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人種差別ホラーの50年前、黒人と白人のラブストーリー『招かれざる客』が伝えたメッセージ

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 ハリウッド映画史上初の黒人男性と白人女性のキスシーンが登場し、第40回アカデミー賞で脚本賞(ウィリアム・ローズ)と主演女優賞(キャサリン・ヘプバーン)に輝いた招かれざる客(1967)は、今年12月に公開50周年を迎える。

 2017年、アメリカではオバマからトランプへと政権は移り、社会の分断が進む中、恋人である白人女性の実家を訪れた黒人青年が味わう恐怖を描く『ゲット・アウト』がスマッシュヒットを飛ばした。そんな今、異人種間の結婚をポジティブに描いた半世紀前の作品ついて考えてみたい。(冨永由紀)

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『招かれざる客』のジョン・プレンティス(シドニー・ポワチエ)とジョアンナ・ドレイトン(キャサリン・ホートン)Movie Poster Image Art / Getty Images

 名匠スタンリー・クレイマー監督作で、スペンサー・トレイシーとキャサリン・ヘプバーンという実生活でも良きパートナーだった名優共演作にして、トレイシーの遺作でもある『招かれざる客』と、コメディアンのジョーダン・ピールの長編映画監督デビュー作『ゲット・アウト』。どちらの作品も、黒人男性と白人女性のカップルが、彼女の両親宅を突然訪問するところから始まる。両親が、娘の恋人がアフリカ系アメリカ人だと知らされていないこと、彼らが反人種差別のリベラルを自認しているという設定も同じだ。

 いくつかある相違の1つは、『ゲット・アウト』のカップルは同世代で、付き合って数か月というタイミングなのに対して、『招かれざる客』のジョン・プレンティス(シドニー・ポワチエ)は37歳で、相手のジョアンナ・ドレイトン(キャサリン・ホートン)は23歳。ジョンは数年前に妻子と死別している。休暇先のハワイで知り合って2週間も経たないのに、ジョアンナは結婚を決意、躊躇するジョンを半ば強引にサンフランシスコの自宅に連れていく。自分の両親はもちろん、世界さえも自分の味方だと信じて疑わないかに思える天真爛漫さだ。

 サンフランシスコに到着した2人が空港内を歩くオープニングから、彼らを取り巻く好奇の視線が描かれる。それも当然と言うべきか、アメリカでは1967年6月12日まで17の州で異人種間の結婚は法的に禁じられていた。『ラビング 愛という名前のふたり』(2016)で描かれた、異人種間結婚を禁止する法律が無効になったその日は『招かれざる客』クランクアップの約2週間後、映画公開の半年前だ。

 カップル、とりわけジョンに対する厳しい視線はジョアンナの周囲にもある。ギャラリーを経営する母・クリスチーナ(ヘプバーン)の仕事上のパートナーの女性も、ドレイトン家のメイドで黒人のティリーさえも、ジョンのことを“世間知らずの女の子をたぶらかした黒人”と見なす。

 一方、外出先から戻ったクリスチーナは愛娘が運命の出会いを告白すると、目を輝かせるが、ジョンの姿を見るなり、声を失ってしまう。続いて帰ってきた父のマット(トレイシー)は新聞社を経営し、自他共に認める筋金入りのリベラル派だが、何も知らずに挨拶した訪問客が娘の恋人と知るや、激しく動揺する。異様な空気を読み取る様を、背中だけで表現するトレイシーの至芸が素晴らしい。

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リベラルだからこその苦悩にとまどう夫婦を演じたキャサリン・ヘプバーンとスペンサー・トレイシー Columbia Pictures / Getty Images

 ジョンが国際的に活躍する優秀な医学博士で、誠実な紳士であることはすぐ伝わるが、「考える時間が必要だ」という父親に対してジョアンナは、ジョンが翌日からジュネーヴに滞在するので、今日中に結婚を許すか否か返答が欲しいという。人種の違い以前に、性急すぎる娘の態度には驚かされる。あれでは誰を連れて行ったとしても両親は当惑するだろう。ただ、ジョアンナが異様なほど楽観的な態度を貫くのは、強行突破も辞さないという、わがままを装った覚悟なのかもしれない。演じるホートンはこれが映画デビュー作だったが、彼女はヘプバーンの姪であり、その関係が親子3人の自然な空気を醸し出している。

