブの力」や「一部の人々の言葉がいかに私たちの現実に対する認識を変え、私たちが現実を見失ってしまうか」という問題のリアリティーが違っていたでしょう。それこそが今作の主題であり、ディガーという存在の力なのです。そのテーマ性は、10年前よりも今の方がずっと強力で、より恐ろしいものになっていると感じます。ですから、今このタイミングで作ることができて本当に良かったと思っています。
Q:トムは文字通りこの作品で「激変」しています。ディガーのビジュアルについて、監督の中である程度イメージは固まっていたのでしょうか?インスピレーションを受けた映画やキャラクターはいますか?
特定のキャラクターというよりは、アメリカ南部の石油王について徹底的にリサーチを重ねたんです。彼らは皆、あのような風貌をしていました。そのイメージを捉えた上でトムに見せて、彼が形作っていきました。
特殊メイクを担当したカズ・ヒロは素晴らしかったです。あのような仕事ができるアーティストは、彼しかいません。彼はディガーのデザインに3か月ほど費やし、私たちが納得のいくスタイルを見つけた後、トムにプレゼンしました。そこからトムが自身のアイデアを反映させ、カズがさらに変更を加えていったんです。納得のいく形に仕上げるには時間がかかりました。
また、最初はトムのメイクに6時間もかかっていたんです。でもトムが「よし、1時間に短縮しよう」と言って(笑)。チームが作業を重ね、練習を重ねるにつれて、どんどん時間を短縮できるようになりました。本当に見事なチームワークでした。
Q:完全にディガーの姿になったトムを初めて見た時の感想はいかがでしたか?
衝撃的でしたし、とても満足しました。私が求めていたもの、そしてカズに表現してほしかったのは、往年の石油王のような圧倒的な存在感でありながら、同時に「トム自身の瞳と力強さ」を残すことだったからです。メイクで彼を完全に埋もれさせたくはありませんでした。トムらしさを残しながらも、まったく別の人物像を作り上げる。その仕上がりには非常に満足しています。
Q:トムのコメディー演技といえば、2008年の『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』も記憶に新しいです。トムとタッグを組み、彼をコメディーの世界に引き込むのはどのような体験でしたか?
素晴らしかったです。彼はコメディーの間合いをよく理解していますし、とても面白く、現場を笑わせてくれました。自分自身を笑い飛ばすこともできますし、そういった演技がズバ抜けて上手いんです。彼の演技の間合いは、まさに一級品のコメディーそのものでした。
トム、ブラピ、ディカプリオの共通点
Q:『バードマン』『レヴェナント』でタッグを組んだ撮影監督のエマニュエル・ルベツキは、本作で16種類のグレーを使い分けたそうですね。映画を観るとその微妙なニュアンスにもこだわったことがうかがえます。『DIGGER/ディガー』において、なぜグレーを主色として選んだのでしょうか?監督における色彩のこだわりについてきかせてください。
私たちはこの世界を、どこか彩度を落としたーンで描きたかったんです。高いコントラストやハイライト、極彩色のカラーで遊ぶようなことはしたくありませんでした。現代のテレビドラマや映画などは、色やコントラストがあまりにも過剰に強調されがちです。
私たちは絵画のような世界観を作りたかった。ディガー自身は鮮やかな色を纏っている一方で、周りの世界はソフトなパレットで彩度を下げ、観客の目を休ませるような絵画的質感を目指しました。
インスピレーションを与えてくれたのは画家たちです。自然の色彩を捉えた画家もいれば、世界の災厄を描いた画家もいます。外の自然世界は常に非常に色彩豊かで壮大ですが、私たち人間という存在は、どこか色を失い、彩度を奪われているのではないかと思うのです。
Q:エンドロールの「Special Thanks」にはドゥニ・ヴィルヌーヴ、アルフォンソ・キュアロン、サム・メンデス、ギレルモ・デル・トロ、ポール・トーマス・アンダーソンら名だたる映画監督の名前が並んでいました。彼らは『DIGGER/ディガー』の製作において、どのように関わったのでしょうか?
アルフォンソは映像のカットを見てくれて、全体的なアイデアやコメントをくれました。ギレルモも同様です。サムやポールは、かなり早い段階で脚本を読んでくれました。他の映画監督からノート(批評やアドバイス)や意見をもらえるのは、私にとって常に非常にありがたいことです。
私たちの映画作りのアプローチは、それぞれ全く異なります。ですが、私は彼ら全員を心から尊敬していますし、彼らの映画が大好きです。何よりも素晴らしいのは、自分とは異なる視点や角度から、私の製作プロセスに対する意見や体験を共有してもらえることです。映画という芸術を深く熟知している人物から、フレッシュな視点で意見を聞けるのは本当に助かりますし、感謝しかありません。そうした視点を持てることは実に素晴らしいことです。
Q:『バベル』でブラッド・ピット、『レヴェナント:蘇えりし者』でレオナルド・ディカプリオとタッグを組み、『DIGGER/ディガー』でトムとの仕事が実現しました。監督から見て、ハリウッドを代表するこの3人の共通点を上げるとしたら、どんなところにあると思いますか?
共通しているのは、「映画スターであることの持つミステリアスな力」だと思います。まさに解き明かせない謎のようなものです。
3人は、どこか自分たちの感情的な背景や面影を共有しています。私たちは彼らの瞳や顔立ちの中に、自分自身の姿を見出し、感情移入することができる。これは誰もが持っている素質ではありません。理屈を超えた不思議な現象です。カメラを彼らに向けた瞬間、理性的な解釈を超える「何か」が現れるのです。
映画とは、彫刻のような彼らの顔の上に成り立つものであり、彼らはそれを持っている。もちろん彼らが優れた俳優であり、技術的に驚くべき域に達していることは前提ですが、その容姿や佇まいには、言葉では説明しきれない特別な「何か」が宿っているのです。