 ポワチエが演じる非の打ち所ない経歴と外見のジョンについて「立派すぎて非現実的」という指摘は少なくない。劇中で本人たちが「ショッキング・ペア」と自称するほどのインパクトを和らげようという、作り手側の苦肉の策だったのだろう。ジョンには年齢相応の慎重さもある。両親に電話で再婚の決意を告げても、相手が白人だとは伝えない。朗報に喜び勇んだ両親はサンフランシスコ訪問を決意、それを知ったジョアンナが自宅に招待する。

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キャッチコピーがしみる『招かれざる客』ポスターJohn D Kisch / Separate Cinema Archive / Getty Images

 ジョンの両親も、空港に迎えに来た息子と婚約者を見て息を呑み、気まずいまま、舞台はドレイトン邸に移る。両家が一同に会し、マットの親友でカトリックのライアン司教も加わり、ディナー開始までの時間、登場人物たちは次々と相手を変えながら、一対一の対話を重ねていく。それぞれが異人種間の結婚について思いをぶつけ合う中で、理想と現実、自我、愛について向き合う展開に引き込まれる。のっぴきならない状況に腹を割って話さざるを得ないことから生まれる父親同士、母親同士の共感を見ていると、結局、肌の色は関係なく、人間とは男と女であることに尽きる気もしてくる。脚本のウィリアム・ローズは『マダムと泥棒』(1955)などコメディーの名手。公民権運動の最中だった当時、デリケートなテーマにも関わらず、軽妙さを失わないストーリーテリングが見事だ。頭の固い大人と野放図な若者の対比、カップルの両親それぞれの夫婦としてのあり方の違いなど、紋切り型ではあるが、ある時代を切り取った図として興味深い。

 1967年といえば、『俺たちに明日はない』公開とともにアメリカン・ニューシネマが台頭してきた時期であり、その意味では『招かれざる客』の作風は、21世紀の現代よりもむしろ、古臭いと見なされた。だが、同じ作品でも、時代が変われば受け取り方も変わってくる。映画にまつわるエピソードから、当時の状況が色濃く伝わる『招かれざる客』もそんな1作だ。

 招待客が増えるのをメイドのティリーに伝える時、「誰がディナーに来ると思う?」と尋ねるジョアンナに、ティリーが「キング牧師ですか?」とまぜっ返す場面がある。DVDなどソフトには収められているこの場面は、1968年にキング牧師暗殺事件が起きた直後、上映中のプリントからカットされた。

 数年前から病身だったトレイシーは、撮影終了17日後に亡くなった。撮影は彼の体調に合わせてスケジュールを組んでいたという。本人もこれが遺作になると予感していたはずだ。だからこそ、クライマックスのマットのスピーチは感慨深い。

 ショッキングなニュースが飛び込んだ1日の終わりに真情を吐露するマットの言葉は、トレイシーがヘプバーンに向けて語ったと受け取っていい。フィクションと現実が一体化し、一言一句が力強く突き刺さる。最愛の人の、文字通り命がけの名演と愛の言葉をそばでクリスチーナとして聞いているヘプバーンが涙ぐんでいるのがわかる。この場面に限らず、ヘプバーンの瞳は常に潤んでいる。パートナーへの愛しさを隠さない。その愛情の深さがクリスチーナという女性の美しさに直結しているのだ。

 何でも言い合える相手である司教に「リベラルの化けの皮が剥がれたな」と茶化されるマットだが、差別撤廃に深く関わり、実情をよく知るからこそ、愛娘をその渦中に置きたくないと思うのだろう。「彼らが未来を変えるのだ」と理想を語る親友の寛容さに「50年後、100年後のことだ」とマットは答える。それから半世紀、ジョアンナは「子供は未来の大統領になる」と言っていたが、まさに彼女とジョンの息子世代であるバラク・オバマが大統領を二期務めた。確かに未来は変わったが、その先に続く世界はどこへ向かっているのだろう。

 物語の展開について、予定調和と今なら思える。だが、まだ異人種間の結婚を違法とする州が存在する中で製作された当時、結婚によって白い目で見られ、偏見と差別に直面し続けるであろうカップルにとって、絶対に味方でいてくれる人々の存在が、どれほどの救いであったか。そこに思いを馳せると、それは50年後に『ゲット・アウト』のラストを、現状のものに書き直したジョーダン・ピールの決断と重なるように思えるのだ。

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